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「えっえ……と、何でもなく。タダの通りすがり、なのですが……

 なんか、かなり痛そうなお顔で、ここに座っていらしたので。

 もしかしたら、動けなくてお困りなのではないかと、声をかけさせていただきました。

 何か、わたしにお手伝いできることはありませんか?」


 例えば病院へ行くとか……


 そう、口ごもりながら聞けば、そのヒトは「へっ!」と息を吐いた。


「病院! 要らねえよ、そんなもん。

 こんな傷、日常茶飯事だ。

 オレはここで、ヒト待ってるし!

 万が一、病院に行くとしたって、見ず知らずのてめーじゃなく、そいつと行く」


「ですよね~~」


『なんだ、コイツ、変な女』なんて、心の声が聞こえて来そうで、わたしは、そのまま首をひっこめて退散しようと思ったんだけど。


 この、短い間喋るだけでも、相当痛かったらしい。


「痛っててて」と口の中で呟く彼を、やっぱり、そのまま放っておくことなんて、出来なかった。


 この通路の奥には、トイレがあって、人ごみを抜けなくても水道まで移動できる。


 わたしは水道でハンカチを濡らして、彼の頬にあてた。


「……っ、て! てめ、何す……」


「じゃ、そのヒトが来るまで、せめてこれで冷やしててくださいね」


 我ながら濡れハンカチを当てるなんて、ちょっと唐突だったかもしれない。


 いきなり頬が冷えてびっくりしたらしい。


 彼の驚く顔に、ハンカチを押しつけるように握らせて、ここから移動しようとした時だった。


 彼が、ぱし、とわざわざ音を立てるようにわたしの手首を掴んだんだ。


 「おい、待てよ!」


 うぁ……怒ってる!


 やっぱり、わたし、おせっかいだったかな?


 もともと不機嫌そうだったのに、さらに迫力が増しちゃったような、感じ?


 低い声に、思わずびくっと飛びあがったら、彼の声が少しだけ優しくなった。


「おい、てめー。前にどっかで会ったっけ?」


「い……いいえ、ちっとも!」


「じゃあ、神無崎かんなざき 裕也ゆうやって名前に聞き覚えは?」


「……ありません。完全に初対面……だと思います」


「じゃあ、オレが誰かも知らないで、こんなことを……ハンカチを貸してくれたのか?」


「……まぁ」


 ……本当に初対面だし、純粋に見てられなかったから、だけど。


『オレが誰かも、知らないで』ってなんか、とっても自信満々な言い草……だね?


 傷の無い、無事な方の顔から察するに、本当に普段は、かなりのイケメンさんだ。


 神無崎 裕也さん、かぁ。


 もしかして、実は、有名な俳優か、モデルか、歌手か……そういったお仕事のヒトなのかな?


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