第105話

 セシオラは目をぱちぱちさせた。

【アイギス】の全権を確保しろ、と七星は言ったハズだ。

 そんなことができるのだろうか。

 この【グローリー】から。

 七星の周囲に控えているグウェニーやロッサに視線を向けてみるが、彼らも互いを見合わせているようだった。

 そんな機能は知らない。

 だがオペレーターの一人が何やら操作し終わると、その人の見ていた画面には『【アイギス】非常時モード開始』と表示された。言葉じりからして、操作できるようになったのだろう。


 七星は腕組してふんぞり返っていた。

 そして地球艦隊のバーグは沈黙にイラつき始めたのか指を動かし始める。

 すぐに連絡が来たのか、バーグは横を向いて画面外の誰かと話をし、それから顔をしかめて七星の方へ向き直った。

『…………【アイギス】が勝手に動き出したと連絡を受けたよ。まさかそこから遠隔操作できるとはね』

 七星は満足そうに返事をした。

「お前たちの敗因は慢心だ。お前たちは俺達の裏をかいたつもりなんだろうが……裏をかかれたのはお前らだ。これで背後はとった。今度は俺から言おう。おとなしく投降した方がいい」

 それは逆転劇を成功させた勝者の顔だった。

 セシオラはそれを見ていてワクワクしていく自分がいるのを感じた。

 何をどう考えても勝てなかった戦いを、この人は勝利に導こうとしている。

 この人についていけば、勝てる……そんな気持ちになってきたのだ。

 それでもバーグはまだ余裕を感じているのか、鼻を鳴らして吐き捨てた。

『フン、【アイギス】の支配を奪っただけで何を……この戦力差自体は変わらない、ということはそちらの勝率も変わらないということだ』

「こちらの勝率は最初から100%だ。確かに変わらず100%だな」

『理解に苦しむね。宇宙に長らく滞在すると、物の見方が変わるのだろうか?』

 そこで七星は指を立てた。

「良いことを教えてやる。【アイギス】主砲の砲弾を今交換中だ。換装されればお前たちの艦隊を容易に壊滅させられる砲弾に切り替わる」

 バーグは露骨に険しい表情になる。

『…………『汚い爆弾』か? そんな資材を搬入したことは無いはずだが』

「それじゃない……『電磁爆弾』だ……!」

 七星は画面に顔を近付けながら言った。

 バーグは聞き慣れない単語だ、という風に視線をさまよわせる。

『『電磁爆弾』……?』

「なーに、。それがこの宇宙で何を意味するかはご想像にお任せするがな。こちらの試算では、【アイギス】主砲が一斉に火を噴けば……そちらの艦隊の七割が死滅する」

 一秒、二秒、三秒と無言が続いた。

 画面の向こう側で、バーグは何が起ころうとしているのかをゆっくりと理解していき、それが鮮明になるのに五秒を要した。

 そして、これまでまだどこかで余裕を持っていたバーグの顔が、引きつったものに変貌した。

『な、なん……何を言ってるんだ。やめろ。そんなことは、今すぐに……!』

 七星はそこで、演壇を叩くように両手を打ち下ろした。

 バァンという怒りの音が響き渡る。

 それから冷酷な視線で睨み付け、冷たく憤怒を吐き出した。

「……引き金を引いたのはお前たちだ。艦内に戦争を持ち込んだな? こっちは既に多数の死傷者が出ている。その報いを受けてもらうぞ……! 【アイギス】に何人送り込んだか知らないが、生命が生存できない環境にするのもこちらの命令一つだ……!」

『やめろ、やめるんだ!』

「やれ!」

 七星が命令を下す。

 オペレーターの一人が一瞬ためらい、それから操作した。

【アイギス】の生命維持システムは主システムの他に予備が二系統ある。

 それらを一斉に停止させたようだ。

『ミスター七星、君は自分が何をしたのか分かっているのか?!』

「これは俺が本気だとあんたに分からせるためにやっただけだ。本番はここからだ……!」

 七星は完全に逆転したことを分からせるため、今まで地球艦隊が言っていたことをそっくりそのまま返した。

『できるわけがないだろう、そんなこと!』

「そうだろうな、そうだろうとも。俺もハナからお前たちを一人も生かして帰すつもりは無い。お前たちにも、地球の奴らにも、思い知らせてやる……この十年間で死んでいった者達の叫びを、無念を、怒りをなっ!」

 あまりにも鬼気迫る七星に、画面の向こうだけでなく周囲も圧倒された。

 セシオラは高揚していた気分に別の感情が入り込んでくるのを感じた。

 それは、恐怖。ついさっきまで七星さんが勝利を与えてくれる英雄に見えていたのに、なにか……今は別のものに見えてきた。

 そう、何か違う。英雄じゃない……

 この顔は、英雄じゃない。

 単なる殺人鬼だ。



 ナキは電志からの連絡を待った。

 機体が次々発進していき、【グローリー】の前面に展開。

 ナキはチームメンバーに指示を出し、脱出艇格納庫の方を意識する。

 位置取りは万全。

【黒炎】が出てきたところを捕らえるつもりだ。

 だがこの新機体は戦闘能力が低く、整備班が首を傾げていた。

 てきとうにごまかして発進させてもらうことはできたが、それよりもゴルドーはどうしたのだろうか。

 整備班も知らないらしい。

 エリシアやシャバンは格納庫内で見かけたが、整備班の手伝いをしていたようだ。

 パイロットでない者達の多くはそうして整備班の手伝いをしている。

 イライナは元々パイロットだから、出撃しているだろう。

 だがシゼリオが。

 シゼリオがいない。

 いったい彼はどこへ行ってしまったのだろう。

 早く捜したい。

 そして、捜すためには電志からの連絡がスタートとなる。

【黒炎】さえ出撃させなければ七星も諦めるはずだ。

 そうしたら早々に帰還して、捜そう。

 脱出艇格納庫のゲートがゆっくりと開いていく。

 緊張が走る。

 呼吸をゆっくり整える。

 ナキは操縦席で手に力を込めた。

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