第66話
映画の中では、マフィアは裏切り者を粛正する。
じゃあ、俺達もマフィアみたいなものか、とメルグロイは思った。
手足を縛られさるぐつわまでされた男女が、目の前に転がっている。
カジノ奥の、倉庫エリアの一番奥の部屋。
メルグロイ達の隊が集まり、縛られた男女を取り囲んでいた。
隊長のグウェニーが童話を読み聞かせるくらいゆっくりと話し出す。
「セシオラの件はもう大丈夫だろう。メルグロイ、よく説得した」
他の隊員からもうんうん良くやった、と口々に称える言葉が贈られる。
メルグロイは得意顔でそれらを受け止めた。セシオラから危険人物のレッテルが剥がれて良かった。友達とのお別れは辛いだろうが、辛いのはその時だけだ。友達を助けるためにも、それでよかったんだよ。そうしないと、こうなる。
ちらりと床に視線を落とせば、そこには縛られた男女。
一方は地球人の男。
もう一方は宇宙人の女。
男の方は何か訴えているようだが聞き取れず、女の方はただ震えているだけだ。
グウェニーが男女を見下ろし、だが、と残念そうな顔をした。
「この男はセシオラと違い、改善が見られなかった。それどころか、自分の彼女だけは助けてほしいと言ってきたのだ。女の方も様子がおかしいのでそれとなく聞き取りをしてみたら、作戦の一部を知っていた。これではもう対処するしかない」
この男女は恋人同士だ。
しかし、男の方が本気になってしまった。
そうなるとセシオラと一緒だ。
『何とかこの人だけは助けてやりたい』と思い始める。
そして男が色々と女に喋ってしまったらしい。
副長のロッサが無言で頷き、隊員のレンブラが同意を示す。
「これはもう仕方ないな。作戦が【アイギス】の本部にバレるわけにはいかない」
隊員のムラファタはニコニコしてそれに続いた。
「これはそう……口封じだね! もう口は塞がっているけど!」
そう言って自分でHAHAHAと手を叩いて笑っている。
メルグロイは特に何も思うこともなく、小さく肩を竦めた。
「まあ、仕方ない」
これで全員の意思確認は終わった。
グウェニーが部屋の中にあるコンテナ群の方へ目を向ける。
「まだあれを開けるには早い。手作業でやれ」
それからロッサがムラファタの方を向いて顎をしゃくった。
何も言われていないが、これがロッサの指示の仕方だ。
ムラファタはニコニコして男女のところへしゃがみこんだ。
男が必死に声を挙げる。
きっと、女の方だけは助けてやってくれ、と言っているのだろう。
「だめだめ、僕達は情で動いているんじゃないんだから。それより口が臭いね、ちゃんと歯を磨いているのかい? いや、磨くだけではだめだ、爪も使って入念に歯垢を除去しないと。ほら見てくれ、僕の爪は刷毛の形にカットされているよ。これでいつでも効果的に歯のお掃除ができる。ああでも、死んだらもうできないのか。じゃあ言っても意味無かったね」
ムラファタはまた一人で笑い、指示を実行に移した。
男の首から嫌な音がして、訴える声が止まった。
それを見て女が泣き始めたが、ムラファタはニコニコしたまま女の始末も終えた。
正規兵は最悪、武器を失っても敵を葬るための体術を訓練で身に着けている。
いかにして相手の機能を効率的に破壊するか、人間を見てそんなことを考えてしまう程に。
ムラファタはこうした格闘戦が特に優れており、メルグロイは訓練で何度も殺されそうになった。
かわいそうになあ、とメルグロイは思った。特に女の方はとばっちりみたいなものだ。
でもこればかりは仕方ない。【アイギス】の中枢に知られて先手を打たれたら俺達が危なくなる。俺達の作戦は奇襲を成功させることが大前提で組まれている。そこが崩れたら絶対に成功しない。捕らえられてしまえば地球からは見捨てられ、宇宙のゴミになるしかない。
そういえば、この男女はどうするのか。
「宇宙では棺桶に入れて艦外に出したりするのかね」
宇宙式の弔い方を想像で呟くと、レンブラが笑いながら指摘した。
「おいおいメルグ、リサイクルするんだよ。これはもうゴミだ。宇宙に上がってくる前に教わっただろう? 忘れたのか?」
メルグロイは目をぱちぱちさせて、記憶を手繰る。そうか、そういえばそんなことを教わったような気もするな。しかし、笑えない。死ぬと本当に宇宙のゴミになるのか。いや、分からないでもないんだが。資源が乏しいし場所だって限られている。そうせざるをえないのだろう。
「ああ、そうだったな。リサイクル場はすぐ近くか」
リサイクル場は倉庫エリアの一角だ。
蚤の市で出た大量のゴミを運び入れるために倉庫エリアに設けられているのである。
そしてそれは、メルグロイ達にとって好都合だった。
「今日は地球人だけで作業している。ちょうど良い、運ぶぞ」
レンブラの言葉を合図に運搬作業が始まった。
しかし、メルグロイが手伝い始めた時だ。
グウェニーが何気ない調子で声をかけてきた。
「お前の恋人だが、行動を起こす前に対処しておこう。お前のことだから余計なことは言っていないだろうが、念のためだ。その時はお前にやってもらう」
メルグロイは一瞬、手を止めてしまった。え? 俺がやるの?
見上げると、グウェニーの無表情な顔が見えた。
それから視線を移していくと、他のメンバーもみんな感情の無い目でこちらを見ていた。
メルグロイはごくりと喉を鳴らし、内心を押さえつける。ちょっと待て、俺、動揺してる? やばい、悟られてはいけない。
「ああ……やるよ、その時は」
何とか言葉を絞り出し、愛想笑いを浮かべた。
そうしたら、レンブラもムラファタも笑顔になった。
ロッサだけは表情が変わらなかったが、グウェニーも満足そうにした。
メルグロイは恐怖を感じた。こいつら本当に同じ人間なんだろうか? それとも俺がおかしいのか? おかしくなったのか?
カウンセリングの効果が切れ始めているんじゃないだろうか。何でだ……
セシオラはコインランドリーに来ていた。
宇宙では個人で洗濯機を持つことなど稀だ。
そのためコインランドリーの部屋は広いし、綺麗だし、賑わいもある。
自分の育った国ではその逆だった。
狭いし、古臭いし、使う人も少なかった。
それに、まだコインを使っていた。
この【グローリー】艦内のコインランドリーはコインを入れる口が無い。
人が近付けば勝手に認証・支払いが済むようになっている。
〈コンクレイヴ・システム〉の腕輪を洗濯機が検知してくれるのだ。
宇宙の人達は何でコインを使わないのにコインランドリーと呼んでいるのだろう。
乾燥も終わった洗濯物を取り出し、マイバッグに詰めていく。
すると、ちょうどジェシカが隣へとやってきた。
ジェシカはカゴに洗濯物を詰めていく。
その量がずいぶん多かったので、何日も溜めておいたのだろうか、と思った。
「沢山ですね」
忙しくてそうなっているのかもしれない、と考えながらセシオラが話しかける。
するとジェシカは眉尻を下げて返答した。
「ホシさんの分も洗っているのよ。あの人、生活能力が皆無だから」
「えっ……?!」
「あの人最近忙しいみたいだし、もしわたしが放っておいたら今頃不潔でしょうがなくなっているわ。ほんと、やんなっちゃう」
「そ、そんなことなら、わたしがやりますっ」
セシオラは反射的にそう言っていた。
七星に生活能力が無いのなら、自分が補佐してあげれば認められるんじゃないか、と希望を見出したのだ。
そしてその補佐をジェシカが既にしていることに、ズルイと感じたのもあった。
だがジェシカは、そこで洗濯物からある物を摘まんでセシオラに見せた。
「あなた、まだこういうの意識しちゃうでしょ?」
それはボクサーパンツ。
セシオラは赤面し、ジェシカはくすくすと笑った。
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