トンネル栽培キット(4/4)
8月11日(火) 晴れ、のち雨
たいへんだ!
トンネルの成長かんさつ記ろくは、前のページでおわりにするつもりだった。だけど、たいへんなことがおこってしまったので、つづきを書かなければならない。
たいへんなことというのは、こういうことだ。
なんと、ぼくの家の近所の山に、巨大なトンネルが出現したのだ!
トンネルの出現した山は、ぼくの家から、歩いて十分くらいかかるところにあるのだけど、そんなところにあるトンネルが、ぼくの家のまどからでも、よく見える。そのくらい、巨大なトンネルなのだ。
ぼくたちの町に、巨大なトンネルが出現したことは、すぐにテレビのニュースになった。ニュースによると、あのトンネルは、高さが80メートルにもなる、じつに巨大なトンネルだという。80メートルといえば、去年、学校の遠足で行ったゆうえんちで、そこにあったかんらん車が、全長80メートルあると、ゆうえんちの人が言っていた。なんと、あの巨大トンネルは、あのかんらん車と、同じくらいの大きさなのだ。かんらん車と同じくらい大きなトンネルなんて、見たことがない。町の人たちも、みんなびっくりしている。
巨大トンネルは、山にぽっかり穴をあけて、山をかんつうしてるように見えるけど、トンネルのむこうにあるのは、もちろん、山のむこうの景色じゃない。今、巨大トンネルのむこうにあるのは、青い空だ。地面は見えないので、もしかしたら、巨大トンネルは、今、地面のない世界につながっているのかもしれない。そして、青い空の中に、白い大きな雲がうかんでいるのだけど、よく見ていたら、それはどうやら、雲じゃなくて、すごく大きな白い鳥だった。その鳥は、雲が動いていくくらいのスピードで、ものすごくゆっくり羽ばたいているのだ。
それで、いったいどうして、あの山に、あんなに巨大なトンネルが出現したかということだが、それも、テレビのニュースでやっていた。
前のページの「さいごのほそく」にも書いたけど、このごろ、全国各地で、毎日たくさんのトンネルがすてられていて、そのことが社会問題になっている。どこの町でも、すてられたトンネルをどうするか、ということについて、頭をなやませているらしい。それで、ぼくたちが住んでいる町では、人の近づかない山おくに「トンネルすて場」を作って、町中からあつめられたすてトンネルを、ぜんぶまとめて、そこにすてることにしたんだそうだ。「トンネルすて場」は、近くにわっかも筒もない場所をえらんで、さぎょう員の人以外、だれも近づかないように、まわりにロープをはって、立ち入り禁止のふだを立てたらしい。
その「トンネルすて場」になった山が、ぼくの家から見える、あの山なのだ。だから、山に出現したあの巨大トンネルは、すてられたトンネルが育ったものとみて、まちがいない。
では、近くにわっかも筒もないはずなのに、トンネルは、何を食べて、あんなに大きく成長したのか? その答えは、町中からあつまった、たくさんのトンネルがすてられたはずのあの山に、巨大なトンネルが「一つだけ」出現した、ということから、みちびきだすことができる。
そう! 一か所にあつめられてすてられたトンネルたちは、トンネルどうしで、共食いしたのだ!
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8月12日(水) 晴れ
けさも、あいかわらずテレビのニュースで、山に出現した巨大トンネルのことを話していた。
巨大トンネルは、昨日よりもさらに成長して、今日は、高さ130メートルにまでたっしているらしい。共食いして、さいごに生きのこって、あんなにも巨大になったあのトンネルは、山の中にあるほら穴や、山の近くにある下水道や、地下道なんかを栄養にして、どんどん成長しているのだと、ニュースで言っていた。トンネルのそばにある家なんかは、水道管やガス管もふさがってしまって、その家に住む人たちが、とてもこまっているそうだ。
トンネルが栄養にする物は、トンネルの近くにあるわっかや筒だが、トンネルが大きくなればなるほど、そのトンネルにとっての「近く」のはんいも、どんどん広がっていく。それが、やっかいなところだ。なぜなら、それはつまり、トンネルのまわりにわっかや筒(下水道や地下道を、筒、というのもへんだけど)があるかぎり、トンネルは、さいげんなく成長していって、さらにはなれたところにあるわっかや筒を、さいげんなくお供えにしてしまう、ということをいみするからだ。下水道や地下道を、トンネルのまわりからどけることはできないから、あの巨大トンネルの成長は、もう、だれにも止められない。ぼくの家の水道管やガス管も、そのうち、あの巨大トンネルのお供えになって、ふさがってしまうだろう。まったく、たいへんな事たいになったものだ。
どうせだから、巨大トンネルを、近くまで行ってじっくり見てきた。
トンネルのまわりには、ぼく以外にも、トンネルをまぢかで見るためにあつまった人たちが、いっぱいいた。みんな、高さ130メートルのトンネルを見上げて、すごい、すごいと言っていた。ほんとうに、そのながめは、すごいはく力だった。町の人にはめいわくな巨大トンネルだけど、このトンネルは、これから、この町のかんこう名所になるかもしれない、と思った。
だけど、そうやってトンネルをながめていたとき、トンネルのむこうに、とつぜん、巨人があらわれたのだ! その巨人は、たぶん、背の高さが100メートルくらいはあった。全身が、影みたいにまっ黒で、服は、着ているのか着ていないのかわからないけど、目の白目のところだけが白くて、それ以外は、ぜんぶまっ黒だった。その巨人が、トンネルのむこうから、こっちをのぞきこんだので、トンネルのまわりにいた人たちは、みんな「わーっ」とひめいを上げて、いちもくさんににげた。もちろん、ぼくもいっしょににげた。巨人が、トンネルに入ってきて、トンネルのこっちがわにやってきたらどうしようと、すごくこわかった。
今、家のまどからトンネルを見ているけど、トンネルのむこうにいるまっ黒な巨人は、あれからずっと、トンネルのそばをはなれずに、今も、トンネルのこっちがわをじーっとのぞいている。トンネルに入ってくるきは、今のところは、ないみたいだ。でも、いつ、巨人がトンネルを通ってこっちにやってくるか、わからない。あんなのがやってきたら、町は、いったいどうなってしまうんだろう。のんきにトンネルを見に行って、はく力だとか、かんこう名所になるかもだとか、思ってる場合じゃなかった。
あの巨大トンネルを、いっこくも早く、ふさがなければならない。そうでないと、トンネルのむこうから、いつ何がやってくるか、わかったものじゃない。それに、このままトンネルがもっと大きく成長していったら、トンネルのむこうに住んでいるものだって、トンネルの大きさに合わせて、もっと大きくなっていくだろう。それは、巨人かもしれないし、巨大なかいぶつかもしれないし、どっちにしても、それがきょうぼうで危けんなものだったら……。そんなものが住んでいる世界とつながったトンネルが、この町にあるなんて、じょうだんじゃない。
でも、あそこまで大きく育ったトンネルをふさぐのは、すごくむずかしい。トンネルをふさぐためには、そのトンネルの大きさに合わせた「生けにえ」が必要だからだ。さいばいキットのせつめい書に、そう書いてあったのだ。だから、あの巨大トンネルをふさぐためには、ものすごく大きな生けにえがひつようになる。さいばいキットのトンネルは、小さいときにふさいでおかないと、あとでたいへんなことになるということが、よくわかった。
いったい、どうすればいいんだろう。
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『いったい、どうすればいいんだろう。』
そこまで書いて、トンネルの成長観察記録をつけていた男の子は、ノートを閉じた。これ以上、何をどう書けばいいのか、書くべきことが、もう何も見つからなかったからだ。
男の子は、自分の部屋を出ると、テレビのある居間へと移動した。あとちょっとで、いつも観ている夕方のアニメが始まる時間だった。男の子は、テレビの前に座り込んで、リモコンでテレビをつけ、チャンネルを合わせた。
観たいアニメが始まるまで、あと五分。この時間、このチャンネルでは、いつも五分だけの通販番組を放送している。その番組が、ちょうど始まったところだった。
画面の中に、今週紹介する商品が映し出される。
その商品を見て、男の子は、はっとした。
小さな箱に入った、その商品のパッケージは、夏祭りで買った、あの「トンネル栽培キット」のパッケージと、そっくりだったのだ。違っているのは、箱の色だけだった。色違いのパッケージに包まれたその商品は、どう見ても、「トンネル栽培キット」と同じ販売元から売り出されている、姉妹品だとしか思えなかった。
『さあ、今週も始まりました。テレビショッピング「S・F (すこし・ふしぎ)」のお時間です。今日ご紹介する商品は、こちら。その名も「生け贄栽培キット」! アリより小さな生け贄から、クジラより大きな生け贄まで、どんな大きさでも思いのまま、初心者でも簡単に生け贄を育てることのできるキットです。今回に限り、生け贄の成長速度を劇的に速めることが可能な、オリジナルの特製成長促進剤をおつけして、驚きのお値段は、なんと――……』
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この商品を購入しますか?
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次回
【「トンネル栽培キット」を購入した人は、こんな運命もたどっています。】
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