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 宗樹と一緒にカタる今、頑張っていることと、未来さきの話が楽しくて。


 ピアノの椅子を転がしたまま、絨毯に座り込んで、どれだけ話をしていたんだろう?


 宗樹が、じゃあ、そろそろ帰るって、わたしの部屋を出て行ったのは、夜もだいぶけた後だった。


 ……今日も、一杯いろんなことがあったなぁ。


 疲れていたけど、心地よく。


 わたしの唇にはまだ、宗樹の情熱的な唇の感覚が残ってる。


 そのことが、嬉しくて、恥ずかしく。


 宗樹の背中を見送った後、電気も消さずにベッドに飛び込んだら、ほどなくして部屋の照明が消えた。


「……爺?」


 ウチには、自動消灯器なんてモノは無く。


 絶妙なタイミングでメインの照明消え、薄暗がりになったならたなら、それは執事のしわざだ。


 わたしが静かに呼びかけると、今度こそウチの執事長、藤原宗一郎がベッドサイドまでやって来た。


 そして、深々と一礼する。


「はい、お嬢さま。なんでございますか?」


「いつから、そこにいたの?」


「少々前からでございます」


 わたしが、宗樹とキスをしている所、見た?


 ……とは、とても聞けずに、別のコトを聞いてみた。


「……あの……もしかして、ウチのマスターキーとか、探してない?」


 カギは宗樹が勝手に持ち出しちゃったんだ。


 探してたら大変だろうと聞いてみたら、爺は薄闇の中で深々と頭を下げた。


「最初からカギの行方は存じておりますよ。

 どうやら、宗樹めに、かなり切羽詰まった話があったようだったので、一時的に貸与たいよさせていただきました。

 あれも、一応は藤原家の末裔。

 お嬢様にフトドキなことは決してせぬ、と信頼しておりましたが……

 甘かったやもしれません。

 夜遅く、お嬢さまの部屋に訪問させたこと、深くお詫び申し上げます。

 今夜のことは、きつく叱っておきますゆえ、平にお許しくださいませ」


「なんだ、爺、宗樹がカギを持ってったこと知ってたんだ」


 そして、多分キスも見~~


 きゃ~~ いや~~


 なんて、思わず、布団にもぐりこみかけたけれど!


 爺の物騒な物言いが引っ掛かった。


 宗樹を叱っておくって、それはダメ!


「宗樹のコトは叱らないで!

 わたしが先に……その……キス、しちゃったんだし!」


 恥ずかしいことよりも、宗樹が叱られるのなんて、見たくなくて。


 思わず言った言葉に、爺は首を振った。


「しかし、西園寺家の執事たるもの、そのようなことで心を乱してどうします。

 いつでも、どんな時でも至極冷静に対処しなくてはなりません」


「宗樹は! 宗樹は執事じゃないもん!」


「確かに、西園寺家執事を名乗るには、まだまだ未熟すぎ、かつ、粗末でございます。

 本来ならば、決してお嬢さまとお会いすることは無かったのですが……」


「そんな意味で言ったんじゃないもん!

 『執事の宗樹』はキライ。

 今更、時代錯誤の身分違いなんて越えて、同じ立場で前に進んでいきたいのに……宗樹は、執事にはさせないわ!」


「それは、西園寺家と藤原家の歴史と伝統に逆らう、重要な禁忌きんきでございます。

 そのことだけは、例えあるじの西園寺であっても口出し無用。

 執事にならないのなら、藤原の家を出て、西園寺とも今後一切関わることはできません」


「そんなコトになったら!

 わたしだって西園寺を出て……」


 行くんだから! と言いかけたわたしの口に爺はそっと人差し指を当て。


 今まで、ほとんど表情が無く、淡々としゃべっていた口調を変えた。


 お役目~~とか言ってても、どことなくあったかい、いつもの爺だ。


「お嬢さまが西園寺から出て行く、などと言うことは、ご冗談でも決して申し上げてはなりません~~

 西園寺家は、巨大で光輝いている分だけ、魔窟と言っても良い闇の面がございます。

 どこで誰が聞いてて、何を想うか判りませんゆえ」


「わたし、冗談なんて……!」


 言葉を続けようとすると、爺はもう一度『しー、と静かに』のポーズをしてほほ笑み、ささやいた。


「そこまで、お嬢さまに思われて、宗樹は幸せ者でございます~~

 宗樹は、根が生真面目な上、藤原家の掟を熟知している執事の卵。

 内々では、数百年に一人出るかどうかの逸材であると騒がれる者でございますれば。

 それが、あのような行動に出たのなら、それはよっぽどのことでございましょう。

 それに、今日ほど……お嬢さまと宗樹がこんなに楽しそうになさっている姿を爺は見たことがございません」


 今は、まだ確約できませんが、将来、もし。


 宗樹がお嬢さまにつり合う者に成長できたなら。


 そして、お嬢さまのお心が、大人になっても変わらないのならば不肖、この藤原宗一郎、二人の門出にお力添えをさせていただきます。


 そう、言ってそっと片目をつむる爺を見て、わたしは胸が一杯になった。


 それは、爺が、わたしと宗樹の仲を取り持つ味方になってくれるっていうことなんだ!


 嬉しい!


 藤原家の当主は、今宗樹のお父さん、宗次だけども!


 藤原家で一番の年長者のお墨付きがあれば、先はもっと楽かもしれない。


「爺は、藤原の掟に背いてまで、なんで手伝ってくれるっていうの?」


 嬉しくてそう、聞いたら、西園寺執事長、藤原宗一郎が胸を張って応えた。


「西園寺の執事たるもの、主のご希望ならば、どんな願いでもをかなえて差しあげることが、真のお役目でございます。

 それに宗樹は、わたくしの愛しい孫でございますから」



 …………………………………


 …………………


 

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