誰が為に地球はあるか
第72話
怒りとは急速に湧き出て沸騰するものかもしれない。
地球からのメッセージはとても脳裏に焼き付いて残り、そして不愉快だった。
電志は画面に拳を振るいたい衝動に駆られた。
確かに地球と【アイギス】の関係性はいびつだ。
この十年間、見捨てたクセに地球は【アイギス】に対して戦え戦えと命令ばかりしてきた。
そうしてさんざん【アイギス】を盾として使っておきながら、敵を倒したら今度は野生の猛獣扱いか! 地球には『人権』という言葉がないのか?
地球に【アイギス】を対等と認めさせるためにはやはり【黒炎】で見せつけてやるしかないのではないか……?
画面に振るいそうになった拳をぎりぎりで収め、手の甲で自身の額を軽くコツコツと叩いた。腹立たしいが、抑えろ。地球が最悪なのは元からだ。
他の面々を見てみると、愛佳は口元を隠して難しい顔をし、エリシアは唇を噛んで眉根を寄せていて、ミリーは瞑目して腕組していた。
最初に口を開いたのは愛佳だった。
「ゲームのヒーローってさ……もしかしてラスボスをやっつけても自国の権力者にとっては邪魔者になるのかもしれないね」
電志は苦みを含めてそこに応じる。
「ラスボスと相打ちになってくれれば一番都合が良いんだろうな」
「あなた達、そんな評論している場合じゃないでしょ。ヤバイじゃないのよコレ……!」
エリシアが割って入ると、愛佳も電志も頷く。
「ああ、ヤバイね。通な言い方をするならヤヴァイだね。映像で地球側は武装解除を要求していた……」
「それなのに、七星さんは侵攻作戦を発動しようとしているんだよな……」
「そう……このままでは、激突は避けられない……!」
三人は顔を突き合わせて真剣に悩むのだった。
地球との全面戦争……体験したことの無い人対人の戦い。
それは避けたいという思いは三人とも同じだった。
だがミリーだけは違った。
それまで瞑目していた彼女はカッと目を開き、拳を作って力説する。
「敵を殲滅する。やはり七星さんは間違ってなかった」
「ミリー先輩、早まらないで下さい」
電志が宥めようとするが、ミリーは電志の腕を掴む。
「さあ行こう」
「行かない行かない! むしろこれはやめさせないと!」
「何故だ?」
「何故って…………そりゃあ人相手に俺達の設計した機体を向けるわけに行かないでしょう」
「甘いな」
ふっ……とミリーは伏し目がちに笑った。
何を子供みたいなことを言っているんだ、と言外に込められているようだった。
「子供じみた正義感……ですか?」
「元々人の歴史は戦争だ」
ミリーは論戦を挑むように言った。
それを受けるように電志も言葉を重ねていく。
「俺は〈コズミックモンスター〉とは戦えても人とは戦いたくありません」
「違いはなんだ?」
「〈コズミックモンスター〉は襲ってきました」
「人も襲ってくる」
「武装解除すれば良いと言ってきています」
「地球を信じるのか?」
どんどん積みあがっていく言葉の上でだんだん勢いを維持するのが困難になってくる。
電志は顎に手を当てて考え込んだ。ミリー先輩は揺さぶりが非常に巧い。短い言葉で的確に、抉るように揺さぶってくる。
確かに、地球は信じられない。
この十年間、地球は信頼関係を壊すことしかしてこなかった。
それを今更信じろという方が難しい。
「信じることはできません……武装解除したところを襲ってくるかもしれない。ですが、他の選択肢では確実に戦闘になってしまう。選択肢が元から一つしかないんです」
ミリーはふふんと得意顔になった。
これだけ言葉を積み上げても全く動じていない。
「選択はわたし達で行うものだ。意図的に選択肢を減らすな」
「戦いになれば【アイギス】は負けます」
「何故そう言い切れる?」
「巣の破壊の時は戦闘機も三三〇〇機でしたが、今は一九〇〇機です。それに比べて地球艦隊は十年前の計算でも六五〇〇機……規模が違い過ぎます」
「旧型機が大量にいても脅威では無い」
「地球も新型機を作っている筈です」
「機体の世代交代の仕方は緩やかだ。徐々に新型機に塗り変わっていく。おおかたこんなところだ……最新世代、その一世代前、二世代前と混合の軍隊。酷いと更に旧型も配備しているだろう」
ミリーの言葉に電志はまたも長考した。
彼女の言っていることの真偽は分からないが、知識不足で賛否も示せない。
だが、【アイギス】が特殊であることは否めなかった。
【アイギス】の機体の世代交代が早いのは機体の消耗が激しいからだ。
撃墜されてもパイロットが生き残っていれば新たな機体が与えられる。
最新型が完成していれば旧型は生産されなくなり、旧型の予備機はすぐに空になる。
そうして最新型が次々と現場に供給されていったのだ。
地球では事情が異なり、最新型が完成しても旧型機がいつまでも残る。
まだ動く旧型機を、最新型ができたからといって即スクラップにするだろうか?
そう考えると、世代交代はかなり緩やかになるだろうことが予想された。
「それでも、数で圧倒されていることには変わりありません。俺達はもうこれまで〈コズミックモンスター〉と戦いに明け暮れた毎日でした。もう戦いの無い生活が欲しい」
「なかなか粘るな」
感心したようにミリーが言うと、電志の腕を放した。
電志は逆にミリーに感心していた。
「ミリー先輩は、ディベートも強そうですね。いくら話していても揺るがない」
言葉を重ねていけば、考えなければ先に進めなくなることも出てくるはずだ。
また、論理を組み立てていくと粗い部分があれば不安定になる。
しかしミリーはいっこうにそうした兆候を見せなかった。
単にポーカーフェイスが巧いだけかもしれないが。
そう思っていると、彼女はキザな笑みを浮かべてこう言った。
「セリフのストックならいくらでもある」
「……?」
電志は意味が分からず立ち尽くしてしまった。
ミリーは満足気に部屋を出て行った。
「ボクらで何とか止める方法を考えないとね」
愛佳がそう言って、エリシアが続く。
「でもどうするの?」
「やっぱり俺が説得に行くか……」
電志が深刻に言うと、愛佳が首を振った。
「正面から行っちゃあダメだよ」
地球への回答日まで九日間しかない。
それまでに自分たちができることは何か、電志達は必死に考えることになった。
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