第4話 訪れる魔の手
この世界は三年ほど前まで窮地に立たされていた。
草木は枯れ、水は濁り、そして人々を襲う魔物と呼ばれる生物が跋扈していた。
それこもこれも、全ての元凶は魔王と呼ばれた根源の仕業だったらしい。
それが何処からやってきて、何を目的としていたのかは未だに誰も知る由もない。
だが、そうした存在をみすみすと野放しにする訳もなく、王国は大規模な討伐隊を編成した。
そうして、魔王は勇者の手によって完膚無きまでに滅ぼされた。
いまだ残党と呼ばれる魔物は相次いで各地に被害をもたらしているらしいが、それも時間の問題だということ。
頭を切り離された生物はそう長くは延命できない。
「っと、ここまでは理解できた?」
鈴は教師よろしく真っ直ぐと立ち、現在の人々が置かれている状況を緋水に対して親切丁寧に説明をしている真っ最中だ。
「ひとつ質問」
「はいっ、では緋水くん。質問をどうぞ」
緋水がそう言うと、鈴は決まってそう返す。
これはもはや暗黙の了解、二人の間で今まで何度も交わされたきた、お遊びの様な何とも微笑ましいやり取りだ。
そしてそれを幾度も繰り返すことで、緋水は徐々にこの世界を理解していく。だが、……
代償――その言葉の意味だけは、鈴は欠片ほども説明しようとない。
まるでその言葉を避けるかの様に、そして、まるでその言葉を忌避するかの様に、その言葉には触れようともしなかった。
そして、緋水もそれを追求したりはしなかった。なぜなら……頭の奥底ではその言葉が、ここから先では不要なものだと理解していたからだ。
――モノクロの視界に違和感はあっても、別にそれは大した事じゃない。
物事を難しく考えないといえば聞こえはいいが、実際はそれとは大きく異なる。
緋水という名のその人間には、物事への執着心があまりにも薄かったのだ。
――もともと僕はこういう類の人間だったんだろうか。
だがそんな疑問さえも、緋水の中では大した意味をもっていなかった。
そう、それは世間一般の言葉で言い表すと、『壊れている』という事に他ならないのに……
「さて、そろそろこれで全部説明し終えたかな?」
満足げにそう言うと、鈴は胸を張って緋水へと視線を移す。
どうやらこれで講義の時間はおしまいらしい。
他人から見れば、こんな短時間でいったい何が説明できたのかと横槍を入れられそうな雰囲気だが、幸いこの場にいるのは緋水と鈴の二人だけ。
だから後は緋水の判断次第になるのだが……
「最後にひとつ質問があるんだけど……」
「はいっ、では緋水くん。最後の質問をどうぞ」
「ええっと、いまさらと言えばいまさらなんだけど、その、つまり僕と君っていったいどういう関係だったのかな?」
「ああ゛?」
「いや、誤解しないで欲しいんだ。別に邪なことを勘繰ってる訳じゃなくて、ただ興味があったというかその……」
地雷を踏んだと感じた緋水は慌ててそう弁解の言葉を口にするが、語尾は小さくどんどん尻すぼみになっていく。
「いまさら……本当にいまさらだよこの唐変木! それはもっと最初に聞いておくべきところだろ!?」
どうやらこの鈴という少女、感情が高ぶると若干平静さを失ってしまうきらいがあるらしい。
そしてそれをこの短時間の間に何度も見せつけられたにも関わらず、緋水はまたしてもそれを回避出来なかった。
「いや、それは……」
「口答え禁止! 黙って話を聞け! 緋水は記憶を失っても何にも変わってない。その辺は絶対に矯正が必要、うん、その辺は私がこれからじっくり矯正してあげる。矯正してみせる!」
鈴の目に映り込むのは狂気じみた妄執。
ここまで怒り狂うからにはそれなりの原因があったのだろうが、それもまた緋水の頭を悩ませる原因の一つだ。
――記憶を失くす前の僕。それを彼女が知っている以上、僕も無関係だなんて事は口が裂けて言えない。けど、過去の僕はいったい何をしでかしたんだ?
傍から見ても正反対の二人だ。
感情を如実に表現する少女と、記憶とともに感情まで失くしてしまったかの様な虚ろな青年。
だがどうしてだろうか、そんな二人は今、同じ様な感覚を共有している。
――これは、幸せな日常の一コマなんだと――
しかし、運命はそれを良しとはしてくれない。皮肉にもそんな日常を嘲笑うかのように、終わりの合図は告げられる。
『見ツケタ』
突如として不気味な声が響き渡り、それと同時に二人のいる家屋には暴風が吹き荒れ始める。
「ちょっと、何よこれ!?」
「ぐっ……」
目を開けていられないほどの強風の中、しかしそれでも緋水は確かに
――おまえは?
『始マリニシテ終ワリノ伴侶ヨ。イマ再ビ
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