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「オレの方としても可愛い嫁と、有能な執事を両方手に入れられて、ラッキーなんだけど」


 えええええっ!


「神無崎さん、それ、本気……なの?」


「大本気」


 わたしの手を神無崎さんは、そっと取る。


「お前昨日、オレのコトを全く知らないで助けようとしたろ?

 神無崎の御曹司でもねぇ。

 Cards soldierのダイヤモンド・キングでもねぇ。

 喧嘩して、イケメンとはかけ離れたひでー顔の『素』のオレを。

 それが、なんかすげー嬉しくてな。

 昨日は一晩眠れないほどだったんだ」


「……でもわたし、そんな大したことをしたわけじゃ……」


「オレにとっては、すげーことだ。

 顔と名前で、近寄って来る女は掃いて捨てるほど居るけれど。

 肩書が全部が無いのに、振り返ってくれるヤツなんて……!」


 そんなの、ガキの頃から一緒だった宗樹ぐらいなもんだったのに、なんて神無崎さんは、くしゃっと笑った。


「それでも最初は、お前が宗樹の彼女だと思って諦めようとしたんだ。

 あの野郎、会った時からあんまりガキらしくなくてさぁ。

 いっつも冷静沈着で、怒ったり、泣いたり、どころか、ちゃんと笑ってる顔もあんまり見たコトがねぇのに。

 お前と出会った途端、フツーの高校生、やってんだもんな。

 ……でもな」


 言って神無崎さんは、目を伏せた。


「アイツが、お前を彼女にすることは出来ない。

 例え世界が終わっても、お前が西園寺で、宗樹が藤原である限り。

 宗樹本人にも、ちゃんと聞いたぜ?

 ……そしたら、オレの前でラブラブごっこをしてたのは『役目』だからだって。

 オレが、日ごろから女遊びが酷い事を警戒したんだと。

 まぁ、大事なお嬢様を遊び人に近づけるヤツは居ないからなぁ。

 ……とにかく。

 オレが、他の女と手を切って、真面目に付き合う気があるなら。

 そして、お前の意志を無視して強引に話を進めなければ、邪魔はしない、と言われた」


「神無崎……さん」


 改めて、じっと見つめてきた彼の瞳が獣のように、強かった。


 怖い……って、心の底からそう思う。


 思わず震えたわたしの肩を遠慮なく抱いて、神無崎さんは、ささやく。


「オレはお前が気に入った。

 西園寺のお嬢さま、ってことも、宗樹の事を全部含めた状況から考えても、オレの相手はお前しかいねぇ。

 ……もう他の、どんな女にも目をくれねぇコトを約束する。

 だから、お前、オレの女になれ」


 そんなこと、急に言われたって!


「あの……わたし、神無崎さんのコト、まだ良く判らなくて……」


 口の中でもごもごと言い訳しながら、わたしは神無崎さんからなるべく離れるようにカラダをずらした。


 同じように、初対面に近い宗樹には、何やかやと理由をつけられて、近づかれても……抱き締められても大丈夫だったのに。


 神無崎さんに握られている手が、肩が……なにか、イヤだ。


 じわじわ逃げ出そうとしているわたしを見て、どう思ったのか。


 彼は、握っていた手と、肩を『ぱ』と放して笑った。


「正体を知って、なお、逃げ出す女も珍しいよな。

 ま、オレもマジだから最初から飛ばして行く気はねぇよ。

 無理やりヤったら宗樹にも怒られるし。

 オレのコトを知らないから、ダメだっていうなら、ゆっくり判っていけばいい。

 今は出会ったばかり。

 そして先は、結構なげーんだからな」



 …………………………………



 ……………  

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