冬期限定、特別製法のアイスクリームです。

冬しか買えないアイスクリーム屋さんの秘密 <前編>

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 いちど食べたら忘れられない

 このアイスクリームの

 ふしぎなくちどけのヒミツって・・・?


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商品名:「ふゆたけアイスクリーム店」の冬期限定オリジナルアイスクリーム各種

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 雪子の家の近所には、冬の間しかお店を開けない、ちょっと不思議なアイスクリーム屋さんがある。

 そのお店の名前は〈ふゆたけアイスクリーム店〉。

 店の入口の横の立看板に、かわいい雪だるまの絵が描かれたお店。

 フユタケさんという人がやっているお店なのか。それとも、冬だけしかアイスを売らないから、そういうお店の名前にしたのか。それはわからないけれど、そんなことはともかく、〈ふゆたけアイスクリーム店〉のアイスクリームは、ほかのアイス屋さんでは絶対に食べられない、とびきりおいしいアイスクリームだった。

 ミルク、バニラ、チョコレート。ミント、キャラメル、コーヒー、抹茶。ストロベリィ、ラズベリィ。レモン、バナナ、パイナップル……。フレーバーの種類は豊富で、店頭の冷凍ショーケースの中には、いつも色とりどりのアイスクリームが並んでいる。そのどれもが、口に入れたとたんにびっくりするほど、とびきりおいしいアイスクリームばかりなのだ。

 だけど、春になったらお店を閉めて、そのあと秋が終わるまでお店を開けない〈ふゆたけアイスクリーム店〉のアイスクリームは、よりにもよって、寒い冬にしか買うことができない。あんなにおいしいアイスクリームを、冬なんかではなく、ただでさえアイスのおいしい夏の季節に食べることができたなら、どんなにすてきなことだろうと、雪子は思うのだけれども。〈ふゆたけアイスクリーム店〉の店長さんは、お客にどれだけ頼まれても、けっして冬の季節以外にアイスを売ろうとはしないのだった。




 雪子は、今日も木枯らしの吹く中、〈ふゆたけアイスクリーム店〉にアイスを買いにやってきた。

「いらっしゃい、雪子ちゃん。今日は、なんのアイスにする?」

「んとね。えっとね。……ストロベリィにしよっかな。でも、チョコレートもたべたいし。……んーと、んーと。うー、まよっちゃう。どっちにしよう」

「ふふふ。雪子ちゃんはまだ小さいから、二段重ねのアイスクリームは、ちょっと食べきれないものねえ」

 ショーケースに貼り付いて、一生懸命アイスクリームを選ぶ雪子と、その姿を眺めて、カウンターの向こうでニコニコ笑う店長さん。

〈ふゆたけアイスクリーム店〉の店長さんは、ふくふくとよく太った、色の白いおばさんだ。そんな店長さんの顔を見ると、雪子はいつも、店の入口の看板に描かれた雪だるまを思い出す。

「……よし、きめた! チョコレートにする!」

 やっとのことで選んだアイスクリームを、雪子は意気勇んで注文した。

 注文を受けた店長さんが、目の前で、ショーケースの中のチョコレートアイスをくりん、とすくい、そうして丸い形にすくったアイスを、コーンの上にぽん、とのせる。


「はい、どうぞ」

「わあい。いただきまあす!」

 店長さんからアイスクリームを受け取って、雪子はすぐさま、ぱくりとそのチョコレートアイスにかぶりついた。

 しゃぐっ。とろり。

 甘さと冷たさが口の中に広がる。

 やわかくて、なめらかで、それでいてどこか氷っぽい。この〈ふゆたけアイスクリーム店〉のアイスクリームは、なんともふしぎな口どけだ。もしも、アイスクリームが果物の一種だったなら、その果肉をかじった歯ざわりと、口の中いっぱいにあふれ出る果汁は、きっとこんな感じに違いない。

 両手でしっかりとコーンを持って、雪子は、夢中でチョコレートアイスをほおばった。

 しゃぐ。しゃぐっ。とろり。

 ぺろ。とろり。ごくん。

 そうして、雪子は、あっというまにアイスクリームをたいらげた。


 その一種類、一段だけのアイスクリームで、店長さんの言ったとおり、雪子のおなかはもういっぱいになってしまった。

 目の前にあるケースの中の、色とりどりのアイスクリームを見て、雪子はくやしい気持ちになる。ああ、わたしがもっと大きくなったら、二段のアイスクリームが食べられるのに。チョコレートとストロベリーを、一回で両方食べることができるのに、と。

 口の周りについたチョコレートアイスを、あまさずぺろりとなめ取って、それから、雪子は小さなため息をついた。


 そのとき、店長さんが、店の外を指さした。

「あら、雪子ちゃん。お外、見てごらん。雪が降ってきたよ」

 その言葉に、雪子は店の入口を振り返った。

 本当だ。ガラス戸の向こうに、ちらちらと雪が舞っている。その景色を見て、今さっきアイスを食べたばかりの雪子は、思わずぷるっと体を震わせた。

 店内はあたたかいし、アイスはとってもおいしかったけど、アイスの冷たさをまだおなかに抱えたまま、これから雪の降る中を、家まで歩いて帰らなければならないと思うと、ちょっとだけ嫌になってしまう。

 でも、このお店のアイスクリームは、冬にしか食べられないのだ。この、寒い季節にしか。


「雪子ちゃん。雪がひどくなるといけないから、傘を持っておいき。今度お店に来たとき、返してくればいいから」

 そう言って、店長さんは、黄色い傘を雪子に渡した。

「ありがとう、おばさん」

「マフラー巻いて、手袋して、ちゃんとあったかくして帰りなね。風邪なんか、引かないようにね」

「うん、大丈夫。……でも」

 雪子は、マフラーをしっかり巻きなおしながら、店長さんの顔を見上げた。


「ねえ、おばさん。どうして、このお店は、冬しかアイスを売らないの? ここのアイスクリームは、とってもとってもおいしいけど、やっぱりアイスクリームだから、冬に食べるとさむいんだもん。冬がおわっても、夏になっても、ずっとお店があいてるといいのにな」

 雪子が言うと、店長さんは、ふふふ、と目を細めて優しく笑った。

「冬しかお店を開けないのはね、うちのお店のこだわりなの。だって、お客さんには、最高においしいアイスクリームを食べてほしいから。最高においしいアイスクリームは、寒い冬の間だけしか、作ることができないの」

「そうなの? どうして?」

 雪子がさらに尋ねても、店長さんは、それ以上は何も答えず、ふふふ、と笑うだけだった。




 お店の外に出た雪子は、軒先で黄色い傘を広げて、雪の中へと歩き出す。

 と、そのとき。

〈ふゆたけアイスクリーム店〉のお店の、その建物の陰から、白い小さなものが、ひょっこりと顔をのぞかせた。

 雪子は、思わず足を止めた。

 そして、その白い小さなものを、じっと見つめた。

 それは、雪だるまだった。

 手の平にのるくらいの雪だるまが、物陰から顔だけ出して、こっちを向いている。

「だあれ? そこにいるの」

 そう呼びかけて、雪子は雪だるまに近づき、建物の陰をのぞき込んだ。そこにいる誰かが、小さな雪だるまを手に持って、それを動かしたのだと思ったのだ。


 ところが。

 そこに、人の姿はなかった。

 あったのは、一つの小さな雪だるま、だけだった。

 大きさの違う雪玉を、二つ重ねてくっ付けた、真っ白で真ん丸な頭と胴体。その頭が、胴体の上で滑るようにくるりん、と回転して、二つの黒い目が雪子を見上げた。

 雪子は、声も出ないくらいにびっくりした。

 雪だるまが、動いた。雪子の見ている目の前で、生き物のように、自分で動いたのだ。

 生きている雪だるま。そんなもの、絵本の中にしかいないと思っていたのに。どうしよう。すごいものを見つけてしまった!


 どきどきしながら、雪子は、そうっと雪だるまに手を伸ばした。

 すると、雪だるまはぴょいん、と小さく後ろに跳ねて、雪子の手から飛びのいた。

 雪だるまは雪子に背を向け、足のない体をぴょいん、ぴょいんと跳ねさせ、逃げていく。

 お店の建物の陰は、隣の建物との間に空いた細長い隙間で、奥へ行けばすぐに行き止まりになっている。それだから、雪子は、雪だるま追いかけて捕まえようか、とも考えた。けれど、雪だるまの逃げた先には、〈ふゆたけアイスクリーム店〉のお店の裏口があった。裏口のその扉は、少しだけ開いていた。雪だるまはそこから、ぴょいん、と建物の中に入ってしまった。


 そうして、雪だるまの姿が見えなくなったあと。

 雪子は、しばらくの間ぼんやりと、雪の中で黄色い傘を差して、立ち尽くしていた。

 生きている雪だるま。

 そんなものがいたなんて。

 でも、見間違いじゃない。近くで見ても、おもちゃやなんかの作り物には、見えなかった。あれはどう見ても、雪でできた、本物の雪だるまだった。

 あの雪だるまは、誰かに作られて、魔法で命を吹き込まれたのだろうか。そうでなければ、雪の妖精? それとも、お化け?


 なんにせよ、あの雪だるまは、どうしてこんなところにいたのだろう。

 首をかしげて、それから雪子は、ふと〈ふゆたけアイスクリーム店〉の店先にある看板を振り向いた。

 かわいい雪だるまの絵が描かれた、立看板。

 雪子は、「あ」と声を上げた。

 もしかすると。

 あの雪だるまは、この看板の絵を見て、ここにやってきたのかもしれない。自分と同じ雪だるまの仲間が、このお店で働いているのだと思って、それならばと、アイスを買いに来たのかもしれない。

 雪でできた雪だるまは、冷たいアイスクリームが、きっと好物なんだろう。でも、雪だるまが人間のお店へ買い物に行くわけには、いかないから。それで、アイスを食べたい雪だるまは、自分と同じ雪だるまがアイス作ってを売っている、そんなお店はないかと、探していたのだ。


 いや、いや。はたしてそうだろうか?

 お店の裏口から、建物の中に入っていった雪だるまは、それきりいっこうに出てくる様子がない。逃げ道がなくて、たまたまそこに開いていた扉の中に、仕方なく入ってしまっただけならば、あの雪だるまは、少ししたらそっと扉の外をのぞき見て、逃げ道をふさぐ人間がいなくなったかどうか、確かめるんじゃないだろうか。

 雪子がそう思ったときである。

 雪だるまの入っていった裏口の扉が、中からパタン、と閉められた。

 扉を閉めたのは、雪だるまか。それとも、店長さんなのか。どちらなのか、雪子にはわからなかった。けれど、何事もなかったかのように閉められたその扉を見て、雪子の頭の中に、また一つの空想が浮かんだ。


 ひょっとすると。

〈ふゆたけアイスクリーム店〉は、本当に「雪だるまのアイス屋さん」なのかもしれない。

 そう。それは、つまり。さっきの雪だるまは、看板を見てやってきた通りすがりの雪だるまではなく、〈ふゆたけアイスクリーム店〉のお店で働く雪だるまなのだ。〈ふゆたけアイスクリーム店〉の裏口から、ちょっと外に出てきたところを、たまたま雪子に見つかって、あわててまたお店の中へと戻っていった、あのお店の雪だるまだったのだ。

 いつか読んだ『小人のくつや』の絵本を、雪子は思い出す。小人たちが、靴屋さんをお手伝いして、すてきな靴を作ってくれる物語。絵本の中には、針やトンカチを使って、チクチク、トントン、カンカンと、いっしょうけんめい靴を作る小人たちが描かれていた。

〈ふゆたけアイスクリーム店〉の厨房でも、小さな雪だるまたちが、みんなでいっしょうけんめいに、アイスクリームを作っているとしたら。


 牛乳や生クリーム、はちみつ、お砂糖をボールに入れて、泡立て器でカシャカシャとかきまぜる雪だるま。まぜあわせている材料がこぼれないように、しっかりとボールを押さえている雪だるま。材料がまざったら、つぶした果物や、キャラメルソースやチョコチップをそこに加えて、それから、雪だるまたちはみんなでいっせいに、ひゅうっと冷たい息を吹きかけて、アイスクリームを凍らせるのだ。そうすると、ほかの店ではぜったいに味わえない、すばらしくおいしいアイスクリームができあがる。

 そうだ。それこそが、店長さんが言っていた「最高においしいアイスクリーム」の作り方なのだ。

 ふくふくと太った色白の店長さん。雪だるまによく似たあの人は、小さな雪だるまたちを従える、雪だるまの女王さまなのかもしれない。女王さまである店長さんは、厨房で働く雪だるまたちをてきぱき指示して、おいしいアイスクリームを作らせるのだ。


〈ふゆたけアイスクリーム店〉は、雪だるまのアイス屋さん。

 だから、このお店は、冬の間しかアイスを売らない。


 あたたかくなったらとけてしまう雪だるまたちは、春が来る前に、お店の冷凍庫に入らなければならないから。そうして、また冬が来るまで、雪だるまたちは冷凍庫の中で眠りにつく。雪だるまたちが眠っていては、「最高においしいアイスクリーム」を作ることはできない。だから店長さんは、寒い冬の季節以外には、けっしてお店を開けようとしないのだ。そう考えれば、ぜんぶ辻褄が合うではないか!


 雪子はもう一度、お店の前の立看板を振り向いた。

 看板の中に描かれた、かわいい雪だるまの絵。その絵に隠された意味を、このお店に来るほかのお客は、知っているだろうか?

 雪子は、周りに聞こえないように、こっそりと小声で呟く。

「雪だるまのアイス屋さん、だもんね」

 それに気がついたのは、もしかしたら、自分一人だけかもしれない。きっとそうだ。だって、ほかの誰かがそんなことを言っているのは、一度だって聞いたことがない。

 看板の中の雪だるまは、雪子のほうを向いて、笑顔でウインクしている。まるで、「このことは、誰にも内緒だよ」と、雪子に目配せしているかのように。

 このお店のすてきな秘密を、自分だけが知っている。

 それがたまらなくうれしくて、雪子は、看板の中の雪だるまに、思わずにっこりと笑い返した。

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