Noir Et Blanc~ノワール エ ブラン~

珈琲

序章

第1話 序

 ここは深い深い森の中。

 大木に腰を掛けるようにして、ひとりの青年がそこに佇んでいた。


 地元の薬剤師ですらめったに訪れないようなその場所で、青年は静かに息を引き取ろうとしている。


 体のいたる所から血を流し、傍から見ても助からないとわかるほどの重傷を負いながらも、青年にはまだ意識が残されていた。


 ――けど、それももう終わりだ。


 青年はひどく疲れた様子で、諦観の念を抱く。

 このままここでこうしていれば、遠からず末路は訪れるだろう。


 ――まぶたが重い。


 もう限界だと。青年は瞳を閉じる。

 まるでそれは、この世界から隔離されたかのように孤独な姿だった。


 どれくらいの時間が過ぎただろうか。

 気づけば、青年は誰かに背負われていた。


「こんなところで死なせたりしない。絶対に私が助けてみせる」


 ――誰だろう? 意識が朦朧として、視界がぼやける。


「あなたはこの世界の救世主なんでしょ。こんな結末、絶対に認めたりしないんだから!」


 青年を背負っていたのは、まだ年端もいかない少女だった。

 額からは大粒の汗を流し、自分よりも二周りは大きい青年を、懸命に森の奥から運び出そうとしている。


「どうして。どうして、ここまでしなくちゃいけなかったかな」


 少女は泣いている。泣きながらも、懸命に足を前に運ぶ。


 鬱蒼とした森の中は、容易に人が歩けるような場所じゃない。

 生い茂る木々は少女の行く手を阻むように枝を水平に伸ばし、足を踏み出すたびに、少女の体には無数の切り傷が刻まれる。


 それでも、少女の歩みは止まらない。


「許さない。絶対に許さない」


 噛み締めた唇から、赤い雫が流れ落ちる。


「もう誰にも渡さない。私だけが、あなたの傍にいてあげるから」


 ――どうして、この子はここまで。


 青年には、とても理解できる行動ではなかった。


 でも、その小さな体に傷をつけてまでも他人を助けようとするその姿に、ひどいほどの憧憬と焦燥を抱いていた。

 薄れゆく意識の中で、かつての誰かの面影が重なる。


 ――駄目だよ。その先に未来なんてありはしない。


 だが青年はその言葉を口に出す事も出来ず、まぶたをそっと閉じてしまう。

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