第73話
設計士の喜びとは何か。
より良い機体を作ること?
パイロットが生還すること?
敵を倒すこと?
度合いは異なれど、どれも喜びだ。
良い機体が作れれば満足するし、パイロットが生還すれば良かったと満足するし、敵を倒したスコアを画面で見て満足していた。
だがそれは、これまでだ。
『敵』の対象が変われば喜んでいられなくなる。
スコアで表示されるそれは、殺人なのだ。
電志は〈DDCF〉の自席で考え込んだ。
画面には【黒炎】の設計書を表示してある。
元々の【黒炎】の設計書だ。
今回は地球用の調整をかけただけだから、そこまでの違いは無い。
だが別物に思えた。
本当の【黒炎】は今画面に映っているもので、秘密の部屋で調整したアレは自分の手を離れてしまったおぞましい別物。
浅く溜息。俺はとんでもないことに手を貸してしまったのか? これからは自分の作った機体が人の乗った機体を撃墜すればするほど称賛されるようになって……でも俺はそんなために【黒炎】を作ったんじゃないんだ!
『甘いな』
ミリーの言葉がよみがえる。
甘い……? 甘いのか? 人間に兵器を向けるのを拒むことが?
前かがみになって机に頬杖をつく。
そうしていると隣から声がかかった。
「電志、お悩み中だね?」
「設計士の直面する問題、苦悩ってやつだな」
「電志が苦悩するなんてよっぽどだね」
愛佳があえて軽い調子にしているような感じで言った。
これは彼女なりの気の遣い方だ。
遠回しに、あまり思いつめるな、という。
そんなさりげない気遣いに若干頬を緩ませ、電志は頬杖のまま遠くを見る。
「そんなこと無いさ。今までだって何かある毎に苦悩している。例えばコスト低減コンペ、覚えているか?」
遠くを見たのは、昔話だからだ。
愛佳が電志班に入ってきて、最初のプロジェクトがコスト低減コンペだった。
すると愛佳も懐かしむような表情をした。
「ああ、エリシアさんとの対決だね」
電志は頷く。
「パイロットのためには良い機体を作ってやらなきゃならない。でもコストを削れという……相反する要素の板ばさみさ。どっちかを取ればもう片方は犠牲にしなきゃならない……設計士としては悩みどころだった」
「でも、電志は両方を取った」
「最終的にな。両方を取れる方法が見付かったから良かったんだ。だがそれがなけりゃ、ずっと悩んでいたさ」
「電志はそういうところ、あまり出そうとしないよね……いや、『出そうとしなかった』か。今は出しているね」
愛佳の素朴な指摘に電志は気付かされた。
確かに、以前は自分の苦悩などそんなに表に出していなかった気がする。
理由は明確だ。
一人で解決しようとしていたから。以前の俺は愛佳に頼ろうとしていなかった。それはまあ、愛佳だけでなく誰にも頼ろうとしていなかったというのが正確なところだが。人に頼るより自分で解決した方が早い、という考えが染み付いていたからだろう。
でも今は、愛佳になら悩んでいるところを見せても良いか、という気持ちに変化してきている。言い換えれば、『弱っているところを見せても良いか』と思えるようになってきたということだろう。
「俺も変わったもんだな」
「へえ、ボクが変えたの?」
目を輝かせて愛佳が迫ってくる。
欲しい答えが決まりきっているようだ。
そういうのが見えてしまうと、電志としては素直に答えることに恥ずかしさを感じてしまう。
「かもな」
「じゃあ、YESってことだね! ボクの『電志普通化計画』も無駄じゃなかったようだ」
「俺が普通になったらつまらないだろう」
「きっと興味を失うね」
「……」
「そそそんなに深刻に受け止めないでおくれよ! 電志が完全に普通化することは光年に一つも無いから大丈夫!」
「それはそれで複雑なもんだな。俺は普通にはなれないのか」
「うん」
「ひでえな」
「だって、そんな夢見がちなセリフからは早く覚まさせてあげた方が良いでしょ」
「なら、倉朋は普通なのかよ?」
「普通なわけがないだろう? 常識人ではあるけど」
「前半だけ聞くと同意したかったんだが、後半におかしなセリフが入っていたぞ」
「そんなまさか」
「いや、いや、俺の方が『そんなまさか』だから。どこの誰が常識人だって?」
「キミの隣に座っている可愛い女の子だよ。先に言っておくけど、ボクと反対側の隣を見ようとするようなベタなリアクションだけはしないでおくれよ?」
そう言って愛佳はニヤニヤした。くそ、先手を打たれた。もろに反対側に顔を向けて『誰もいない』と言ってやるつもりだったのに。
「王道のリアクションを許さないのか」
「マンネリになるからね。時折新しい風を入れてマンネリ化を防ぐんだ。そうすることで楽しさが持続可能になる。サステイナビリティだよ」
「そういうのって『【アイギス】の持続可能な発展』とか、大掛かりな事象に対して使う言葉だった気がするんだ」
「ボクが楽しめるかどうかも大掛かりな事象だった、ということだね」
愛佳が一人で納得してうんうん頷いた。
そんな彼女を見て電志は肩を竦めた。
そうしたら、徐々に気分も晴れてきた。
「少し楽になってきたよ」
「それは良かった」
愛佳は歯を見せて笑った。
電志は頬杖をやめて伸びをする。
設計はもう終わってしまった。
終わってしまったものはしょうがない。
これからどうするかを考えねば。
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