第50話
たった数ミリメートルのゴミが凶器となって飛び回っているのが地球の外側。
デブリの調査から見えてきたのはそんなイメージだ。
望遠鏡から覗くだけでは決して分からない微細な世界である。
秘密の部屋ではデブリの対処が話し合われていた。
「これは、全てを回避するのは可能なのか?」
電志が気になっているのはそこだった。
安全地帯は存在するのか。
天気のように捉えるなら、嵐の場所もあれば平穏な場所もあるはずだ。
平穏な場所が計算によって算出できるのであれば、そこを進みたいものである。
カイゼルは後頭部で手を組んで深く椅子の背にもたれかかりながら首を振った。
「それはなかなか難しい質問だね。大きいデブリを回避することは可能さ。でもね、1ミリメートルを下回るほど小さい物になると、発見が困難になってくるんだ。今やデブリの数が増え過ぎてどこもかしこも交通渋滞さ。抜け道を捜すのは難しい」
「それは多少のダメージは覚悟しなければならない、ということかい?」
シゼリオがそう尋ねるとカイゼルが頷いた。
そこで電志は思いついたことを口にする。
「【光翼】を展開して切り抜けるという手はどうだ?」
デブリは確かに時速何万キロメートルという凶悪さだ。
しかし、加速粒子である【光翼】なら触れた瞬間に掻き消せるだろう。
通常の機体なら【光翼】は真横にしか展開できないが、【黒炎】は前方から真横まで幅広くカバーできるように【光翼】が増設されている。
【黒炎】の『超重防御突撃機』という肩書きは単に敵の群れを突っ切ることだけではない。
前方にも【光翼】を展開し、本当に機体ごと突撃していけるようになっているのだ。
カイゼルは悲しそうに首を振った。
「さすがにそれはもったいないよ。【光翼】は10秒程度しかもたないし、デブリの危険を抜けるにはもっともっと時間がかかる。それに……DGの攻撃すら耐え得るように作った〈鱗片式追加装甲〉を信じてあげてほしいね」
「確かに防御力は折り紙付きだからな。ちょっとやそっとではビクともしないだろう」
「極力デブリの危険が少ない航路を導き出してみるよ。多少の傷には目を瞑ろう。その次の問題である『大気圏突入』に支障が出ない限りはね」
「大気圏突入か……」
電志は腕組して反芻する。
デブリに大気圏突入……機体に負担が掛かる試練が立て続けに待っている。地球にはそこまでしないと行くことができないのか。そこまでして行くほどのものか? いや、個人的に行きたいところではあるが……それなら別に【黒炎】でなくとも、連絡船さえ作れば良いわけで。ああそうか、連絡船にしても、これらの問題に対処しなければならないのは一緒か。
ちらと視線を変えると、七星とゲンナが椅子を並べて話し合っているのが見える。
二人とも出身は地球らしい。
彼らにとってはデブリ帯を抜けて大気圏突入を果たし、その先に存在する世界とは『帰るべき場所』なのだろうか。俺たちにとっては未知の世界、観光地といった感じなのだが。
シゼリオは大気圏突入と聞いてテンションが上がったようだった。
期待に胸を膨らませるように、語り口に熱が入る。
「漫画やアニメで何度も見たけど、大気圏突入は見せ場の一つだね。一歩間違えば機体がバラバラになってしまう、非常に危険な行程のようだ。でも僕は突入していく時の景色を凄く楽しみにしているんだよ。いったいどんな景色を見せてくれるんだろうってね」
景色か……と電志は意外に思った。機体以外の所に目が行くとは思わなかった。しかし、シゼリオの立場からすればそういうものか。パイロットの視点からすれば機体に身を預けるだけだ。注目すべき行程という以上の感想はなかなか浮かばないだろう。かくいう俺も今のところそれ以上の情報を持っているわけではないのだが。俺が一番気にしているのは機体への負荷だ。
「とにかく高温になるっていうイメージだな」
電志の言葉にカイゼルも同調する。
「僕も詳しくは知らないね。これについては〈プレーン〉に入っている資料で調べてみないといけない。どんな角度で突入すれば良いのか、どれくらいの速度で突入すれば良いのか、そういうところが知りたいね」
どうやらカイゼルの気になるところは角度や速度のようだ。
パイロットの視点、設計士の視点、研究者の視点、それぞれが違うところに注目しているらしい。
役割の違いを改めて認識させられる会話だった。
電志はまず、大気圏とは何かということを調べてみた。
『大気圏突入』と言うくらいだから、大気圏という危険な層があるのだろう。
そこを抜けなければ地球に入れない。
そこで一つの疑問が湧いた。地球ってどこからが地球なんだ?
大気圏も地球に含むのだろうか、などと思いながら資料を目で追っていく。
割と基本的事項だったようで、情報はすぐに出てきた。
『大気圏』とは、地球を覆っている大気が存在する部分である。
構成は窒素や酸素が主となっているようだ。
はて……と電志は首を捻る。窒素や酸素が主となっているこの大気というやつは、【アイギス】の空気に似ている気がするのだが……
「なあ、【アイギス】の空気構成って何だった?」
電志が疑問を投げかけると、カイゼルが即答した。
「確か窒素が78.084%、酸素が20.9476%、アルゴンが0.934%、二酸化炭素が0.0314%、ネオンが0.001818%、ヘリウムが」
「もういい、窒素や酸素が主だったよな」
このままでは長引きそうだったのでストップをかける。
するとカイゼルは玩具を買ってもらえない子供のようにせがんできた。
「ああ待って! 少数派の成分たちにも光を!」
「駄目だ」
「何故に?!」
「小数点第6位まで言おうとするところが気持ち悪いんだよ!」
「こ、この男、科学を冒涜した……! 背信者だ! 〈DRS〉でそんなことを言ったら酷い目に遭うぞ! 危険な実験の人柱にされちゃうんだからな!」
震える手で電志を指差すカイゼルは、まるで犯罪でも目撃してしまったかのようだった。
そんな大げさな……と電志は呆れてしまう。
「小数点なんて四捨五入すりゃ良いだろう」
「ぐっ……それはなかなかバッドな物言いだね。なら設計も翼の角度なんて小数点を四捨五入してしまえば良いよね!」
カイゼルが反撃すると、それまで余裕を見せていた電志が豹変した。
唾を飛ばす勢いで熱弁を始める。
「はあ?! お前マジ設計なめてるだろ! 翼の角度を四捨五入とか設計を冒涜している! 小数点以下もきっちり見るのは当たり前だ!」
「ククク、科学を冒涜した罰だね。少数派の成分たちがどれだけ頑張っているかを小一時間説明してやりたいよ」
「こっちだって小数点以下を妥協すりゃどれだけ機体性能に影響するかを一日かけて説明してやりたい」
顔を突き合わせて唸る二人にシゼリオが割って入る。
「まあまあ、二人ともどっちもどっちだから矛を納めて。話を元に戻そうよ」
パイロットにはそこら辺のこだわりが無い。
食事に置き換えれば作る人と食べる人。
食べる側にとってはおいしければ問題ないのだ。
だから仲裁役としては適任だった。
電志は冷静さを取り戻し、浮かせた腰をどすんと下ろす。
「そうだ、要は『大気圏というのが【アイギス】の空気と似ている』と思ったんだよ」
同じく冷静さを取り戻したカイゼルが、手をポンと打った。
「ああそうだね、構成が同じだ。これは何でだろう?」
そうしたら、それまでゲンナと話していた七星が苦笑して回答した。
「【アイギス】が地球の空気を真似たからさ」
電志も、カイゼルも、シゼリオも、目が点になった。
地球にも【アイギス】と同じ空気がある……それは【アイギス】で生まれ育った者にとっては不思議な衝撃だった。
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