第95話
ブリッジはにわかに喧騒に包まれた。
今どうなっているのか、いったい何が起こっているのか。
不安や焦りが膨れ上がっていく。
そこで警報が鳴り響いた。
けたたましい音がした後艦内放送が事態を知らせる。
『緊急警報を発令します。現在、艦内で襲撃事件が発生しました。蚤の市、カジノ、機関室、脱出艇格納庫、戦闘機格納庫が襲撃を受けています。銃で武装した集団により襲撃が発生しています。襲撃を受けている場所の付近にいる者は大至急その場を離れ、安全な部屋へ退避して下さい。これより警備ロボットにより鎮圧を開始します。えー……あ、第二食堂が新たに襲撃を受けました。現在、蚤の市、カジノ……』
放送中にも新しい情報が入ってきているようで読み上げている人も焦っているようだった。
電志はここで気付いた。戦闘機格納庫……〈DDS〉や〈DPCF〉は大丈夫だろうか?
シゼリオに通話要請を試みる。
通じない。
ナキに通話要請を試みる。
こちらも駄目だ、応答が無い。
焦る。どうしたんだよ、出てくれよ。まさか襲撃されて……
嫌な予感がした。
〈DPCF〉は朝からトレーニングしているのではなかったか。でも待て、落ち着け。あいつらは普段からトレーニングしている。簡単にやられたりはしないはずだ。でも相手は銃を持っているんだぞ。
どうしたらいいか分からない。こんな事態には遭ったこともないし想定したこともない。答えが導き出せない。駄目だ、論理の積み上げができない……!
弱った。
こんな時は愛佳に意見を求めたいところだが……彼女はうずくまったままうめいていた。
何も聞いておらず何も目に入ってきていない様子だ。
すべての情報をシャットアウトしなければ回復できないのだろう。
すぐ傍で七星が様々な人と通話を重ねていった。
それがひと段落つくと電志たちに状況を説明してくれた。
「ジェシカと連絡が取れたんだが、〈DPCF〉と〈DDS〉で現在戦闘機格納庫にて応戦中。多数のけが人と死亡が出たものの、こう着状態に持ち込んだようだ。〈DPCF〉には万一のための銃があったからな。スタン弾だがきちんと当てれば敵を無力化できる。警備ロボットと協力して何とかしたようだ。数人を捕らえたが……やはり全員地球のやつらのようだな」
この『地球のやつら』には微妙な気持ちが含まれているようだった。
七星自身も生まれは地球だが、巣の破壊作戦の時に地球からやってきた者達とは別物という思いがあるのだろう。
そこで『地球人』という言葉を使わずに『地球のやつら』という言葉を用いているようだった。
電志はすがるように友人たちの安否を尋ねた。
「シゼリオやナキは大丈夫なんですか? ゴルドーは?」
「少なくともナキは大丈夫だな。ジェシカとの会話で出てきた」
「じゃあシゼリオとゴルドーのことも聞いて下さい!」
「待て、待て! 電志、落ち着け……! 今がどういう状況か分かるか? 安否確認のためにむやみやたらに通話して、相手の命が危険になったらどうする? 今は状況の確認と指示出しに専念しなきゃならない時だ。不安かもしれないが我慢しろ」
「それはっ……そう、なんですけど……」
不安に押しつぶされそうなのだ。
緊張で呼吸が荒くなり、落ち着かない。
七星は諭すようにゆっくりと話した。
「いいか、これはお前たちの知らない世界だ。だから不安になるのも無理はない。俺は軽い言葉で『絶対みんな生きてる』なんて言うつもりはない……が、こんな時は『死んだと聞いていない以上生きている可能性がある』と思え。この論理だけは間違っていない」
確かに、その論理は間違っていない。
電志は希望の持てる論理を提供してくれたことで焦りが緩和されていくのを感じた。
下降線を辿っていた気分も持ち直す。
「……俺はどうすればいいですか?」
「この部屋から出ないこと。自分からは通話しないこと。相手から通話が来た場合は無事を伝えてあげること」
七星は一つ一つ指を立てながら言った。
電志は頷く。正直、まだ不安だ。だが七星さんが言う以上のことを思いつかない。それなら従うべきだ。
「……やつらの目的はなんですか?」
これだけは分からなかった。七星さんと話すうちに状況は少し分かった。でも目的が全く見えてこない。いったい何の目的でこんな……こんな酷いことを?
すると七星は険しい表情で言った。
「蚤の市、カジノ、食堂……それは人の集まる所だ。機関室、戦闘機格納庫……これは重要箇所で占拠されると悪さができてしまう。どれも俺達が注目しなきゃならない場所だが……『そこに目を向けさせる』のが目的だったとしたら?」
「そんなことをして、何になるんです?」
「警備ロボットが分散する。これは相当綿密に練られた作戦だろう。こうやって注意を分散させて、本命はどこを狙うか? それは十中八九……」
メルグロイは隊の者たちと通路を進んでいた。
個人の部屋は無視し、人の集まっていそうな部屋は軽く襲撃して立ち去る。
状況は〈EN〉で逐次集まってくる。
今のところ順調と言えるだろう。カジノや蚤の市の光景は酷いものだった。朝早いとはいえそれなりに人が集まっていたからな。機関室も占拠完了、ブリッジからの制御に割り込んで艦艇のコントロールを試みている。脱出艇格納庫もうまくいったようだ。脱出艇を確保し、数人の捕虜も得た模様。ただ……戦闘機格納庫は思ったより早く押し返されてしまったようだ。〈DPCF〉は対人戦には不慣れだと見込んでいたんだが……
メルグロイたちは三人一組で足並みを揃えながら歩を進める。
先頭がレンブラ、真ん中にメルグロイ、後ろがムラファタである。
その少し後方にはグウェニーとロッサが二人一組でついてきていた。
十字路に差し掛かる。
〈EN〉では死角に警備ロボットが待機しているのが丸分かりになっている。
〈コンクレイヴ・システム〉から位置情報を盗んでいるのだ。
通路を右に曲がった所に二体、左に曲がったところに二体がいるようだ。
レンブラが掌大のボールを十字路へ転がす。
すると死角の様子が映像で〈EN〉の画面に表示された。
通路を右に曲がった所にいるのはクモ型のロボット(ただし背丈は小学生の子供くらい)一体とドローン型(これは洗面器くらいの大きさ)が一体。
通路を左に曲がった所にいるのも同じだ。
さすがにこれだけの騒ぎになれば通路をふらふら歩いている人間はいない、ロボットだけのようだ。まあ、もう人を撃っても何も感じないがな……
エミリーを撃ってしまってからは、メルグロイは全てがどうでもいいという気持ちになっていた。
必死に守ってきた壁が崩れ、狂気が心に流れ込み始めている。
レンブラは手信号で合図すると銃だけ十字路へ突き出して撃ち始めた。
画面に表示されている映像で位置は掴めている。
クモ型を一体撃破。
すると残りのロボットは待ち伏せが無効と判断したのか突撃に切り替える。
だがロボットたちが十字路へ姿を現した時にはメルグロイもムラファタも待ち構えており、淡々と銃弾を撃ち込んでいった。
ものの二~三秒で全てを沈黙させた。
反撃は受けていないが互いの無事を確認し、更に後方のグウェニーたちにも顔を向ける。
全て問題なし。
再び進み始める。
目的地はもうすぐだ。
脱出艇格納庫以外は撹乱するために襲撃しているに過ぎない。
本命は……ブリッジだ。
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