川野流の停波放送

姫川真

第1回



 『川野流の中波放送』第一回放送終了後の収録ブースではパーソナリティーの川野流が一人、イヤホンを付けたまま初回放送の余韻に浸っていた。


「流クン、お疲れ様」


「咲さん、お疲れ様でした」


 収録ブースに足を踏み入れたこの女性の名前は『真矢咲』彼女は川野流の中波放送で構成作家を務めている。


「初ラジオどうだった?」


 ようやく両耳からイヤホンを取った流の向かいの席に座った咲は流の前に廊下に設置してある自動販売機で百十円という近年の自動販売機としては安価で販売されている缶コーヒーを置いてそう聞いた。


「何もかもが初めてで。私、僕にとって何が正解なのかわからないままの収録だったので、この後収録した音源を聞くのが今から恥ずかしいです」


「恥ずかしがることは無いよ。流クンは初回からウチの思い描いていた筋書き通りに進行してくれた。それどころか、合間に自分の個性も目立たせていた。初ラジオでそこまでできる人を少なくともウチは初めて見た」


 喜々として語る咲の言葉に頬を染めながら咲に勧められて缶コーヒーを飲んだ流は喜びつつもお世辞なのだろうと思っていた。


 しかし、流の知らない咲の性格上嘘が言えない為、咲が流に言った事は紛れもない真実だったが、彼がそれを知るのはこれを見たときだろう。


「早速次回のラジオについてだけど、次回の収録はまだラジオの放送開始前の収録だから、今日やった『ゲストを作り出せ!』とは別のコーナー説明の回を予定しているから」


「どんなコーナーですか?」


 食い気味に聞く流に咲は手のひらを見せ『待て』の仕草をした。


「それは次回の収録のお楽しみ」


 咲がそう言ったのは単純に次回の台本を一文字たりとも書いていなかったからなのだが、あえて言わなかった。


「そうですか」


流のその口調から、咲は流の頭部に実際には確認することのできないピンと立っていた犬耳がダランと垂れたように見えた。


「言い忘れていたけど、この会話も『川野流の停波放送』というコーナーとして『川野流の中波放送』終了後に流れるから」


 咲にそう言われ流は『川野流の中波放送』の収録が終わり、消えていたはずの収録を示す赤いランプが点灯していることに気が付いた。そして、ガラスの窓の外にいる我々『川野流の中波放送スタッフ』を凝視した。


「流クン、マイクに向かって一言どうぞ」


 この流れも構成していた咲が面白そうな笑顔で流にそう言った。それに対して流の答えは……。




「ドッキリ仕掛けられたのも初めてですよ」


 とてもありきたりな答えだが、今回は初回なのでこの感想で良い事にしよう。



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