Ⅸ 試練
Ⅸ-1
これから一緒にバスケットボールをするんだからと、麓からはまたランニングして帰った。行きと同じようにゆっくりと。それでも幸也の息はあがっていたけれど。
玄関を入ると、味噌汁のいい匂いが漂ってきている。
「たっだいまー」
「……ただいま」
元気な真由美の声に続いて、幸也が小さく言う。真由美がおやと思ってちらりと幸也の顔を見ると、はにかみながら小さな声で言う。
「いろいろ、……がんばろうと思って」
それを聞いて真由美は思わずぎゅ~っと抱きしめてしまう。それから幸也の頭をくしゃくしゃっと掻きまぜて。
「……なに?」
「だって幸也があんまりかわいいから」
満面の笑みを浮かべてドアを開けると、テーブルで新聞を広げていた孝行がぱさりとそれを下ろして顔をあげた。
「おはよう」
「おはよー」
「ランニングしてきたのか?」
「うん、裏の山まで行って日の出見てきたの」
「元気だなぁ。ああ、今日は綺麗だっただろうな」
窓から差しこむ陽射しに視線を投げかける。
「……おはようございます」
小さい声ながらも自分から挨拶する幸也に、孝行はちょっと驚いて目を見開いた。その表情を見て、真由美がぷっと吹き出してしまう。続いて幸也もくすくすと。
「ひどいなぁ。でも、いい顔になったよ」
目尻を下げて言う。
「真由美、手伝って」
キッチンから呼ぶ八重子の声に返事をして真由美が行ってしまうと、孝行は幸也に隣に座るように勧めた。
「今日は、いいことがあるんだろう?」
八重子から話を聞いたのだろう、孝行は意味ありげな視線で幸也に問いかけた。
「はい。ちょっと心配だけど」
「焦らなくてもいいさ。自分のペースで行けばいい」
「えっと、でも、真由美はどんどん引っ張っていくって……」
孝行がぷははっと吹き出す。
「あいつは猪突猛進型だからなぁ。ぐるぐる考え込むときもあるけど、こうと決めたら真っ直ぐだ。それに引っ張ってもらうときがあっても悪くないさ。引っ張られ過ぎて疲れないようにな」
幸也の頭をぽんっぽんと軽くたたく。
あ、真由美と同じだ。
孝行の話を聞きながら、幸也はふと思った。
真由美よりかなり大きな手から伝わる暖かさに安心感を覚える。この人はこんな人だったんだ。自分はどれだけ周りを見ていなかったのか。
そこへ真由美がお盆を手にやってきた。
「お父さん、新聞どけて。幸也、お茶入れて」
片手にお盆を持ったままテーブルの上を拭いて、持ってきたものをてきぱきと並べ、またキッチンに戻っていく。
「あいつのペースにずっとつきあってたら、疲れるぞ」
新聞をラックに入れながら孝行が言っていると、戻ってきた真由美が軽く睨んで言った。
「あたしのこと、なんか言ってるでしょう」
その言葉に思わず二人は、顔を見合わせて笑った。
「うちのお姫様はとってもかわいいって話してたのさ」
「なんかちがう!」
白々しく言う孝行に、ぷうっと頬を膨らませる真由美。幸也はほのぼのしたこの朝のひとときに幸せを感じていた。
こんな風に、僕とお母さんもなれるのかな?
ちょっぴりの不安とちょっぴりの期待とを胸に。
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