キラキラネーム

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第1話


~Untill24~

1月

17

キラキラネーム

2016/01/17 22:49


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 世の中は理不尽に満ちている。朝起きてから眠りに付くまで、月曜日から日曜日まで、生まれ落ちてから死の床に伏すまで、誰もがそれぞれの人生に用意された理不尽と戦い続けている。そしてその理不尽の過多は人によって大きく違う。


 就職活動のために駅の改札を出て、私は小さくため息をついた。男性に人気のあるアイドルグループのメンバーらの瞳が、駅前のビルに掲げられた広告から、私を見下ろしている。彼女らを妬む気持から、思わず漏れてしまった。とは言っても、何も、彼女たちが就職活動と関係のない、浮世離れしたきらめきに満ちた世界にいることを妬んでいるわけではない。彼女たちとて、どんなに華やかに見えても、浮き沈みの激しい芸能界において一線で活躍しているのだ、一流の職業人として決して楽ではない生活を強いられてることだろう。

 私が妬んでいるのは、彼女たちの生活や収入などではなく、「名前」だ。

 彼女たちのいかにもアイドル然としている可愛らしい名前が、羨ましくて仕方がないのだ。


 ここ数年で社会的な話題になっていることの一つに、DQNネームやキラキラネームと呼ばれるものがある。我が子に対してまるでペットのように、外来語に対してとんちをひねった当て字を名前として授けるのだ。当の名付け親達は、これ以上の名前はないと思い込んでいるし、周囲から批判されようが一切受け付けようとしない。

 愛する我が子に対して親ができる最初の社会的行為によって、その我が子が生涯を遂げるまで社会的に苦しむ羽目になるという悲劇を生んでいるのだ。

 たとえば、一時期「光宙」と書いてぴかちゅうと読ませる子どもが実在することが話題になったが、それ以外にも、十兵衛と書いてクリストファーと読ませたり、神子と書いてキリストと読ませたりと、例を挙げれば枚挙に暇がない。本人が満足していれば問題はないのだが、ほとんどの場合において、本人にとって常に隠すことができない恥部を常人より一つ多く与えられたような思いをさせているのが現実だ。

 現代の日本社会にそぐわない名前を付けたがる親も親であるが、その出生届を受理する役所も役所である。法務局の戸籍課職員には、生命の神秘的場面に立ち会ったばかりで興奮冷めやらない親の暴挙を、冷静な判断で止められる能力を持った人材が配置されるべきなのだ。


 かく言う私の名前は、うんこ。本名ばば うんこ。馬場運子である。花も煌めく女子大生であるが、馬場運子である。キラキラネームどころの騒ぎではない。それも名字さえ関西弁でいうところのうんこなのである。マイネームイズウンコ・ババ。

 想像に難くないと思われるが、小学生の頃は心ない男子から「ウンコババア」等と呼ばれていた。ネコババアリババウンコババア、と謎の韻を踏まれからかわれることもあれば、遊びの罰ゲームで私の体に触った少年が仲間内で

「きったねー、うんこに触ったー。」

とまるで排泄物を触った者の扱いを受けている様を見せつけられることもあった。

 児童にとって私の名前は、きっと猫にとってのネズミのような、心をときめかせてしまう格好の標的であり、本能的に無視することができない存在であったのだろう。ありとあらゆる方法で私は名前をからかわれ続け、私はそれらの一切をある意味で受け入れ、その上で無視し続けた。純粋に対応する術をそれしか知らなかったからだ。

 一度、私を助けようと心ある少年が仲裁に入ってくれたことがあったが、返す刀で

「お前うんこをかばうとかベンジョバエかよ。」

と害虫の称号を与えられ、私自身も「コバエホイホイ」という新たなあだ名を付けられてしまい、私さえいたたまれなくなりその正義のベンジョバエの救いを拒んでしまうことがあった。

 私は生まれも育ちも関東であったため、もし関西圏で育っていれば「うんこうんこ」か、もしくは苗字に寄せて、「ババババ」と勢いの良い脱糞を彷彿とさせる擬態音を愛称として頂戴していたかもしれない。

 小学生時分の私は、そう考えることで、今辛いと思っていることだって、きっとましな方だ、もっとひどい現実だって存在するのだと自己暗示をかけ続けた。我が名で日本で生きることは確かに辛いが、我が姓で関西で生きることはそれ以上の地獄なのだと思えば、何とかやり過ごすことができた。

 大学に入学して数人ではあるが関西圏の方と初めて出会い会話をする機会があった。

 私は「馬場さん」とだけ呼ばれた時、かつて関西圏の方々のネーミングセンスを小学生男子よりも下品なものだと決めつけていたことを、ひどく恥じた。


 そんな私の今の悩みは、就活生の身でありながら、第一関門の

「それではお名前を教えて下さい。」

に答えることが出来ず、面接時間を瞑想時間へと昇華させてしまうことである。

 世の全ての人にとっては何てことなく答えられるかもしれないが、私にとっては実に大きな問題なのだ。冬季に国内最難度と呼ばれる剱岳に単独登攀を達成したエピソードを披露し面接官の心を掴みたいのだが、名前が言えない。私にとって自分の名前を口にすることは、カニのタテバイより遥かに難易度の高い、越えられない壁に感じられる。

 ある出来事をきっかけに、私はもう8年間も自分の名前を言えていない。

 名前さえ言えれば、私は何だって答えられる自信があるし、内定さえも勝ち取れる自信がある。しかしどの会社も何故か名前を言わせようとするのだ。

 本人確認のため、という最もらしい理由付けがされているのだが、それで本人確認とされるのであれば、面接官は純粋過ぎる心の持ち主になってしまわないだろうか。あなたがそう言ったのであれば、それが証明ですね、と見なしていることになってしまう。

 なぜこの世界有数の経済大国で、人を見極める才を最も求められる人事部に配置された人間が、どの会社でもそうしているのが不思議なまでの純粋さである。

 ともかく、そういった観点から、エントリーシートの時点で得られている情報を、開口一番に言わせることは何の意味がない。むしろ面接官にとっては会社にとって有用な人間か見極める時間、面接者にとっては有用であることを売り込む時間を削り、双方にとってデメリットしかないのだ。

 しかし私がいくら名前を言わせることの不要性を心の中で唱えたところで、黙り込む私に面接官達は

「ふざけないで下さい。」

と怒り出すことに変わりはない。開き直って

「馬場運子です。ジャイアント馬場の馬場に、子どもが運んでくると書いて運子です。関西弁にすると、うんこうんこと申します。先ほどの説明からしますと、関西人の方にお会いするときは、でっかいババを子どもが運んできたで、どうも、馬場運子や、という具合に紹介させていただくことになるかと思います。」

と正直に申告しても、どう考えてもやはり

「ふざけないで下さい。」

と返されてしまうだけだ。それ以前にそもそもできないのだ。

 大体面接官は、若い女子大生を掴まえてなんて単語を言わせようとしているのだ。私の場合に限っては名前を言わせないぐらいの良識や機微を持ち合わせているべきではないか。何ならそのままこのネタをマスメディアに流すぞ、セクハラ裁判を開廷するぞと悪事の暴露をちらつかせ、示談で裏口入社しても構わないのだぞ。

 けれども、私にだってプライドがある。そんなことをして内定を勝ち取ったとしても、入社後裏口野郎と汚名を着せられるだけだ。いや、汚名なら文字通り生まれた頃から私を冠しているわけだから、裏口野郎ぐらいどうでもいいじゃないか、なんて悪魔が耳元で囁くが、汚名の意味が違う。違う、そうじゃない。女性の私が裏口野郎はないだろう、裏口なでしこでしょう、と天使が反論するが、それも違う。そもそもこの汚名のせいで正しい入り口から入社できないんじゃないか。


 なぜ私の両親は、お腹を痛めてまで産んだ我が子をうんこと名付けたのか。「産んだ我が子」、略してうんこだろうか。なるほど、それであれば地球上の誰もがうんこのはずであるが、名前にされているのは世界でただ一人私だけであろう。

 幼い頃に一度私が名前の由来を訊くと、父は

「糞みたいな名前にもめげず、強く生きて欲しかったから。」

という願いを込めたのだとそれこそ糞みたいな説明をしたのだが、糞みたいな名前ではなく糞そのものを名前として授けたことに気付いているのであろうか。そしてその説明であれば、私を呼ぶ度にあなたは私のことを糞みたいな名前だと思って呼んでいたのだろうか。

 両親は私が幼い頃から私のことを「うーん」というあだ名で呼んでいた。私が名前で呼ばれると不機嫌な顔をして愛想が悪かったから、せめてあだ名で呼ぶことにしたらしい。

 私は、両親がうーんという言葉を発するたびに、考え事をして唸っているのか、私を呼んでいるのか、それとも催した便意と戦っているのか、あるいは考え事をしていて私を呼ぶ用事を思いついた瞬間に便意を催したのか、その微妙なニュアンスの見分けをいつも迫られていた。

 かしこまった話をするときに限って、うーんではどこか場の空気が締まらないと思ったのだろう、決まって両親は私を「運子」と呼んだ。両親は両親なりに最大限の配慮を払い、排泄物のそれと同じイントネーションとならぬよう言い方を変えてくれていたが、少しでも気を抜くと私はその瞬間に排泄物にされてしまうことが多々あった。

 お父さん、あなたはかしこまって娘を糞みたいな名前と思って呼んでいたのでしょうか。糞みたいな名前と思いながら、大学受験についての助言をしてくれていたのでしょうか。あなたこそ、私にとっては糞みたいな人です、お糞さん。


 中学生のある日、私は耐え切れず父に

「強い子になって欲しいんだったら何で強子って名付けてくれなかったの。強子もいやだけど、運子より大分ましよ。そんな意味不明な思いを前提として強い子になれなんて馬鹿じゃないの。」

と当たったことがあった。その時父は

「運子、何てこと言うんだ。おれがどんな思いでお前の名前を付けたと思っているんだ。」

と、真剣に向かい合って話してくれた。私が抱えていた名前に対するコンプレックスとは別に、父なりの優しさでこの名前を付けてくれたことが父の真剣さからわかったのだが、父が真剣だったということは、

「糞みたいな名前だな、こいつ。」

と思われていたことの証明になってしまう事実に気付いて以来、糞みたいな気持ちにさせられてしまう。名前の由来が、「糞みたいな名前にもめげず、強く生きて欲しかったから。」と説明しておきながら、真剣な表情で力強く「運子」となぜあなたは言えてしまうのだ。あなたは負けるなと思っているのかもしれないが、言われる当人からすれば糞みたいな名前と実の父に罵倒されているようにしか感じないということを、察して欲しかった。

 人の口に戸は立てられない、そう何度も自分に言い聞かせ、私は呼ばれることに対する耐性をその日から意識して身に付けてきた。しかしこのやり取り以来、私は自分の名前を自分で言えなくなってしまったのだ。名前を言おうとすると、強い不快感とともに胸を締め付けられるような感覚に襲われ、呼吸することさえ思うようにできなくなる。

 こうして私は、中学生以来もう8年間も、自分の名前を言えずに生きてきた。その付けが今就職活動をすることになって回ってきたのだ。


 高校生になると私は、病院へ通った。名前が言えるようになりたかったからではない。むしろ死ぬまで言えなくても良い名前だと思っていた。

 質問されると答えようとするのは人として無意識に行われることであって、名前を訊かれるときも同じである。その度に筆舌し難い苦しみに襲われることから逃げたかった。

 心療内科を訪れた私の告白を、当初担当の臨床心理士は冗談と受け止めた。某魔法魔術学校を舞台にしたファンタジー小説に登場する人々のようだね、そんなに自分の名前が怖いかいと笑われた。

「あの、どちらかと言うと名前を言えないだけの人なんですけれど。」

「あぁ、確かに。でもそれだと凄いね、一人二役だ。」

「すみません、こんな会話で診療費が掛かるのですか。」私は相手の軽佻さに苛立ちを隠せない。

「いや、いやごめん。失礼した。それじゃあ名前を言ってもらっていいかい。」

「すみません、私の話聞いていました?」

「うん、いや一回言ってみようとしてみてよ。はい、あなたの名前は?」

「やめてください、本当に苦しんです…。」

「大丈夫、気のせいだよ、はいお名前は?」

「………馬場………う……」

 

 気がつくと私はベッドの上にいた。気を失って倒れこんだらしい。

 担当の心理士は軽率な行動を取ってしまったと、心からの謝罪を申し出、病院側も世界的に見ない症例であるため、医学の発展のため治療は無料で行わせて欲しいと申し出てきた。そして私は認知行動療法ということで、様々な試みに挑戦することになった。

「馬場さん、私の質問に、はい、いいえではなく、きちんと受け答えした上で同意してもらっていいですか。」

「何ですか急に。」

「林檎を食べたいですか、と私が聞けば、林檎を食べたいです、という具合に、無条件で肯定してください。良いですか。」

「えぇ、まあ。」意図がわからず、曖昧な返事をする。

「馬場さん、トイレ、大きい方したくないですか。」

「何ですか急に。」

「うんこをしたくないですか。」

「だからなんですか急に。」

「あなたの名前を言わせようとしているんです。」

「私の名前を動詞として活用しないでください。」

 

 結局私は、現在も名前が言えていないが、病院側が様々な働きかけを私にしてくれたおかげで、名前を言おうとすること自体が馬鹿らしくなり、私は苦しみに悩まされることはなくなった。名前を言おうとするとやはり言葉は詰まって何も言えない。それでも当初の目的は達成されたことで、私は数か月で通院をやめた。

 臨床心理士はじめ精神科医を含むリエゾンチームが私に告げた診断結果は、

「病名は付けられないし、過去に診断例もない。強いて言えば、これ以上自身が傷つくことを恐れて防衛機制が働き、脳がうんこという三文字の音を続けて発声できないように信号を出しているとしか思えない。」

と、誰がどう考えてもそうだろうという説明を最もらしくまとめただけのものであった。


 面接会場に行こうと歩いていると、父から電話が掛かってきた。

「運子、次はきっとうまくいく。頑張れよ。」

 父は、自分の真剣さが娘を苦しませていたことに今も気付いていない。


 先日父は、会社で大荷物を運んでいた若い女性社員に格好のいいところを見せんとし、その荷物を彼女のデスクまで運んでやろうと思い、荷物を横から取り上げたらしいのだが、その際力の入れ具合、入れるべき部位、どちらを間違えてしまったのか、あるいはどちらもか、「ふんっ」という掛け声とともに糞をその場で漏らしてしまい、その場にいた十数名の証人によりうんこというあだ名を欲しいままにした。

 子ども向けの文具メーカーで働く父の会社では、「常に少年の視点とともに」を社訓としてるらしい。購入する対象者の視点を欠けば、それは商業上絶対に成功しないという、創業者の想いらしい。

 「常に運子とともに」生きてきた父は、文字通り自らが生み出した「うんことともに」うんこと呼ばれる存在になった。

 話は戻すが、若い女性社員からすれば、いきなり五十路を過ぎた中年男性に荷物を奪われるやいなや、「糞っ」という謎の宣言とともに目の前で脱糞されたのだ、たまったものではないだろう。事実は小説よりも奇なり。ワッツハップン、イッツ脱糞、これ以上の奇は起こり得ないだろう。


 父はこの出来事が余程ショックであったらしく、ある日の夕食時に告白してきた。

「うーん、最悪だよ。俺会社でうんこって陰口言われているんだよ、ちくしょう。」

「……。」

「一部ではブビビとかさ、バカにされているんだよ。」

「ブビビ?」

「ブビビ。そんな音、出てもないのにさ、人の悪意って怖いよな。」

「本当はもっと汚い音出したでしょうに、せめてもの配慮でしょ、むしろ感謝すべきよ。」

冷たい返しをした私をたしなめようとしたのか、返事に困ったのか、父は一言「うーん。」と眉間にしわを寄せながら唸った後、黙り込んだ。

 自分で同音の名を与えた私に、絶望の表情で告白してきて、一体どういう神経をしているのだろう。糞みたいな名前であるが、ブビビにはまだ可愛気がある。愛嬌がある。しかし、糞そのものを名前とされては、勝てる訳がない。

 情報社会と呼ばれる昨今においても、情報よりも何よりも人として漏らしてはいけないものを漏らして、我が身にその名前の脅威が降り掛かるまでうんこの威力に気付かないとは、最低な奴である。このうんこ野郎。うんこは私じゃなくてお前じゃないか。私は一度も漏らしたことがないのに、死ぬまで、愛する人にまで、そう呼ばれ続ける運命なのだ。ブビビ、あなたは定年までのあと数年じゃないか…。

 そう言ってやろうと思ったが、私はやめた。なぜなら私が本音を話せば話すほど、それは大事な話題として受け取られてしまうわけであって、かしこまった父に、いや、今となっては「うんこ」に、糞みたいな名前と思われながら「運子」と呼ばれると、また過去の症状が再発するかもしれない。父の無神経さが常に発症のリスクを秘めているのだ。

 隣にいた母が「お父さん、食事中にそんな話しないでよ。まったくもう」と呆れた様子で話を中断させた。その日ばかりは、大好きな母のカレーも、職場の父の姿を連想してしまい、食べられなかった。


 いけない、こんなことを思い出している場合ではない。今日もこれから面接が控えているというのに。集中しなければ。今日の面接は、私にとって初めてのチャンスなのだ。

  私にとって就職活動とは、「お名前をお聞かせください。」「ふざけないでください。」「お帰りください。」この三つの定型文を聞くという作業でしかなかった。

 人の世は常に理不尽に満ちている。人の数だけ仕事があるはずなのに、全ての仕事に就くための絶対条件は、名前を答えられる事から始まり、私のようにその一歩が踏み込めない人間もいる。一時期自暴自棄に陥り、就職活動を投げ出し、「名前を言えないあの人」と称し社会に対する不満をテロ行為で解消する妄想を夜な夜なベッドの中で展開していた時期もある。

 しかし私は諦めなかった。

 もしかすると、名前を訊かずにに面接を実施している会社があるかもしれない。そう信じて、情報を集め続けた。呼吸するかのように、来る日も来る日も「名前 訊かれない 会社 面接」という文字列をタイピングし続けた。私の期待とは裏腹に、パソコンのモニターには「キラキラネームは育ちの悪さを知れる指標ですので、親の無教養さがわかります。かつその無教養な親に育てられたわけですから本人もまとも人間だとは思えませんね。ウチでは厳しいです。」といった内容の記事ばかりが、ムンクの叫びを連想させる、外国人が頭を抱え口を大きく開けた画像とともに表示されるのみであった。私の前でもその表情を見せられるということは、あなたがダイアリア・エブリタイムさんね、と画像に向かって悪態を吐きつつも、私は諦めなかった。

 そして先日、初めてある会社がヒットした。その会社が公表している情報ではなく、面接を受けた方のブログ記事が検索に掛かっただけなのだが、それでも私の心は男子小学生と初めての出会いを果たしたスーパーボールよりも、確実に弾んでいた。

 記事の内容は、名前も訊かれず、そのまま帰らされたと書いてあった。通常であればそれは不合格を意味するが、その方は何と採用内定を獲得したと続けて記載していた。きっと、エントリーシートの内容と、初対面の第一印象で採用されたのだろう。

 神様。私は心の中で叫ばずにはいられなかった。これなら私にもチャンスがある。名前さえ訊かれなければ、私は何だって答えられる。


 馬場運子、就活人生これにて終了だ。駅で降り立った時こそ思わず気落ちしてしまったが、今日から名前を言えないことによる二次被害とは別れられるのだ。会場へ着き受付を済ませた私は、名前を呼ばれるのを待つ。私の心の中でスーパーボールは、甲子園のエースバッテリーによって何度も投げられていた。


 思えば、確かに父の言う通り、名前に負けないようにと、あらゆることに人一倍頑張ってきた。チームプレーを求められず一人で戦えるという理由で中学生の頃に始めた陸上競技の1500mでは、高校生の頃になるとインターハイにも出場したし、国立大学にも現役で合格を果たした。容姿にも気を遣い、街中で男性に声を掛けられた回数も一度や二度ではない。

 自分が得意でもなければ興味もない分野でどれだけ努力することができるか試すために、気象学や山岳技術に関する書籍を読み漁り、厳冬期の剱岳の単独登攀にも成功した。

 大学生活では日本名を気にしなくて済む海外ボランティアに情熱を費やした。名前なんて人間社会における言語的記号でしかなく、決し同列で語り得ない事柄であるが、何の罪もない難民の方々が、飢餓で苦しんでいることをただの不運という一言で片付けられる事実に私は十代から強い共感を覚えていたからだ。

 持たざるものが持たざる者に対して、できることはきっとある。私はボランティアを通して実に多くのことを学んだ。今日は、名前が聞かれないので、その私の想いをようやく伝えられるのだ。


「それでは、6番の方、お入り下さい。」


来た。スーパーボールは、遂にメジャーリーガーによって放たれた。壁に衝突し強く跳ね上がり、再びグローブの中へと戻りまた投げられる。

 案内役の女性に声を掛けられ、私は椅子から立ち上がり、面接室の前まで歩く。深呼吸をする。扉をノックする。その寸前で、手を止める。


 中から声が聞こえてきた。

「今年はみんな駄目。名前訊く価値もないね。」

「本当ですね。この中から採用者をあと4人出さなきゃいけないですもんね。」

「全く。」

「そう言えば、社長の息子が面接来たときは驚きましたよね。」

「ああ、あれはね。俺入った瞬間採用ですって言っちゃったからね。」

「あの反射神経にこそ驚きましたよ、私は。」

「ははは。俺ボクシングやってたから。」

「あれで枠ひとつ埋められたから、助かりましたけど。」

 時速160キロのスーパーボールは壁にめり込み、弾むことを諦めた。私は扉の前で、呆然と立ち尽くす。思考は完全に停止した。

「次の子なかなか来ないな。」

「そうですね。受付に内線します?」

「うん、そうしてもらえる?それよりさ、次の子の名前。」

「えぇ。」

「やばいな。」

「やばいですよ。まともな親に育てられてないですよ、絶対。」

「いやそうじゃなくて、さすがに嘘だろ。」

「嘘?」

「もう内定取った学生が悪ふざけでやってんだよ。」

「悪ふざけ?」

「多いんだよ、最近こういうの。エントリーシートもデタラメ。熱血ボランティアくんである一方、名前はうんこで、冬は新田次郎の小説に登場する。」

「ああ、なるほど。確かに、こんな名前付ける親がいるはずありませんものね。」

「そう。ネタとしても0点だ、こいつ。それで面白いと思っているから、質が悪いんだよ。『お名前お聞かせください』って聞いたら、ドヤ顏で『馬場運子です』って返して、ウケると思ってるんだ。」

「ゆとり、と呼ばれる所以ですね。」

 気が付くと私の呼吸は荒くなっていた。壁にめり込んだスーパーボールは、床に落ち、ゆっくりと弾み出す。

「早く内線してもらえる?こいつ腹立つから、馬場運子ですって言った瞬間、説教して回れ右させるから。」

「今怖いですよ、圧迫面接された、とかネットに書かれる時代ですから。」

「糞のつぶやきなんて誰も気に留めない。」

 私は勢い良く扉を開けた。

「誰も気に留めないのなら、この場で言わせていただきます。馬場運子です。ジャイアント馬場の馬場に、子どもが運んでくると書いて運子です。関西弁にすると、うんこうんこと申します。先ほどの説明からしますと、関西人の方にお会いするときは、でっかいババを子どもが運んできたで、どうも、馬場運子や、という具合に紹介させていただくことになるかと思います。」

 私は一息でそこまで言い切った。名前が言えることに内心驚いていたが、何よりも怒りが私を支配していた。

 二人組の面接官の内の一人は、受話器に手を伸ばした状態で口を開けこちらを見つめていた。もう一人は、流暢な日本語を話していたため意外であったが、強面の白人であった。

 一瞬間が開いた後に、面接官は何かを言おうとしていたが、発言を制止する。

「偽名でもなければ悪ふざけでもなく、市役所の職員の怠慢によって正式に窓口で受理されてしまい、戸籍謄本にも明記されている馬場運子です。糞みたいな名前にもめげず強く生きて欲しかったからという父の願いの下、糞そのものを名前として授けられた馬場運子です。」

 私は涙を流していた。勝手に流れ出した涙は止まる気配もなく、私は止めるつもりもなかった。

 若い面接官はパフォーマンスが始まったと捉えたのか、受話器に伸ばした手を離し、笑みを浮かべてこちらを見ている。

「中学生の頃から名前を言えずに、今日まで8年間生きてきました。専門医からは防衛機制が働き名前を口にできない何らかの神経症と診断を受けました。それでも改名せず今日まで生きてきました。仰る通り無教養な父によって授けられた名前ですが、父が私に対してどこまでも真剣な優しさを持って名付けてくれたことを私は知っていますし、その父の優しさも知らず、あなたたちのような会ったこともない人間を平気で貶せてしまう、私の名前よりも汚い心の持主たちに負けたくなかったからです。」

 私は何を言っているのだ。私は、父が好きではないはずなのに。内定を獲りに来た就活生なのに。

 悔しさや惨めさ、様々な感情が堰を切ったように溢れ出し、自分でも意図しない言葉が次々と飛び出す。

 強面の白人は、顔の前で手を組みじっとこちらを睨んでいる。若い面接官は今や舞台演劇を鑑賞しているかのような、形容しがたい複雑な表情をしている。

「名前にめげず強くなれ。父の想いの下私は常に努力し続けてきました。あなた方は生まれてから一度も手を抜かず、努力し続けてきたと胸を張って言い切れますか。人は目標に向けて努力することはできますが、目標を達成したその瞬間にも、即座に次の目標を打ち立て怠ることなく努力を続けてきましたか。常に自分の名前が重荷となり、頑張らなければ、手を抜いてしまえば、名前通りの駄目な人間と思われてしまうというプレッシャーと戦い続けてきた私の気持ちが、あなた方にわかりますか。」いや、わかるわけないでしょう、そう続けようとした矢先に、

「わかるよ。」

強面の白人は、間髪入れずに答えた。

「え?」

私と若い面接官は声を揃えて反応した。

「畑野、この方採用しよう。」

「え?いやちょっとネタですよ、これ。」

「いや、いいから。畑野お前、今日の面接候補者全員予定変更で後日にしてくれって伝えに行って。」

「え、ちょっとえ」

「いいから早く」若干苛立っている様子だ。

私は事態が上手く飲み込めないまま二人のやりとりを見つめている。舞台鑑賞が中断されたことに納得がいかない様子の若い面接官は、首を傾げながら待合室へと移動する。

「馬場運子さん、失礼しました。今の話は本当なのかな。」

 面接官は椅子から立ち上がり、私の方に歩み寄る。

「はい。あ、あの何かすみません。でも全て本当です。」

 私は自分の発言を振り返り、羞恥心に見舞われた。同時に面接官は頭を抱え込み、口を大きく開け叫んだ。

「アンビリーバボー!」

どこかで見た気がする顔だ。はて、どこで、と思い出そうとした瞬間、まさか、と思う。

「マイネームイズ、ダイアリア・エブリタイム!」

「ダイアリア・エブリタイム!」

私は驚愕した。私は一人じゃない。採用と言われたことよりも、同じ苦しみを背負っている人がいたという事実に、喜びを隠せない。

「そうだ、君の気持ちがわかる、ダイアリア・エブリタイムだ。私と彼のやりとりを聞いていたんだね。」

「は、はい」

「私も、自分以外にこういった名前で苦しんでいる人がいるなんて今日まで考えたこともなかった。だから馬場さん、あなたのエントリーシートを見たとき、私の名前を知っている奴の嫌がらせかと思ったほどだよ。先程の発言は、馬鹿にされた気がして、子供染みた言い返しをしてしまっただけなんだ。」

「すみません、私の発言も同じです。本当にすみません。」再び羞恥心に見舞われる。

「いや、いいんだ。私は馬場さんみたいに強い人間でないから、戦うことから逃げてしまった。自国を離れ、ダイアリアの意味が通じない世界で生きていこうと思って、日本に来たんだ。名前を変えることだけは、馬場さんの言う通り負けた気がするからしなかった。」

「わかります、その気持ち。私が海外ボランティアをしていたのも、同じ理由です。」

「それに変えなくても、日本人のほとんどは畑野みたいにダイアリアの意味なんてわからないからね。」

「そうですね。あなたの前で、私の名前をからかうなんて、知っていたらできないことですね。」

「うん。馬場さんが、自国を離れた僕とは違って、国内で戦う道を選んでいる時点で、少なくとも僕よりは優秀な人材であることは明白だよ。これから、一緒に頑張ろう。」

 顔が赤くなることがわかった。そういえば、人から名前を呼ばれて手放しに褒められるなんて、初めてのことであった。

「宜しくお願いします。」

「こちらこそ。」

 差し出された手は、私の心まで掴んで離さなかった。


 私の就職活動は終わった。私の自分との戦いの日々も終わった。私が私を受け入れられたことで、私は父の願い通り、名前にもめげずに強くなれたと思えた。

 面接会場からの帰り道は、全てが輝き素晴らしきものに思えた。私はもう何も恥ずかしくない。初めて世界に自分という存在が受け入れられ、自分にも居場所があることが嬉しくてたまらなかった。自分の名前が誇らしくて仕方がなかった。スーパーボールは狭いコンクリート部屋に、マシンガンによって無数に発射されていた。

 私は自分の名前を連呼しながら駅に向かう。鼻歌を口ずさみながら、力強く、何度も言った。誇らしい我が名を言わずにはいられなかった。

 すれ違う人々や追い抜く人の誰もが歩みを止め私を警戒した様子の眼差しを送ってくるが、周りの目線なんて、最早気にならなかった。それどころか祝福を受けているかのような気持ちで受け入れられた。

 怪訝そうな顔で歩み寄る若い男性に声を掛けられた。見れば制服を着た警察官であった。オフィス街でリクルートスーツに身を包んだ女子大生が排泄物を連呼していれば、見過ごすわけにはいかないと判断されたのだろう。

 以前の私であれば、ベンジョバエと呼ばれる覚悟もないくせに、と内心毒づいていただろうが、今は違う。


 私は満面の笑みで答える。

「名前ですか?馬場運子です。」

















 世の中は理不尽に満ちている。だから、理不尽な思いで苦しんでいる人がいれば、助けなければいけない。そう信じて今まで過ごしてきたし、それまでだって、間違ったことなんて何一つしてきたことなんてなかったのに。


 警察官ゆえの厳格な性格であった父は、悪を許さず誠実な人間になるようにとの願いを込め、僕に正義と書いてまさよしという名前を与えてくれた。白木正義が僕の名前だ。

 僕は自分の名前が好きだ。この名を付けてくれた父も、父の想いも好きだ。怠け心が出た時やずるいことをしたくなる弱い心が顔を覗かせた時は、いつだって名前のおかげで背筋が正される思いで正義を貫くことができた。

 尊敬する親から正義漢たることを名前からして与えられた僕にとって、正義然とすることは当然の振る舞いであった。

 もちろん何度も、純粋な正義は人間関係において支障をもたらし得ることも、身を以て学んできた。それでも正義を貫くことで人のためになることが圧倒的に多いこともわかっていたし、人のために動くことが自分のためになることも学んできた。だから、何も悪くないのにいじめられている女の子がいれば、助けるのは当たり前のことだと思っていた。

 しかし、それは正義の話であって、悪や理不尽に通用する考えではなかった。

「何だよお前うんこをかばうってうんこのことが好きなのかよ。うんこが好きとかベンジョバエかよ。」

 振り返ってみても、自分がなぜベンジョバエと呼ばれたのかわからない。

 目の前に、困っている子がいたから助けようと思った。心ない言葉を投げ掛けている連中に注意した。何も間違ったことはしていないはずだ。それなのに、求めていた結果は得られなかった。

 強いて言えば、僕は滑舌が悪く、よしなよと言うつもりが、ほしなよと良くわからないことを言ってしまったことが挙げられるが、そんな言い間違え程度で害虫扱いされるのはやはり理不尽だ。それが社会通念上通用する意見なのであれば、僕は毎日ハエにされるリスクに晒されながら、この世の悪を世に伝える役目を果たしているニュースキャスターに、神よりも、皇族よりも敬意を表する。どんなに高給であろうと、私生活上どんなにろくでもない人間性を見せようと、敬意を表する。けれども言い間違えをそこまで悪く言う風潮を、僕は知らない。

 僕はうんこが好きなベンジョバエじゃない。理不尽や悪が嫌いな白木正義だ。僕は怯むことなく言い返した。.

 しかし理不尽が嫌いな僕の意見を、その場で好んでくれる者はいなかった。自分はおろか、助けようとした当人にさえ、コバエホイホイという蔑称を与えてしまい、余計苦しめてしまった。挙句、そのコバエホイホイからは、

「ベンジョバエなんて呼ばれて可哀想ね。あなたが近くにいると、ふざけに拍車が掛かりそうだから、どこかへ離れてくれる?」

と、あしらわれてしまった。

 当時の僕はこの理不尽な状況を打開する策を知らなかった。自分は間違ったことはしていないはずなのに。自分が正義のはずなのに。

 今でこそ人並みに処世術を身につけられているつもりであるが、当時小学生であった僕にとってこの体験は余りにも残酷であった。それまでの短かな人生経験で培ってきた哲学はいかに表面的なものであったかを思い知らされた気がした。そしてこの日を境に僕はそれこそハエ並に臆病な男に成り下がった。自分が正しいと思うことは、全て煙たがられて拒否される恐怖に囚われてしまったのだ。

 僕がやっていたことは独り善がりな偽善だったのかもしれない。世の中の理不尽が問題なのではなく、独り善がりな考えか自己点検する習慣も身に付けておらず、一方的に相手に正義を押し付ける僕こそが問題なのかもしれない。

 高校を卒業する頃まで、僕はそんな被害的な考えに囚われ、陰鬱とした思春期を過ごした。

 進路を決める時期になっても僕の臆病さは変わることはなかったが、僕は警察官になることにした。父のことを尊敬していたが、志した理由に父の存在は関係しない。勉強が嫌いで、進学を拒んで安易に就職の道を選んだわけでもない。

 一つの出来事をきっかけに気持ちを切り替えられず引きずり続けてきて自分が、大学へ進学しても同じように陰鬱な想いを抱え4年間を過ごすことになるだろうと分かりきっていたし、とても進学する気持ちになれなかった。

 人として、男として、白木正義として、正義漢を務めるのではなく、たとえ嫌われようとも職務として粛々と正義を執行する司法職員であれば、どうにかこの想いから解放され、自信を取り戻せるかもしれないと、どちらかと言えば消極的な理由で進路を選択したのだ。

 結論から言えば、僕の選択は間違っていなかった。警察官になり4年目を迎えるが、警察官として果たすべき職務に全力で専念することで、僕の正義感は再び火を灯した。

 感情が伴わず「嫌だけれど仕事だから仕方がない」と自分を偽ろうとしても、やはり人間は本能的に自分の行動は間違っていないと思い込みたい欲求が備わっているものであり、4年間も騙すことはできない。むしろ自分の行動から帰納法的に、そのような振る舞いをしているということは自分はやはり正義漢なのだ、と認知が変わり、その認知の下でより正義感に満ちた、警察官に求められる行動をとるようになり、やはりこのようなことをしなくてもいいのにする僕はベンジョバエではなく、父が求めた白木正義なのだと、4年間を掛けて僕はかつての僕を取り戻した。

 現在の僕は、相手に嫌われようとも、求めるような結果を得られないこともあると理解した上で、正しい選択を取れるようになった。自分が正しい行動をとったときに、相手の反応がどう出るかは分からないし、同じ相手でも相手との関係性次第によっては反応が変わることもある。ただ、小学生のときの失敗から、僕は教訓として、相手の反応は相手の問題であって、相手の反応を恐れて正しい行動を選択しないということは、自分の問題であることを学んだのだ。

 相手に嫌われることを恐れて、相手に間違った行動を選択させ続けることの方が、長期的な目で見れば、相手のためにはならない。嫌われ結構、という意味ではなく、結果として嫌われることがあっても、正しい選択を取り続けるべきであるという信念が、警察官としての僕の心には宿った。

 だから、そのときも僕は迷うことはなかった。多くのことに気付くきっかけを与えてくれたその名を連呼している女性を呼び止めることに。

 どう声を掛ければ、この人は自分の行為が周囲にどう影響を与えているかを気付き、その上で不満を持たず理解を示し、自己の行為を止めてくれるようになるか。

 選択肢は幾つもある。警察官という職業であれば、本心からの改心は達成できずとも、黙らせることは簡単にできる。

 その女性に近づきながら様々な考えを頭の中で巡らせていると、正しい選択肢が見えた。

 約10年振りの再会であったが、一目見てわかった。初めて彼女の笑顔を見たことに内心驚きつつも、耳にずっと残っていた声が変わっていないこと、年齢に応じた変化はあるが、整った顔立ちそのものは当時と同じままだったからだ。

 彼女が小学生時分、ああやってからかわれていたのは、名前に反して既に女性として完成された美しい容姿であったから、少年の嗜虐性を刺激していたのかもしれない。

 彼女がなぜ自分の名前を連呼しているのかは首を傾げたくもなるが、とにかくその女性が馬場運子であることはすぐにわかった。

 正しいの定義は極めて精緻にされるべきであり、個人の主観が入り込むことは許されないと思うけれど、この場合の正しいは、白木正義が、馬場運子に対してどう声をかけるべきか、という限定的な条件の下での正しいだ。

「すみません。ちょっといいですか。」`「はい?」早くも名前を連呼する行為を止めることに成功した。

「あの、お名前を、」お聞かせください、と言うが早いか

「名前ですか?馬場運子です。」満面の笑みだ。

「知っています。コバエホイホイでもなく、ベンジョバエに好かれているわけでもない、馬場運子さんですよね。覚えていますか?同じ小学校に通っていた、白木正義です。」

「ああ、え、白木君?」

「うん、覚えてくれているかな、5年生の頃同じクラスだったんだけれど。」

「さっきの説明で思い出したよ。えー、警察官になったんだ。」声を掛けてきた僕が制服を着けている警察官であることに気付き、少し警戒するかのような眼差しを向けられた。

「あの、身構えないで。職務質問とか不審者と思ったからとかじゃなくて、馬場さんだって思ったから声を掛けたんだ。」

 嘘ではない、不審な馬場さんだと思って声を掛けたのだけれど。

「馬場さん、あのときごめんね。俺馬場さんがちょっかい出されているのずっと見てたのに何もできなくて。むしろ変なあだ名まで一個増やしてしまってさ。俺ずっと会ったら謝らなきゃって思ってたんだよ。本当にごめんね。」

「え、いや、むしろ感謝しているんだよ。」

「感謝?なんで、僕に?」

「私、自分の名前嫌いだったから、名前以外で呼ばれることの方が楽だったし、名前と一文字もかすりもしないあだ名だったから助かったよ。と言うか、私も謝りたかったんだよ、白木君に会ったらって。」

「え?」

「あのときいきなりほしなよって言われてさ、何言ってるんだろう、この人って思ったの。」

「あれは滑舌が悪くて言い間違えてしまって。」

「うん、後になってから多分そうだろうなって思ったんだけれどさ、あの日とても晴れてたの覚えている?」

「ううん、言われてみれば、そんな気もするけど。」

「晴れてる日ってさ、ほら、美化委員の人が雑巾干すことになってたじゃない?私名前のせいで美化委員やっててもそれがからかわれる材料の一つになってたんだけれど、雑巾干すのベランダだから、教室から逃げられるから、ずっと美化委員やってたの。」

 彼女が何の話をし出しているのかわからなかった。僕に謝りたい?僕は、彼女を苦しめたことを謝り彼女の心に刺さったままであろう棘を抜こうと思って声を掛けたはずなのに、気が付くと会話は彼女のペースで進んでいた。

「白木君って名前通りザ・正義って感じだったからさ、ほしなよって、きっと、晴れているんだから雑巾を干しなよ、って怒り出したと思ったの。教室の雑巾干さないで椅子に座って、男子と雑談してる美化委員は許さないぞ、って感じなんだろうなと思ってさ。」

「そんなわけないでしょ。いじめを見逃しておいて、雑巾干してないことでいじめられている奴に怒鳴ることのどこがザ・正義なんだよ。」

「本当そうだよね。でも、私はそう捉えちゃったんだよ、あの時。なんで苦しんでいる奴をさらに苦しめてくるんだ、この人って。周りの男子の反応見てもさ、そんな捉え方してる人誰もいないのにね。本当可笑しい。」彼女は笑いながら話している。

「だから私、白木君にあのとき素っ気ない反応取ってしまって、本当に酷いことしてしまったなって思ったの、つい今さっき。」

「さっき?え?」さっきから彼女の発言に僕は驚かされ続けている。

「うん、さっき。うーん、説明が難しいんだけれど、とにかく私さっき生まれて初めて名前が受け入れられたの。この名前でも、何も恥ずかしがることないんだって。そうしたら、今までのこといろいろ思い出してさ。私馬鹿にされ続けてきたと思ってたんだけれど、違ったんだね。白木君みたいに、助けてくれようとしていた人もちゃんといたんだよね。自分でそういう人の優しさを突き放して相手を傷つけて勝手に孤立してさ、私って本当何してんだろう、連絡してでも謝らなきゃって気付いたの。白木君、あのときは本当にごめんね。私、君の優しさは、正義そのものだと思うよ。」

 彼女の心を軽くするつもりが、逆に、僕が許されてしまっている。

「こちらこそ。ついさっきまで、ずっと苦しめていてごめん。」

「いや、白木君のあれは瞬間的に苛ついてしまっただけで、さっきまで忘れていたし、私の勘違いだから。今も警察官やっているくらいだし、白木君はあのときからずっと正しいんだよ。」

 途端に自分のおこがましさが恥ずかしくなり、顔が赤くなっていくことがわかった。同時にそれはきっと、自分のやってきたことが間違っていなかったと、素直に相手から認めてもらえたことも大きい。

「馬場さん、ありがとう。あの、最後に一つだけ聞いていいかな?」

「うん、何?」

「なんで、さっきその、名前っていうか、その、連呼してたの?」

「理由?ないよ。素晴らしい親からの贈り物を、喜んで言わずにいられなかった、って感じだけど、何か容疑者とか犯人の供述みたいだね。」

 小学生時代の彼女しか知らない僕にとって、彼女の回答は全て彼女に対するイメージと異なるものであった。

「馬場さん、何か雰囲気変わったね。」

「そうなの。私、今日から変わるの。白木君は、変わっちゃだめだよ。」

「ありがとう。そうするよう心掛けるよ。ただ馬場さん、君の名前知らない人からするとやっぱり驚くだろうから、名前言うのはよしなよ。」

「今度はちゃんと言えたね、わかった、ありがとう。そうするわ。」


 僕たちは、そこまで話すと別れた。誰かが勝手に付けた、名前や被害妄想に振り回されていた過去とともに。

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