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冗談なのか、本気なのか。
蔵人さんは、楽しそうに笑いながら言った。
「せっかく僕の声を『歌』だって言って、くれる。
たった一人のコを見つけた、のに。
僕は名前を聞かなかった、から。
すごく残念だって思って、たんだ。
だから今日は君に会えると良いなって思いながら歌って、みた」
一番初めて出会った日は、傷の付いた顔をさらした揚句、ステージで暴れちゃったし。
昨日は、停学処分になったのに、通学時間に私服でうろついているところを見られたし。
クローバー・ジャックに……宗樹に話を聞いたってことは、僕が暴走族の総長みたいなことを本当にやってたって、知ってるんだろう?
今日は、怖がってもう、声をかけてくれないかと思った~~なんて。
困ったように笑う蔵人さんを見て、なんだかほっこりする。
このヒトも怒って怒鳴ると獣(けだもの)だけど、フツーの時はきっと中身も天使なんだ。
「……それで君の名前を聞いても良い、かな?」
聞かれるのが嫌だったら、断ってね、みたいな。
神無崎さんとは正反対。
強く握れば、ぱきっと砕ける、持ちなれないガラス細工を扱うような緊張感たっぷりな声に、わたし、ちょっと笑っちゃった。
「わたし、西園寺 理紗(さいおんじ りさ)って言います。
君去津高の一年です」
「……理紗……」
名乗ると、蔵人さんは名字じゃなく、名前の方を優しく呼んでくれた。
わたしはクラスメートから、いつも『西園寺さん』って呼ばれ、宗樹だって『お嬢さん』としか呼ばない。
だから、蔵人さんがわたしの名前を呼び捨てにすることが、何だかくすぐったい。
わたしはひとさし指同士をツンツンとつつきながら言った。
「わたし、蔵人先輩がどんな歌を歌っているのか、一番初めに聞いて判ったので……怖くないです」
「本当?」
「歌とか音楽って、演奏者の本当の心が表に出てくるものだって、信じているんです。
こんなに優しい歌を歌う人が、怖い人のわけ無いじゃないですか」
「も、そんなコト言ってると本当に好きになっちゃう、よ?」
蔵人さんは、あはははって笑うと。
さっきまで岩の上で歌っていたフレーズを鼻歌みたいに歌いながら、海沿いの道を、学校に向かって歩き出す。
その、スキップしているしているか、踊って見える歩き方に、相当嬉しそうだなぁって。
こっちまでにこにこ笑いだしたくなり……わたし、はっと気がついた。
ちょっと待って!
蔵人さん『さっき、岩の上で歌っていたのと同じ歌を、今、鼻歌で歌ってた』よねっ!?
もしかして!!
わたし、とってもいいことを思いついて、蔵人さんを追いかけた。
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