ホライズン オブ サバイバーズ

風吹

序章~はじまり~


少年の目に飛び込んできたのは一面の紅…


見慣れたはずの村の景色は、一様に

様変わりしており、全てが紅に染まって

いた。


否、染まっていたのではない。

…燃えていたのだ。


山へ薬草を取りに行っている間に一体

何が起こったというのだろうか?


愛しい者達の名を懸命に叫び続けながら

勢いよく上がる紅い火柱の合間をすり抜け

家のある方面へと急ぐ。


見知った家や買い物によく行った商店、

毎年小さな花を枝一杯に付けていた木や

待ち合わせ目印にしていた建造物…

記憶の中にある色鮮やかな色彩であった

それら全てが、とぐろを巻く焔に包まれ

面影を失っていた。


ジリジリと肌を焦がす熱は、嫌でも

目の前の出来事が現実であることを認識

させる。


むせかえる熱に混じって、鼻を突く

木、家、物…そして肉の焼ける臭い…

それは色々な大切な物が焼け落ちていく

臭いなのだと認識するのには時間は殆ど

掛からなかった。


喉を熱で焼かれながらも、尚も呼び続ける

愛しい者達の名…


家が焼け落ちる轟音に混じってあちこち

から聞こえるのは悲鳴に近い家鳴りと

遠くを慌ただしく駆け巡る多数の馬の

蹄音…

それはまるで大地の怒りの地響きにも

似ている…そんな気がした。


人々と極力接触を避け、山奥に隠れ住む

ようにひっそりと生きてきた集落だった。

何も生物の理に反する行為を行ってきた

訳ではない。


なのに…なぜ?

どうして我々は、人間に狩られなければ

ならないのか…?


もう一度、声にならない声で叫ぶ。


「あら、こんな所にまだ居たのね?」


涼やかな音色を思わせる女の声。

驚き振り向けば、この惨状に似つかわしく

ない、紫色のロングドレスを身に纏った

長い黒髪の美しい女が立っていた。


「もう、全て生き残りは捕らえたと

思ったから、うっかり馬車を出発させて

しまったわ。

後は死骸を運ぶ荷車しかなくてよ?」


コロコロと鈴を鳴らすように笑う女。

口元は三日月の形に笑みを作ってはいたが

緋色の冷たい瞳は目の前の獲物を捕らえて

離さない。


「ただ普通に死骸の荷車に乗せるように

するのもつまらない物だし、いいわ、

少しばかり遊びましょう?」


頭の中で警鐘が鳴り響く。


「意外とあっさり大量の魔術材料が

集まってしまったので、私が直々に来た

意味が無くて退屈していたのよ」


彼女の手が少年の頬を撫でる。

あまりの冷たさに少年は身震いした。


「鬼ごっこしましょう、私が鬼ね?」


そう言いながら、少年を突き飛ばした。

その瞬間、弾かれたように彼は闇に

向かって走り出す。

捕まれば荷車に乗れるような姿にされる

ということは容易に想像できた。


「上手く逃げてね?すぐに捕まると

ゲームとして、つまらないからね…」



背中に女の笑い声を聞きながら少年は

無心で走り続けた…


いつまで走り続けたのだろうか?


気付けば朝の光が辺りを照らしていた。

体力がいくらあるとはいえ、休みも取らず

走り続ければさすがに身体に堪える。


ここまでくれば…と岩場の影に腰を

落とすと大きく息を吐いた。


悲しむ暇などなかった…

愛しい者が生きているのか死んでいるのか

さえわからなかった。

ただ、自分一人が逃げ延びた。

逃げることしかできなかった不甲斐ない

自分が悔しくて仕方がなかった。

でもまだ泣いている暇はないのだ。


唇を強く噛みしめ、流れ落ちそうになる

涙を溢さないように上を向いた…瞬間、

少年に覆い被さる紫色の影に思わず目を

見開く。


『みぃーつけた』



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