第104話

 戦いを選んだ者も、それを必須だと思っている者とそうでない者に分かれるはずだ。

 ナキはどちらだろうか、と電志は考える。

 勘では、みんなが『戦わないとやられる』と言っているから戦う、というのがナキという人物だ。

 それより良い案があると説得すれば、乗ってくれるのではなかろうか。

 そんなことを考えながら電志は話し始めた。

「こっちは無事だ。愛佳、カイゼル、ジェシカさんもいる。シゼリオはどうした?」

 ナキは涙声で応じた。

『シゼがいないのー! こんな時にどこ行っちゃったのお! まさか死んじゃったなんてことないよね?!』

「そっちにもいないのか……まさか……」

『嫌だよーそんなこと言わないで! シゼを捜さないと! でも戦わないといけないし! どうしたらいいの?!』

 電志は唇を噛んだ。音信不通。〈DPCF〉にもいない……それだと、恐らく……いや、どこかの部屋に立てこもっているとか? いや、もうその必要はなくなったはずだ。

 だが、希望を捨てるにはまだ早い。七星さんも言ってたじゃないか、死んだと確認できていない以上は生きている可能性があると思え、と。

「ナキ、シゼリオを捜したいか?」

『すぐに捜したいよ! でももうすぐ敵が攻めてくるんでしょ?』

「戦いを回避する方法が一つだけある。戦いが回避できればそれだけ早くシゼリオを捜しに行けるようになる」

『え、本当?! どうすれば良い?』

 ナキは画面いっぱいにかぶりついてきた。

 そこで電志は新機体の説明を始めた。

「それじゃあナキ、今から俺が言うことをよーく聞けよ? 【スクーラル・スター☆】のメンバーを、ナキを含めて六人集めろ。それから新機体に乗り込んでもらう。見た目は……設計書を送るからその見た目と一致する機体に乗り込んでくれれば良い。で、作戦は……」

 そこを入念に言い聞かせた。

【黒炎】を捕獲するには、出だし勝負にならざるを得ない。

 小型艇のエンジンを積んでいる【黒炎】はトップスピードになってしまえばもう追えなくなる。

 発進したその瞬間を狙うしかない。

 これは非常に難しいミッションだ。

 だが、ナキなら。

【スクーラル・スター☆】がこれまでどれだけの力を発揮してきたかは電志が一番知っている。

 彼女たちに託そう。

 このチャンスに全てを賭ける。



 ブリッジには粛々とした空気が流れていた。

 艦長席の後ろには総司令の座るべき椅子が用意されているが、そこに座っているのは七星。

 総司令本人は部屋の隅に設置されたソファでせわしなく貧乏ゆすりをしている。

 怪我人は医務室へ運んでしまったため痛ましい光景も無い。

 何人ものオペレーターが自分の卓の画面とにらめっこしながら作業をしている。

 七星はグウェニーやロッサと紙を広げ、地球艦隊の布陣がどうなっているかを話し合っていた。

 そんな中、セシオラはぼうっと前方に広がる宇宙を見詰めていた。

 休憩所で泣いた後は、空っぽになってしまったみたいに虚脱感が襲ってきた。

 それに、眠い。

 泣き疲れると眠くなるらしい。七星さんも話し中で相手してくれないし。

 ウトウト、ウトウト。

 頭部をカクン、カクンとさせている内に意識もまどろんできた。

 これから生き残りをかけた大戦争をするなんてとても思えない。

 それくらい宇宙は静かだ。

 浅く眠り、夢を見る。

 大きな鳥に乗って宇宙を旅する。

 見付けた星に声をかけて回る。

 そうしたら星々に手や足が生えて踊り出した。

 艦内放送で目を覚ます。


『敵艦隊発見! 敵艦隊発見! 全員〈コンクレイヴ・システム〉に注目せよ!』


 遂に敵艦隊が現れたようだ。

 セシオラはすぐに覚醒する。

 隣を見ると、七星が全艦に向けて言葉を発するところだった。

「いよいよ来たるべき時が来た。それは俺達の存在をあいつらに刻む時だ……! 地球艦隊に! 地球に住む奴らに! そして地球そのものに! 俺達は出荷される牛や豚か? いいや違う、断じて違う! 俺たちの命をさんざん弄んだあいつらに、その罪を罰として突き付けてやれ! 戦闘機部隊は発進、艦隊前面に展開せよ!」

 セシオラは高揚し、自分も戦闘機に乗りたくなった。

 でも機体の数も限られているから、ブリッジで待機だそうだ。

 傍にいてくれるだけで良いと七星に言われたため、喜んで甘えさせてもらおうと思っている。

 全艦向けの演説が終わると、地球艦隊から通信が入ったようだ。

 ブリッジの空中に巨大な画面が映し出される。

 そこには重厚な執務机、背後には大きな地球マークの旗。

 執務机には強面で鼻の高い壮年男性が映っていた。

 豪華な階級章を付けた軍服に身を包んでおり、この男が代表者なのだろうと思われた。

『私は地球艦隊司令長官のバーグだ。【アイギス】は……総司令グランザル・タボフ氏は不在なのかね?』

 それに対し七星が嘲笑を浮かべて応じる。

「事実と肩書を合致させるなら、俺を総司令と呼ぶしかないな」

 バーグはふむ、と何度か瞬きした。

 その間に何を思案したかは分からないが、最終的に頷く。

『分かった。ではミスター七星が総司令だ。率直に言わせてもらうが……全滅するより投降した方が賢明ではないかね?』

「投降しても全滅させるのに変わりが無いのなら、あんたが出してる選択肢は二つでなく一つしかない、ということになる」

『……投降した者を撃ってはいけない、というのは国際常識だ』

「なら世界はなぜ戦争犯罪常習国だらけなんだ?」

『どこの国がそんなことをしているんだね?』

「おいおい……あんたの国は、今までいったい何百万の民間人を殺戮してきたんだ?」

 すると、バーグは視線を逸らし顎をいじった。

 それは、表面的なロジックで丸め込もうとしたが失敗した、という風にセシオラには見えた。

 二人の言っていることはやや分かり辛いが、とにかく七星が押されていないことだけは確かだった。

 バーグはまた頷くと、会話を再開する。

『威勢が良いのは歓迎すべきところなのだが、ただ……恐らくそちらは一機でこちらの十機以上を撃墜しなければならないと思われる。それは少々、難解過ぎるパズルではないかね?』

「俺はたぶん、これからの歴史の教科書に掲載されるだろうな」

『歴史上の人物は、奇襲なり何なりの策を巡らせたからこそ圧倒的な戦力差を覆したはずだ。正面から向き合っての戦いではないし、ここでは……地形の恩恵も受けられない』

「あんたは、自分が頭良いと思ってるだけの秀才君だな。お勉強しかできないだろ」

 七星が口の端を上げて挑発すると、バーグが眉をピクリとさせた。

 これまで事務的とも言える話し方をしてきたバーグに感情の色が見え始める。

『我々は、そちらの帰る場所も既に占領している。もうこの時点で詰んでいるのだよ』

「人の家に勝手に入っちゃいけないって親に教わらなかったのか? 育ちが悪いな」

『私の家はちゃんと家庭教師もつけて礼儀作法も学ばせてもらった! テロリストの拠点を制圧しただけだ!』

「それはまた便利な言葉だな。俺達に悪のレッテルを貼れば何をしても良い……ってなる寸法だ。やっぱり最初から問答無用で滅ぼすつもりなんじゃないか」

『そんなことはしない。助けたいんだ、あなた達を……!』

「この期に及んでまだそんな猿芝居を続けるのか?」

『【アイギス】の援護も受けられないし籠城することもできない。もう打つ手は無いんだ。おとなしく投降した方が良い』

 すると、七星はそれをあざ笑った。

「バカが、【アイギス】は俺達の家だ。空き巣なんぞに支配できると思ったか?」

 そうしてオペレーターの一人に指示を出す。

【アイギス】の全権を確保しろ、と。

 バーグは焦った声で言った。

『おい、一体何を……』

 七星は不敵な顔をして言った。

「すぐに分かるさ」

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