33

 今まで、一度も聞いたことのない曲で、楽器は……ピアノ、かな?


 聞き慣れているグランドでも、アップライトでもない、何だか不思議なピアノの音源を探せば……ステージの斜め下に、宗樹が、いた。


 コの字に設置した、三台のキーボードの真中に立って、さっきドラムで演奏していた曲と全く違う曲調の音楽を奏でている。



 それは、聞けばほっとする優しい曲調だったけれど。


 何年もの長い間、ピアノの練習を真面目にしてないと無理な技が幾つも織り込んだ難しい曲だ。


「宗樹……」


 真剣に演奏している横顔が、ふっ……と。


 ウチの執事をしてくれている、爺の演奏に重なって……判る。


 ああ……このピアノは、彼が、いずれ西園寺家の執事長になる時に使う……もの。


 主人の目覚めのために、毎朝弾く技だ。


 もし、宗樹が執事になるっていうのなら。


 今、西園寺にはわたししか子どもがいないから、将来はきっと一人占め、だね。



 ……そう、思うと……ちょっと、悲しい。



 本当だったら上手でカッコイイピアニストを一人占め出来て『嬉しい』と喜べばいいんだろうけど。


 なんだかなぁ。


 Cards soldierの演奏、聞いちゃったからなぁ……


 今でも十分すごいけど。


 まだまだ更に上手くなりそうな宗樹の未来と音楽の才能を、わたしと西園寺が奪ってしまいそうで……なにか……ヤダ。


 しずかな。


 しずかな。


 宗樹の弾く、優しいその曲に、なんだかしんみりしたのは、わたしだけじゃなかったみたい。


 それは、先生が静かにしろ!って怒鳴るより効果があったんだ。


 今まで騒いで、笑ったお祭り騒ぎのテンションがゆっくりと下がって、そして。


 Cards soldierの再登場で騒がしくなってた会場は、真面目な話が出来る雰囲気に包まれる。


 ダイヤモンド・キングの神無崎さんもまた。その輝く宝石のきらめきを保ったまま……静かに話を始めた。


「軽音部は、今年も部員を募集する。

 君去津には、レベルも音楽の方向性も、まるで違うバンドがいくつもあるし、メンバーを募って新しい音を作ってもいい。

 下手クソでもいい。

 音楽が好きで、ちゃんと音に向きあえるヤツは、このオレサマ。

 神無崎裕也がダイヤモンド・キングの名にかけて、歓迎する。

 一緒に、良い曲作って演奏しようぜ?

 もちろん、練習もしないチャライヤツや、幽霊部員はいらねぇ。

 即刻軽音から蹴り出すけどな」


 うぁ……神無崎さん。


 げらげら笑いの混じった、ハイテンションな感じなだけじゃなく、こんなしゃべり方もできるんだ……!


 おちついて語りかける口調は、すごくセクシーで大人っぽい。


 ヒュー

 ヒューーッ


 幽霊部員はいらねぇ宣言辺りで鳴った口笛を手で制し、キングは更に言葉を続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る