Ⅹ-7

 興奮してなかなか寝つけなかった幸也は、珍しく寝坊してしまった。朝一番に病院に行くつもりだったのに。


 慌てて階段を駆け下りリビングに行くと

「おはようっ。やーっと起きた」

 真由美がコーヒーを飲みながら笑いかける。


 外は薄曇り。だから目が覚めなかったのかもしれない。


「起こしてくれたらよかったのに」

「行ったんだけどね、あんまり気持ちよさそうに寝てたから。幸也のことだから、昨夜はなかなか眠れなかったんじゃないかなって思って」


 幸也のご飯をよそい、味噌汁を温めて。


「朝ごはん食べたらすぐ行こうよ。さっき、佳代さんから電話があったよ。二人とも元気に産まれたよって」


 流し込むように急いで食事をすませ、バスで病院へ向かう。八重子は仕事があるので夕方に行くと言っていたというので真由美と二人で。


「どっちだと思う?」


 一番後ろの席に並んで座ると真由美が訊いてきた。元気なら幸也はどっちでもよかったが、真由美は言いたくて仕方がないようだ。


「男の子と女の子だって」


 幸也の返事を待たずに答えを言ってしまうが、幸也はなんとなく上の空。


「どうかした?」


 不審に思って訊いても生返事。揺れるバスの窓から外を眺めている。


 幸也がこんな風に考え込んでしまうと全く人の話を聞かなくなるのは悪い癖。この頃はあまりなかったけど。真由美は肩を竦めて黙った。


 五月雨が新緑を濡らし、綺麗な葉の色に煌きを添えている。糸のように降る雨を見つめながら、幸也はじっと考えていた。



 病室に入ると、ちょうど授乳が終わったところだと笑って佳代は抱いている赤ん坊を見せてくれた。


「そっちに寝ているのが女の子。この子が男の子よ」

「おめでとうございます」


 真由美は小さな赤ん坊の顔を覗きこんで眼を細めた。人差し指で小さく握りしめた手をつんとつついてみる。


「ちっちゃ~い。かわい~い」


 幸也は──黙って佳代の顔を見ていた。


 真由美と談笑していた佳代は、幸也の視線に気づき、零れるような笑顔で問いかけた。


「試してみても、いい?」


 訳のわからない真由美は、きょとんとして二人の顔を見比べる。


 幸也の頭にあったのは、昨日陣痛が始まった佳代と二人で病院へ来た時の事。あの時二人は何も考えないまま、肩を抱き、手を握っていた。


 佳代も朝になってゆっくりと授乳しているときに気がついていていた。


 佳代は腕に抱いていた赤ん坊を幸也に差し出し、もう一度微笑んだ。


「抱いてあげて」

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