カゼの少女

青石憲

一、出会い

 「よ、よろしくお願いしま――!」

 通勤ラッシュが過ぎ去った、人数まばらな駅前の商店街。

 「っとと……」

 この時間なら大丈夫だろうと、スマートフォンを弄りながら下向き気味に歩いていたのが不味かった。

 思わぬかたちで人にぶつかり、よろけた拍子に軽く膝をついてしまう。

 「すみません……!」

 しまった。歩きスマホは迷惑行為だと話題になっているのは、実際にこういうことがあるからなんだろう。

 ぶつかってしまった相手は大丈夫だろうか。

 「よろしく、お願いします……」

 相手と思しき人の声は、ぶつかったことなんてまるでなかったように、その言葉を繰り返した。

 真っ直ぐで透き通ったその声に、引っ張られるようにして僕は立ち上がる。

 「よろしくお願いします!」

 振り返ると、小さな頭がひとつあって、そこからつややかな黒髪がすっと一筋垂れ下がっていた。

 要するに僕よりも背の低いポニーテールの女の子が、すぐ目の前で顔を伏せていて……。

 その人は、か細い両腕を精一杯、僕にめがけて一直線につきだしていた。

 その手には白くて小さな贈り物が添えられている――

 「え……?」

 例えるなら、そう――

 『ラブレターを受け取ってください!!』

 とでもいったような、ザ・青春の1ページが広がっているのだから、僕は思わず固まってしまった。

 「て、手紙?」

 「はい……?」

 「あ、ああ。ティッシュか……」

 もちろん、その手にはラブレターが握られているわけではなく。

 期待に満ちた淡い幻想は、一瞬で消え去ってしまった。

 「あ、ああ!」

 同時に、勘違いをしていた自分への恥ずかしさがこみ上げてくる。

 「も、貰います! ありがとうございます!」

 僕はおそらく生まれて初めて、ティッシュ配りさんに丁重なお礼を言って――

 「ハックション!! ……寒いな」

 鼻をすすりながら、そそくさとその場を後にした。


 冷たい風が頬を掠めた。 


 それが、始まりだった。

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