魔導王国KAZA

白音クロネ

第1話 美少年魔導師登場!

魔導王国カザ。

世界に満ちるマナを使役し、奇跡を起こす魔導師たちの住まう王国。

その発祥は一万五千年ほど昔、『時空超越魔法』を編み出し、実践した異界の大魔導師メルセラが、その実験に失敗し、それまで彼が存在していた世界から弾き跳ばされてしまった事から始まる。


原初の惑星に跳ばされたメルセラは、そこで誕生して間もない人間達に教育を施し、小さな惑星を百年後に魔導文明の王国へと変えてしまった。

人々は彼を神のように崇め、王に望み、そしてメルセラはカザで最初の王となり、今も尚その惑星の王はメルセラその人なのだ。


圧政を敷くこともなく、民を守り、奇跡の御業を人々に伝える聖王。


『…そんなすばらしー王様のおかげで、ここ、魔導用語で『母』を表す『カザ』は、物質文明的にはどっかの太陽系第三惑星の中世程度でありながら、魔導の力でお茶も沸かせる、ちょー便利な、無茶苦茶ご都合主義な世界に出来上がった。

で、それだけ豊かになっちゃうと、教育も行き届いて貧富の差なんてのもほぼない世の中では自然に物欲なんかも少なくなっていって、混乱とか破壊が趣味の人たち以外には大した争いもなく、退屈だけど平和で牧歌的な王国が、未だ『時空超越魔法』の影響で二十代にしか見えないらしい大魔導師メルセラさんのもと、実現してるんだよね。』


「こらああ!サキい!なんなんだこのレポートは!

メルセラ様を讃える歴史の時間に、こんな雑文書くたあいい度胸だ!」

そんな野太いオッサンの声から始まるのは、俺様…魔導学校高等部一年に在籍している、サキ・ファーランス様の受難の物語である。


俺様も今となっちゃあうろ覚えだし、てきとーな口調なのは勘弁してくれよ。


えーっと、野太い声の主は…ゴリラそのものの厳つい顔したおっさん歴史教師、その名もゴリアテ!っていってな。

そのゴリラテ…ゴリアテは、俺様のとっても正確なレポートに怒り心頭。

白大理石造りの壁に囲まれた教室中に響く大声で、俺の机の前で仁王立ちになってガアガア喚き立てるんだよ。

いくらゴリラが熱心なメルセラファンでも、本人が崇拝求めてないんなら俺様がちょっと適当に話まとめてもいいじゃんねえ?

オッサンに太くて大きな声で説教されると、ほんと頭は痛くなるし下痢しそう。


という訳で。

「ごめんちゃサーフ!」

てへぺろっと敬礼をして、俺様は得意の転移魔法『サーフ』で、さっさと教室を抜け出した。


空間が歪む前に見えたゴリラの憤怒の表情に、午後の授業は欠席即決したんだけど、今思えばなー、あれがみんな悪かったよなー。

真面目にレポート書いてるか、大人しくゴリラに説教されるかしとけば、俺様はあんな目に…ふう。


後悔先に立たず。

とりあえず、あの日はサーフを使って、俺様はお気に入りの草原に跳んでったんだ。


この惑星は、菱形の大陸と三つの島から成り立ってるんだけど、俺様が気に入ってる草原は、大陸の中心にある大魔導師メルセラのおわす首都オーキス、その都市部から東に離れた、街道沿いの小高い丘の上にあるんだ。


そこは、街道から見ると木に隠れてるんだけど、上に行くと開けてて、すごく柔らかな草が生えて日当たりも良くて、丘の真ん中に広く枝を伸ばした樫の樹が、いつも優しく腕を広げて待ってくれてるんだ。

ばーちゃんが死んで独りぼっちになってから見つけた、俺様の大事な場所。

ふかふかな草の上に寝っころがると、でっかい緑色した生き物のお腹の上でじゃれてるみたいですっごい気持ちいい。


ぽかぽかの太陽の金色の日差しのなか、木陰に守られながら空を見ると、なーんにも悲しいことなんか無いって気持ちになる。


木の葉が風に揺れると、ばーちゃんが膝枕してくれてるみたい。

サキは可愛いね、いい子だね、って、風が代わりに頭を撫でてくれるよ。


とっても幸せな気持ちになって、俺様は、ばーちゃん自慢の俺様のうつくしー瞳にも似た青空を眺め、同じくばーちゃん自慢のつやつやな銀髪を指でグリグリ玩びつつ、柔らかな草をベッドに優雅にお昼寝でもしよーかなと思ったんだ。



そしたらさ、事もアローに、それを邪魔する奴が現れたんだよ。

そいつらは、5人。

全員が王宮直属魔導師の藍色のローブを着てて、目深にフードを被って口元しか見えない。

そいつら、周りを警戒しながら丘に登って来て、あろうことか俺様の頭を蹴りやがったんだ!


「痛ってーな!何すんだよ!」

例えいつか上司になるかもしれないお偉方だろうと関係ない。

俺様はこれでも男女問わず人気な美貌の魔導師見習いサキ・ファーランス様だ!

あと数年もすれば、美少年から美青年に華麗なる脱皮を遂げる予定!

そうなったら世界を席巻する予定!

そんな俺様の頭部を蹴るとか許されないダロ!


憤慨して飛び起きた俺様に、王宮魔導師の奴らは俺の真っ白なローブを見て、

「フン、魔導師見習いが何故こんな場所にいる。貴様、授業を抜け出した落ちこぼれだな?」

そんな事を言いながら、口許だけを嘲笑わせた。


「何だよ偉そうに!あんたらだってこんなトコにフラフラしてんじゃねーか!」


「愚か者め。我々は魔導杖の確保のため、この樫を伐採しにきたのだ。」

魔導師たちのなかで一番若そうな奴がそう言って、得意気に俺様お気に入りの樫の幹を撫でる。

何だそれ?そんな話聞いてないぞ?

「樫の霊を旨く従えれば、良い杖になる。服従までに多少手荒なマネをするかもしれんから、ここにいてはお前にも危害が及ぶかもしれんぞ。」

去れ、そう言う魔導師達に、俺様はそいつらの冷淡な物言いに違和感を覚えた。


「待てよ、たしか王宮ではついこの前も千歳のヤドリギを杖にしたろ?

大陸の精霊達は、十年に一度決められた日にしか伐採を許さないはずだ。

おまえら、本当に王宮の魔導師か?」


精霊は、魔導師たちの力となる代わりに幾つか約束事を決めている。

ここで言うなら、樹木。長く生きる樹木には、相応の力を持つ精霊が宿っている。

杖を作る時、樹木の精霊は自身の分身を魔導師に与えてマナの制御を支えるんだけど、それは精霊にとってとても負担が大きい事なんだ。

だから、杖を採るのは限られた樹木だけで、この丘の樫の木はまだ分身を造れる位にマナが充ちていない。

無理に伐ったりしたら、木が死んじまうじゃないか!



ぐっと、魔導師達が言葉につまる。

それで判った、こいつらは『シュミ』のやつらだ!


魔導が発達し、平和なこの世界にも、僅かにだが破壊だとか争いだとか、約束ごとだとかを片っ端からぶち壊して、世間を引っ掻き回してやりたいと思っている奴や、衝動を抑えきれない奴らがいる。

そいつらは、メルセラの逆鱗に触れるほどの悪事は働かないが、どんな下らない事でもそれが自分たちの欲望や衝動を充たすならしでかそうとする。

そんな奴らを『趣味で悪事を行う愚か者』略して『シュミ』と呼ぶんだ。


で、こいつらシュミは、正規の魔導協会が解明に手こずる情報網を持っていて、あちこちで散発的に悪さをするものだからなかなか対処が難しい。

通報信号や歪んだ魔術の使役を感知した魔導師達によって、各地でそいつらが起こす事件はだいたい対応されているが、今回のように樹木が伐採されるような自然物への事案の場合、魔導師が駆けつけても間に合わない事もあるそうだ。

そして、今ここに協会の魔導師は来ていない!


こいつらは、俺様の大切な場所を壊そうとしているのに、救いの手はきっと間に合わない。


でもここには、俺様がいるんだ。


「てめえらに、この樹は伐らせねえ!」


俺様は、素早くこないだ覚えた『空間湾曲魔法』を唱え、対魔導用の結界…バトルフィールドを作り出した。

この結界のなかでは、魔導がフィールドの壁に触れる事で拡散し、外界に及ぼす影響を最小限に抑えられる。

破壊を引き起こす魔法の発動は、メルセラによってこの結界内でしか許されていない。

シュミの奴らはそんな事おかまいなしに呪文をぶっぱなしてくるはずだから、先手を打っておいた。


「クックックッ…結界とは気の利いた事をする。小僧、我々を相手に魔導で勝負ができると思うのか?」


嘲笑う男達に、俺はギュッと痛む胸を抑える。

怖くなんかない。絶対に、こんな奴らに俺様は負けない。


「うるせえ!お前らなんかに俺様の大事なもん奪われてたまるか!」


ここは、俺様を助けてくれた場所。

もう二度と、独りぼっちには戻りたくない。


「仕方ない…こういう場合は、邪魔者には消えてもらおう。」

魔導師五人が、横に並んでそれぞれ呪文の詠唱を始めた。


「深淵の闇よ…古の…」

「破壊の炎よ…」

「邪なる息吹をもって…」

「穿たれし大地の魔よ…」

「混沌の沼より我召喚せん…」


おいおい、全部『邪法』じゃねーか!


魔導には、ものの正しき力を発現し力とする『正法』と、負の方向へと空間や精霊の存在を歪めて破壊を引き起こす『邪法』とに分かれていて、邪法は全てにおいて世界への負担が大きすぎるから、禁忌とされている。

こいつらは、それを破ってまでこの場所を、世界を壊したいのかよ!


「ちっくしょう…」

俺様の結界で、全ての破壊を処理できるか解らない。

あの丘を、こんな奴らに壊させたくねえよ。


こーなりゃ、いちかばちかやってみるしかねえ!


俺様は、祈る。

目を閉じて、祈りを叫ぶ。

体内のありったけのマナを、言葉にのせて。


「光し聖なる王霊よ!偉大なる生命の王の真名、レクトゥール・サ・ル・リレル・エ・ル! 我は貴方の子、正しき光を求める者、サキ。 サキ・ファーランス! 我が血に流れる定めの糸を持って、邪なる力を聖なる輝きの華と咲かせたまえ! 極破邪法、レミアスーーーーーーーッ!」


俺様の詠唱と同時に、太陽と月の輝きを併せ持つ光球が俺の頭上に出現する。

圧力すら感じる強い光のなか、微笑む人影が見えた。


すごく綺麗で、優しい瞳をした、どこか懐かしい感じのするその人に、そっと抱き締められる感覚がして。


「おかー、さん…?」


見たことのないそのひとを呼んで、

俺様の意識は、遠退いたんだ。


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