「トンネル栽培キット」を購入した人は、こんな運命もたどっています。

トンネル栽培キット~あるコレクターの場合~

 そのコレクターは、トンネル栽培キットの愛好者だった。

 トンネル栽培キット、とは。

 その名の通り、トンネルを栽培することのできるキットである。


 キットの中に入っているのは、一粒のトンネルの種と、トンネルの育て方などが書かれた説明書だけ。

 トンネルの育て方は、至極簡単。まずは、トンネルの種の中央を指で押してへこみを付ける。それから、輪っか状の物体、あるいは筒状の物体を、種の近くに置く。すると、種に穴が開き、その時点で小さなトンネルが貫通する。それが、言うならば「発芽」の状態である。そうしてトンネルが貫通したら、そこからさらに、輪っかや筒をトンネルに与え続ければいい。輪っか状の物体、筒状の物体は、トンネルの成長に必要な栄養だ。それを与えるだけで、トンネルはどこまでも大きく育っていく。


 トンネル栽培キット、とは。

 要するに、そういった代物である。


          +


 トンネルを栽培する楽しみは、主に、育てたトンネルの向こう側を覗き見ることにある。

 トンネル栽培キットで育てるトンネルは、その成長に合わせて、トンネルの先が様々な異世界へと繋がる。その異世界には、たいていこの世界に存在しない鉱物、動植物、景色があるので、それらをトンネルのこちら側から眺めて、楽しむことができるというわけだ。

 そんなトンネルを、コレクターは、これまで数えきれないくらいたくさん育ててきた。

 しかし、コレクターがコレクションしているのは、トンネルそのものではない。

 コレクターは、トンネルの向こうに現れた世界から、この世界には存在しない様々なものを採取し、コレクションしていた。

 つまり、そのコレクターは、トンネルコレクターではなくて、異世界コレクターなのだった。


 コレクターの家は、これまで集めてきた「異世界のかけら」で溢れ返っている。

 地表に露出した根から影を吸収して成長する、花も茎も根もすべてが真っ黒な花。夏には強く、春にはやわらかく、四季に合わせた陽射しを放つ、太陽の色の宝石。蜃気楼を映した、ほのかに甘い霧のゼリー。二枚の羽毛でふわふわと宙を舞う、体長約2センチの虫のような生き物。甲羅を背負って水中をすいすい泳ぐ、体長約12センチの鳥のような生き物。尻尾の先から夜の闇を煙状にして立ち昇らせる、体長約8センチの猫のような生き物。二本の手、二本の足を持ち、何やら言葉らしきものを喋る、体長約3センチの人間のような生き物。――そういったものが、そこかしこに飾られ、大切に保管、飼育されているのだ。


 そのコレクターのコレクションが、無生物にしろ生物にしろ総じて小型であるのは、コレクターがトンネルをあまり大きく育てないからだった。トンネルの向こうに現れるもののサイズは、どうやら、そのトンネルのサイズに対応しているらしい。小さなトンネルが繋がる異世界には、小さな生き物を中心とした生態系があるのかもしれない。生態系の中心となるその生き物は、すなわち、その異世界に繋がったそのトンネルを、ちょうど通り抜けられるくらいのサイズをしているのだ。トンネル栽培キットのトンネルは、異世界に対してそういった接続の仕方をするのだろうと、コレクターは推測している。


 そのコレクターにとって、トンネルそのものも、以前はコレクションの一部であった。

 トンネルは、栄養を与えればどこまでも大きく成長していくが、栄養を与えるのをやめたとしても、ひとりでに塞がってしまうことはなく、ただ成長が止まるだけだ。そのため、好みのサイズに育てたところで、その状態を固定することができる。成長を止めたトンネルは、また再び栄養を与えない限り、大きさも変わることはないし、ずっと同じ異世界と繋がったままにしておける。

 しかし、そんなトンネルも、増えすぎるとたちまち置き場所に困ってしまった。栽培キットで育てるトンネルは、いわば「空間に開いた穴」であり、横から見ても奥行きの一切ない準二次元の存在なので、少ない数であればさほど場所をとるものではない。けれども、トンネルをあまり密集させて置いておくと、困ったことに、トンネル同士が共食いしてしまうのだ。それを避けるため、コレクターは仕方なく、トンネルをコレクションすることはあきらめて、「異世界のかけら」を採取したあとのトンネルは、古いものから順に塞いで処分するようになった。  

 新たなトンネルを育てては、古いトンネルを塞いでいく。それを延々と繰り返し、そのコレクターの「異世界のかけら」コレクションは、数も種類も膨大なものとなっていったのである。


 栽培中のトンネルの成長具合、および各トンネルの先にある異世界の様子を確認することは、コレクターにとって欠かすことのできない日課だ。コレクターは、朝起きるといちばんに、家にあるすべてのトンネルの向こうを覗く。仕事から帰ってくれば、何をおいてもまずトンネルのもとへ飛んでいき、やはり注意深くトンネルの先にある世界を確かめる。

 トンネルの向こうに何かしらめぼしいものが見えれば、コレクターは、ピンセットやトングを使ってそれを採取する。小さなトンネルであれば、ピンセットやトング程度の長さのもので、充分トンネルの向こう側に届くのだ。それよりもう少し大きなトンネルになると、コレクターは、今度は自分の腕を目いっぱいトンネルの向こうまで伸ばして、目当てのものを掴み取る。目当てのものは、ものによっては物理的に触れることができなかったり、また、高温だったり触れると強い刺激があったりして、手を使う場合は厚手の手袋が必要になることもあるものの、基本的に「異世界のかけら」の採取は容易な作業だった。


 たまに、ピンセットやトング、もしくは自らの手の届く範囲に、目ぼしいものがまったく見当たらないこともある。そういった場合、コレクターは、そのトンネルをもう少し育ててまた違う異世界に繋いでみるか、あるいは、トンネルの成長を止めたまま、しばらくの間放置するという手段を取る。

 トンネルの状態を固定したまま放置し、数日間こまめに観察していると、運が良ければ、手が届く範囲に何かが現れることもあった。風に乗って飛んでくるもの、地面から生えてくるもの、たまたまトンネルの前を通りかかるもの、トンネルに興味を示して寄ってくるもの――上手くそのタイミングに出くわすことができたら、そこをすかさず捕まえる。


 また、さらに運が良いときには、トンネルの向こうからこちら側へ、「獲物」が自らやって来るということもあった。

 何かがトンネルの中を通って近づいてくる気配を感じると、コレクターは、すぐさまトンネルの穴の真横に姿を隠し、息をひそめる。「獲物」のほうは、得体のしれないトンネルの向こう側で、コレクターが捕獲器を持って待ち構えていることなど、もちろん知るよしもない。

 そうして捕まえた「獲物」を、コレクターは、虫カゴや小動物用のケージなどに入れて、毎日眺めて楽しみながら、飼育するのだ。

 

          +


 そんなある日のこと。

 コレクターは、散歩の途中で、林の中にある一つのトンネルを見つけた。

 草木の陰に埋もれていたそのトンネルは、空間にぽっかりと空いた穴であり、真横から見ると奥行きの存在しない、見慣れた準二次元の姿をしていた。トンネルの向こうにある風景は、当然のことながら穴の後ろにある林ではなく、どこかまったく別の場所だ。

 そのトンネルは、トンネル栽培キットで育てたトンネルに違いなかったが、コレクターがこれまで育ててきたものとは違って、家のドアくらいの大きさがあるものだった。それは、一般的な「トンネル」としては小さな部類に入るだろう。しかし、トンネル栽培キットのトンネルを、人間が立って歩いて通り抜けられるサイズにまで育てる者は、なかなかいない。いくら準二次元といえども、そこまで大きく育ったトンネルはやはり場所を取るし、また、トンネルが大きくなればなるほど、それがもう要らなくなったとき、塞いで始末するのが困難になるからだ。


 コレクターは思った。

 林の中にあるこのトンネルは、きっと、どこかの誰かが捨てていったものなのだろう、と。

 つまりである。トンネルをうっかり大きく育てすぎてしまい、自力でそれを塞ぐことが難しくなったため、処分に困った持ち主が、トンネルをこの林に廃棄した、ということなのだろう。

 どこの誰だか知らないけれど、マナーの悪いことだ。

 が、しかし。

 これはまたとないチャンスだと、コレクターは考える。

 人が通れるほど大きなトンネル。ここまでのサイズのものを、家で自分で育てる気には、なかなかなれない。だけれどそれが、今、こうして目の前にあるのだ。捨ててある、もはや所有者のいないこのトンネルを、ちょっと使わせてもらったとしても、誰に咎められることもあるまい。


 コレクターは、迷うことなく、トンネルに足を踏み入れた。

 こんなふうに、体ごとトンネルの中に入るなんて、コレクターにとっては初めてのことだった。でも、できるなら、一度こうやって、直接トンネルの向こうの世界へ行ってみたいと、コレクターはずっと思っていたのだ。

 コレクターは今まで、後始末が簡単な小さなトンネルをたくさん育てて、ピンセットやトング、自分の腕をトンネルに突っ込み、そうして届く範囲にある「異世界のかけら」を採取してきた。それで目当てのものに届かないときには、棒の先に粘着テープを巻いたものなどを使うこともあったが、どちらにせよ、トンネルの向こうにある「異世界のかけら」を採取できるのは、トンネルの出口付近のごくごく狭い範囲に限られていた。トンネルの出口から遠く離れた場所に、何か気になるものが見えたとしても、それは泣く泣くあきらめるしかなかったのだ。


 ――このトンネルを通って、トンネルの向こうにある異世界に入り込むことができたら、どんなにいいだろう。


 コレクターは、小さなトンネルを前に幾度となくそう考え、もどかしい思いをしてきたのである。


 胸を高鳴らせつつ、コレクターは、トンネルの出口へと近づいていく。

 トンネルの向こうに出たら、気が済むまで遠くまで行って、思う存分「異世界のかけら」を拾い集めよう。その異世界の全土、とまではいかなくとも、それなりに広い範囲を歩き回れば、一種類の異世界で、いくつもの新たなコレクションを手に入れ放題に違いない。


 さあ。トンネルの出口は、もうすぐそこだ。

 このトンネルの先には、果たして、どんな異世界が待っているのだろう。

 そこでは、どんな「異世界のかけら」が手に入るのだろう。 


 コレクターは、期待に胸を膨らませながら、トンネルの向こうへ飛び出した。


 その途端。

 コレクターのはるか頭上から、何か大きなものが、ばさりと覆いかぶさった。






「パパー、見て見て。トンネル栽培キットで育てたトンネルから、こんな小さな生き物が出てきたよ!」

「おお、そうか、よかったな。虫カゴに入れて、大事に飼うんだぞ。だけど、トンネルをあんまり大きく育てすぎないでくれよ。大きくなったトンネルは、塞ぐのが大変なんだから……」




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 次回

【ご不要になった「トンネル栽培キット」の廃棄処分に関して。】

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