トンネル栽培キット(2/4)

 8月3日(月) 晴れ


 トンネルは、じゅんちょうに大きくなっている。

 直径も、昨日よりまた少し広がって、一円玉くらいになった。穴のまわりにあるカチカチの種の部分は、もうほとんどのこっていない。ぽっかりあいた穴のまわりに、種ののこりが、ほんのちょっぴりこびりついているだけだ。

 そして、トンネルは、昨日よりもおくに深く育っている。さいしょの種のおく行きよりも、長いトンネルになったように見える。じっさい、トンネルにおくまで指をつっこんで、トンネルの横や上から見てみると、指が、と中で消えてなくなっているように見えるのだ。まるで手品みたいだ。

 そうやって、なんどかトンネルに指をつっこんでいると、あるとき、指の先に何かがさわったので、指をぬいて、トンネルのむこうをのぞいてみた。すると、トンネルのむこうに、すごく小さな、人間のようなものがいた。どれくらい小さいかというと、それは、ミツバチくらいの大きさだった。その人間のようなものは、ガラスざいくみたいにすきとおった体をしていて、こっちがトンネルをのぞいたら、びっくりした顔をして、にげて行ってしまった。ピンセットとかがそばにあったら、つかまえられたかもしれないのに、ざんねんだ。今度から、ピンセットをよういしておかなければ。

 今日は、お供えにするわっかも筒も、ちょうどいいものが見つからなかったので、家にあった色画用紙を丸めて、テープでとめて、手作りの紙の筒をトンネルにあげた。

 明日は、いっしょにさいばいキットを買った友だちと、おたがいのトンネルを見せあいっこしようと約束している。ほかのみんなのトンネルは、今、どれくらいの大きさに育っているのだろうか。


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 8月4日(火) くもり、ときどき雨


 トンネルの直径が、十円玉より少し大きいくらいになって、ついに種のはばよりも大きくなったので、種の部分はぜんぶトンネルの穴にけずられて、完全になくなってしまった。だから今、トンネルは、まわりに何もなくて、ただ穴だけしかのこっていない。穴だけになったので、トンネルに指をかけて持ち上げてみても、もうぜんぜん重さをかんじない。穴だけになったトンネルは、横から見ても上から見ても、そこにはまったく何もないように見えて、前から見たときだけ、トンネルの穴があることがわかる。

 今日、トンネルのむこうには、らくがきがある。えんぴつや、色えんぴつで書いたみたいな、ぐちゃぐちゃの線が、いっぱい空中にういているのだ。そのらくがきの線は、えんぴつも色えんぴつもどこにもないのに、線だけで、勝手にどんどんのびていた。でも、と中で、小さな犬みたいなのがやってきて、空中にういているらくがきの線を、ゴシゴシと食べはじめた。ゴシゴシ食べる、というのは、その小さな犬が、消しゴムにそっくりの見ためで、らくがきの線に口をおしつけて、ゴシゴシと、こするようにして線を消していたのが、まるで、線を食べているように見えたからだ。

 昨日よういしておいたピンセットを使って、その消しゴムの犬を、つかまえてやろうとしたけど、うまくいかなくて、にげられてしまった。そのかわり、ピンセットの先に、消しかすがくっついてきた。それで、よく考えたら、これって、消しゴム犬のウンチなんじゃじゃないかと思って、くさくはないけど、ちょっといやだったので、その消しかすはトンネルの中にほうりこんで、もどしておいた。


 午後から、たけしの家にあつまって、みんなでトンネルを見せあいっこした。

 たけしのトンネルだけ、ほかのにくらべてすごく大きく育っていて、おどろいた。たけしのトンネルは、もう、にぎりこぶし二つくらいなら、らくらく入る大きさの穴になっているのだ。

 たけし以外のやつのトンネルは、だいたいどれも、おんなじくらいの大きさに育っていた。でも、おんなじ大きさのトンネルでも、トンネルの先にある世界は、それぞれちがっているようだった。トンネルがつながる世界は、トンネルの大きさだけじゃなく、さいしょの種によっても、いろいろちがってくるものなんだろうか。みんなのいろんなトンネルがのぞけて、今日は、とてもたのしかった。

 でも、たけしのトンネルだけあんなに大きく育っていて、正直くやしい。どうしたら、そんなにトンネルがよく育つのかと、たけしに聞いてみたけど、「これは、きょうそうだからな。ライバルに、トンネルがよく育つひけつなんて、教えられるわけないだろ」と言って、教えてくれなかった。ちくしょう、友だちがいのないやつめ。

 たぶん、たけしは、トンネルに、よっぽどいいお供えをあげているんだと思う。そのお供えがなんなのか、知りたいものだ。


 今日のお供えは、また、手作りの筒にした。あと、夕食につかったちくわが冷ぞう庫にのこっていたので、それもこっそりもらって、トンネルにあげた。


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 8月5日(水) くもり


 朝、トンネルのむこうから聞こえる声で、目をさました。

 何人もの人の声が、休みなくずっと、トンネルのおくからひびいてくる。その声は、なんとなく、言葉を話しているようにも聞こえるけど、ちゃんとよく聞いてみると、どうも、やっぱり言葉ではないみたいで、でも、やっぱりときどき、言葉をしゃべっているようなかんじがして、なんだか、おちつかなくて、むずむずする。

 トンネルをのぞいてみたけど、トンネルのむこうは、今日はまっくらで、なんにも見えない。ただ、何人もの声だけがかさなって、トンネルの中に反きょうしている。

 まっくらなトンネルのおくに、指をつっこんで、何かないかさぐってみた。でも、指にさわる物は、何もなかった。ただ、トンネルのおくは、空気がふるえていて、じっと指をつっこんでいると、指の先が、ちょっとだけ、じんじんとしびれたようになった。

 トンネルは、昨日とくらべると、ちゃんと成長している。成長しているんだけど、それでもやっと、トイレットペーパーのしんくらいの直径になっただけだ。昨日見た、たけしのトンネルの大きさには、ほど遠い。


 昼から、けんじのうちにあそびに行った。けんじも、初もうでの日に、いっしょにトンネルを買った、トンネル仲間だ。けんじの育てているトンネルは、今、ぼくのやつとおなじくらいの大きさだ。

 そのけんじが、耳よりな情報をおしえてくれた。けんじは、たけしのトンネルが、どうしてあんなによく育っているのか、知っているという。どうやら、トンネルを大きく育てるひけつは、思っていたとおり、お供えにあるらしい。「昨日、たけしの家に行ったあと、こっそりたけしのあとをつけて、調べたんだ。そうしたら、たけしのやつ、近所のはい材おき場から、パイプ管だのタイヤだのをひろって、家に持ち帰っていったんだ。きっと、あれをトンネルのお供えにしてるにちがいない。」と、けんじは言った。それで、ぼくたちも、はい材おき場に行って、お供えにする大きな筒やわっかをとってこよう、ということになった。

 行ってみると、はい材おき場は、まさに、お宝の山だった! ぼくたちは、せっせとパイプ管やタイヤをひろいまくった。あんまり大きい物や、重い物は、さすがに持って帰れないけど、持てそうなものは、どんどんひろった。一回では、少ししか家に持って帰れないので、ぼくもけんじも、何度もはい材おき場と家とを往復した。そうやって、パイプ管やタイヤを、どっさり家に持ち帰った。

 たけしのやつも、一日で、こんなにたくさんのお供えを、トンネルにあげてはいないはずだ。一日にあげるお供えの量を、たけしのやつよりもうんと多くすれば、たけしのトンネルとぼくたちのトンネルとの差を、ちぢめることができるだろう。

 一日で、これだけたくさん、大きなお供えをあげれば、トンネルは、きっと一気に成長するはずだ。明日、トンネルがどれだけ大きくなっているか、とても楽しみだ。


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