第109話

 不気味な静寂。

 ジェシカは地球艦隊との通信が切れてしまったのを受け、生き残りの艦艇と通信が繋がらないか試し始める。

 いったいどれほどの被害が出たのだろう。

 一方で七星との通信は生きている。

 彼は満足そうにして成果を強調した。

『地球艦隊の七割ほどが機能を停止した。これが、俺の力だ……!』

「そんなことを自慢げに言わないで……」

 ジェシカはただただ悲しかった。

 艦艇が機能停止し、生存可能な空気が得られなくなるまで何分くらいだろうか。

 きっと救助は間に合わず、何千人何万人と死亡することになる。

 いや、救助もされるかどうかも分からない。

 ようやく地球艦隊と通信が繋がる。

 通信に出たのはまだ三〇台くらいの若い男性だった。

『助けてくれ! 謎の攻撃で一気にやられた! 被害状況もよく分からない!』

「落ち着いて下さい。艦が機能停止しただけだから、急いで救助すれば多くの人命が助けられます。それよりも問題はこの後です。地球艦隊ではもう【アイギス】艦隊と戦う力が残っていないのではないですか?」

『とてもじゃないがこれでは戦えない。あんた、ミスター七星の目の前にいるんだろう? それならヤツを倒してくれ!』

「確かに説得は失敗しましたが……」

『説得なんてもう無理だ! ヤツを生かしておけば地球にとって大きな脅威になる、今ここで討ってくれ!』

「…………このまま退却することはできませんか?」

 ジェシカは一縷の望みをかけて問いかけた。

 地球艦隊さえ撤退してくれれば、この場だけは収まる。

 七星も、討たずに済む。

 だが返ってきたのはとてもつまらない回答だった。

『地球艦隊はこのままじゃ終わりだが、手ぶらで撤退することもできない。負けて帰れば我々のメンツも潰れるし、各国で大統領が次の選挙で負けてしまう。せめて首謀者の七星だけでも討ってくれ!』

 ジェシカは頭を抱えた。

 ある程度予想はしていたが、組織とはこういうものなのだ。

 せめて痛み分けにしなければ退却することもできない。

 だが痛み分けにするには、七星を討つしかない……

 ジェシカは追い込まれ、手が震えてしまう。

 地球に残してきた我が子と再会するためには、やるしかない。

 やるしかない。

 やるしか、ない……

 やるしか……!

「分かり、ました……可能な限りの救助と、退却準備をお願いします」

 そう言って、地球艦隊との通信を切った。

 再び七星と向き合う。

 七星は嘲笑しながら話しかけてきた。

『覚悟は決まったか?』

 ジェシカは深呼吸した。

 それから寂しげに呟いた。

「あなたを殺さないと、終わらないのなら……」

 覚悟は決めた。

 だが最後のところでやはり躊躇いがある。

 他の方法が無いかと捜してしまう。

 広大な砂漠の中から一粒の黄金を見付けようとするように。

 そんな迷いを察したのか、七星は更に追い打ちをかけてきた。

『まだこれで終わりじゃない。残りの【黒炎】が今どこにいると思う?』

「そういえば……いったいどこへ隠したの?」

 ジェシカは警戒心を強める。

 今この瞬間にも残りの【黒炎】が襲ってくるかもしれない。油断したら駄目だ。

 七星はたっぷりと溜めを作る。

 それから狂喜の笑みで秘策を披露した。

『地球に住んでいる奴らはまだ遠い出来事だと勘違いして安穏と暮らしているだろう。だが……もう遠い出来事じゃないんだよ……!』

 その言葉は徐々に染み込んでいき、意味を理解すると、ジェシカは目を見開いた。

 まさか……!



 シゼリオはアナログの腕時計を見詰め、時が来たのを悟った。

 今だ……!

 コックピットで素早く操作を始める。

 全ての機能を停止していた【黒炎】が再起動していく。

 目の前には青き星。

 隊員たちに命令を出す。

「大気圏突入!」

 各員からはきはきとした応答があった。

 五機の【黒炎】が一斉に大気圏突入を開始。

 慎重に進路を決め、機体の体勢を整える。

 どんどん速度が上がっていく。

 時速二万キロメートルを突破。

 やがてコックピットに入ってくる映像が変化。

 白い靄が超高速で後方へ流れていく。

 靄はピンクや紫の色に変わっていき、最後には金色になった。

 これが『断熱圧縮』なのだろう。

 大気を押し潰しながら進み、超高温が発生しているのだ。

 きっと、地上から見上げると火の玉になっているだろう。

 五つの火の玉が流星となり、天体ショーのように見られているかもしれない。

 まだ地球の輪郭がはっきりと見え、宇宙の黒さとコントラストが強い。

 どれくらいで高温状態を脱するのか。

 この機体の鱗片式追加装甲ならば、しかもそれを改良した物ならば、余裕を持って切り抜けられるはずだ。

 だが初めての経験なので最後まで不安は拭えない。

 過去、大気圏突入において機体の損傷があったために爆散してしまった例もあるのだ。

 ぐんぐん速度は下がっていっている。


 やがて靄は見えなくなった。


 陸地、海、雲。

 それがどんどん近くなってきている。


 そして、宇宙が青く変色していった。

 黒い空間が青に変わった。


 神秘的な光景。

 驚きと感動。

 シゼリオは思わず声を漏らした。


「ああ、僕は今、地球に入ったんだ……!」


 広く地表を覆い隠す雲が、徐々に近付いてくる。

 地図と現在位置を確認。

 通信を始める。

 各機無事を確認。

 一つ間を置き、短く命令を下した。

「……作戦開始!」


 宇宙生まれのバケモノが、地球へと放たれた。

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