第65話
気だるげというのも色々ある。
体調を崩しているとか、無気力とか、午後に一息入れたい時とか。
そして、何か満足していて他がどうでもよくなっている時。
扉を開けて出てきたエミリーを見て愛佳はうへえ、と思った。
乱れた髪に着崩した服、気だるげな表情。随分と爛れた生活をしているようだね。
そもそもこの居室はエミリーのものではない。
巣の破壊作戦で空き部屋ができたのを勝手に使用しているだけだ。
恋人ができ、かつ大っぴらに付き合っている者達が早い者勝ちで空き部屋を占領していったのである。
二人部屋や四人部屋で恋人と過ごす猛者はそうそういない。
エミリーは乱れた髪を掻き上げ、愛佳とエリシアの組み合わせに不思議そうな顔をした。
「最近、あなた達よく一緒にいるのね」
「エリシアさんが勝手についてくるのだよ」
愛佳がすかさずそう返す。
するとエリシアがわざとらしく抱き着いてきた。
「和解したのよ、わたし達。今では友達」
何が友達か、と愛佳が『おええ』と小声で漏らすとエリシアに背中をつねられた。説明が面倒だからもうこれで良いか。友達の輪がこれで広がったね、こんなに広い意味があったとは驚きだ。逆に狭い意味だとボクに友達と呼べる人はいるのだろうか、そこも微妙だ。『ずっと友達でいようね!』という程度の薄い繋がりならそれなりにあるんだけど。ああトモダチって難しい。これ以上考えると鬱になっちゃうからやめとこう。
愛佳は微妙な笑みを浮かべ、本題に入った。
「噂の女王たるエミリーに教えを請いにきたよ。あれから進展はあったかい?」
エミリーはしばしなんだったっけ……と考え、それから思い当たったようだった。
「ああ、あれね! 地球侵攻の噂の出所だっけ。あれねーある程度のことは分かったよ」
「へえ、さすがエミリーだね。どんなことだい?」
「地球人から聞くことが多い」
「……地球人?」
愛佳は目を丸くした。何で地球人なんだろう、と引っ掛かる。
「わたしの友達から聞くと、だいたいどの子も『地球人の誰々から聞いた』『地球人が食堂でそう話してたのを見て知った』って言うのよ。かくいうわたしも地球人のメルグロイから聞いたんだし」
そうしてエミリーは部屋の奥のメルグロイを呼んだ。
シャツを直しながらやってきた彼は写真で見せてもらった通りの好青年だった。
「初めまして。何か……?」
いきなり呼ばれて困惑気味である。
それでもビジネススマイルを作れるところはよくできているな、と愛佳は感心した。電志だとこうはいかないね。
エミリーがメルグロイの腰に手を回し、話し始める。
「ねえねえ、わたしもメルグロイから噂を聞いたじゃない? 友達もみんな地球人から噂を聞いたって言うのよ。わたしは絶対、これは地球人の誰かが発信源だと思うのよね。しかもこれだけ広まるってことは、交友関係広い人だと思うのよ。ねえメルグロイだったら誰か知らない? 地球人で交友関係広い人」
メルグロイはこれにはたいそう驚いたようだった。
「地球人が噂を流してるって? まさか! そんなことは……」
「そうかなー……でもわたしの友達もみんな地球人から聞いたって言ってるし」
「偶然じゃないか? これだけ広まってるってことは、誰からも聞く可能性があるし」
「うーんそうかなぁ……」
「そうそう、ああそうだ、今流れている噂については俺はミリーから聞いたんだよ! 彼女が持っていたアニメの監督が、昔ミスター七星に取材したんだそうだ」
「えっそうなの……?」
「うん、そうだよ。だから地球人とは限らない」
「へえーそうなんだぁ……っていうか、メルグロイ……ミリーと会ってきたの?」
「…………あ、えっ……と……」
マズイ、と顔に出してしまったメルグロイ。
エミリーの声が急激に温度を下げていった。
「愛佳とエリシア、ごめんね。わたし急用ができちゃった」
思わぬところで修羅場が発生。
愛佳は肩を竦めて応じた。邪魔者は退散した方が良さそうだね。
「ここが家庭裁判所に早変わりするわけだね。なら仕方ない、ボクらはお暇するよ」
「物分かりが早くて助かるわ、じゃあまたね!」
目だけ笑っていない笑顔のエミリーに愛佳は手を振って別れた。
扉が閉まる時メルグロイが『あちゃー』という失敗を示す顔をしていたのが印象的だった。そういえば、この前はカジノの奥で別の女の子とも会っていなかったか。まったく、しょうもない男だね。
「どうするの?」
エリシアが問いかけ、愛佳は額に指を当てて考える仕草をした。
ミリーというのがちょっと気にかかる。
エミリーと会話して『とるに足らない噂だった』で終わらせることも考えていたのだが、まだもう少し調べてみる気になった。
「決まっている。ボクは探偵だからね」
自信満々にそう言うとエリシアが顔をしかめた。
「……電志の大変さが分かる気がするわ」
「何を言っているんだい。ボクが電志の相手をするのに大変なんだよ」
「わたしでもあなたのこと意味不明だと思うもの。でも、電志だけじゃなくわたしにもそういう面を見せるようになったのね。距離が縮まって良かったわ」
「おええ」
「失礼ねっ!」
「あいたっ! 暴力反対だよもう」
エリシアに背中を叩かれ愛佳は歩き出した。
愛佳は背中をさすりながら照れ隠しに溜息をつく。
確かに、エリシアの前でも電志と同じ対応をしつつあるようになってきているのかもしれない。どうも気心の知れた相手だと、おふざけをして相手の反応を見たくなる。でも、エリシアさんはまだそんなでもない、と思う。単に最近一緒にいたから話しやすくなっただけだろう。
はあ、とメルグロイは洗面台の鏡の前で溜息をついた。
まったく災難だった。思わずミリーのことを口を滑らせてしまった。いや、やましいことは何も無いからいいんだけど。最初の約束通り、ナンパでなく単に話を聞いただけ。だが疑われるだけでもけっこう体力をつかわなければならない。君だけが好きなんだよ、ということを言葉と行動で示す必要がある。ようやく宥めることができたよ。疲れた……
しかし、エミリーの洞察力には驚いたな。油断していた。まさか地球人が噂を広めていることに気付いてしまうなんて。内心を顔に出さないようにするだけで精一杯だった。だからついポロッとミリーのことを言ってしまった。これなら、会ってきたことを黙っていなければよかったね。
地球人で、かつ交友関係の広い人、か。あながち間違ってはいない。
地球人は全員、正規兵の指示に従うことになっている。だから正規兵たる俺達は交友関係が広いといえば、広い。俺達が指示を出し、みんなが広めているのだ。
こうした仕組みは絶対に知られるわけにはいかない。何とか目を逸らさせないと。というか、エミリーの発言は今思えば危うかったな。地球人の誰かに聞かれていたら、明日にでも、いや今日にでも対処しなければならなかった。聞いていたのが俺だけで本当に助かったよ。
メルグロイはヒヤリとした。
この生活はまだギリギリまで続けていたい。残りはあとどれくらいだ。あとどれくらい、彼女と一緒にいられる?
宇宙にいるとどうも日付の感覚がおかしくなる。日が昇って沈むのを見ていないといつの間にか日付が過ぎ去っている感じだ。
カレンダーを確認し、寂しさが湧いてきた。もう一ヶ月きっているのか……
背後を振り返り、エミリーの待つベッドへと急いだ。
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