第2話 旅立ちと希望と・・・。

「・・・もし、もし。大丈夫ですか?生きていらっしゃいますか?もし、もし・・・。」


ーピシピシ、ピシピシ。ー


「もし、もし、返事を、返事をして下さい!」


ービシビシ、ビシビシ。ー


頬に激痛が走る。そして女性らしい声が聞こえる。


「・・・う、うん、やめ、止めてくれ、痛い、痛いって!い、いってってて、痛い〜っ!」


「あ、よ、良かった。目を覚まされたのですね♪」


その声に誘われる様に上を見上げるとそこには、そこには亜麻色の髪の女性の姿があ

った。髪は艶やかで美しく肩に掛かる長い髪は、とても魅力的に映った。そして、ようやく男は自分の頭部が女性の膝の上にあることを感じ取った。


「そのままで、そのままで居て下さい。急に起き上がられては、また倒れてしまうかもしれません。そ、それと、ほっぺた、何度も叩いてしまい本当にすみませんでした・・・。死んでしまっていたらどうしようと思い、必至で・・・。」


男はその女性の美しさに目を奪われ、頬の痛みのことなど忘れていた。あれだけ痛かったはずなのに。そして男は自分の置かれている現状を把握しようと試みる。自分は何者で、なぜここにいるのかを・・・。


「あ、あのう、お、お嬢さん、その、膝枕、ありがとうございました。もう、大丈夫です。宜しければ体を起こしたいので、そ、そのむ、胸を上げてもらっても宜しいでしょうか?」


「あ、ごめんなさい。私ったら、はしたない・・・。」


そう言って目の前の女性は上体を起こした。その彼女の豊満な胸に少し名残惜しさも覚えたが、男は膝の上から起き上がった。そして自分のことを思い出す前にまず目の前の女性のことが気になり質問する。


「あなたは?」


「わたしはパンドラ。この地上界に神より創られしヒトの娘。」


「パンドラ・・・。どうして君はここに?君は何者なんだ?そしてもし僕のことを知っているなら、何者であるかも聞かせてほしい。」


「はい。わたしは、災いをもたらす箱と共にこの世界に生を受けました。そしてわたしは16年間、その箱を守っておりました。しかし、わたしは、わたしは、自分自身の好奇心に勝つことが出来ず、とうとう箱を開けてしまったのです。その、わたしの軽はずみな行動の所為せいで、この地上界に魔王が出現しました。あの、わたしの箱を開けたために、このような結果に・・・。」


パンドラは話しながら目に涙を溜め、そして嗚咽おえつを漏らし始めた。


「パンドラさん、落ち着いて・・・。ゆっくりで良いから、落ち着いて話しておくれ!あなたの、そ、その、美しい顔が台無しになってしまうから・・・。」


男はそっと彼女の目の辺りを指で拭った。その彼の行動にパンドラは頬を赤らめ、そして彼のその言葉に、胸を高鳴らせた。


「はい、すみません。もう大丈夫です。ご心配をお掛け致しました。」

そう言うと彼女は自分の目を拭い、そして息を整える。男は彼女の次の言葉を待った・・・。」


「魔王は魔界から突如出現し、そして現在は魔族に近い亜人種達を引き入れ、この地上を支配しようとしています。全てはわたしの好奇心が招いた結果です。本当に、わたしは取り返しのつかないことをしてしまったのです。」


「魔王?今魔王と言ったか?」


「はい、申しました。まるで悪魔の神のような存在、それが魔王です。皆各地で抵抗していますが、それも時間の問題。このままいたずらに時が過ぎれば、この地上は民だけでなく、この美しい地上のあらゆるモノを失ってしまいます。」


「そう、僕は魔王を、魔王を倒しにきました。」


男はふと自分の使命が魔王討伐であることを強く思い出した。


「ではやはり、あなた様は勇者様なのですね?」


「勇者?・・・申し訳ないが僕は勇者なんかじゃないよ、どうして君は僕のことを勇者なんていうんだい?」


「わたしの家系は代々この箱の開封を固く禁じており、わたし達はそれを長年守っておりました。封印された箱の蓋には封印が施されており、わたし達以外にはその術法を解くことは出来ません。」


「どうして君はそのような大事な箱の封印を解いてしまったんだい?」


「もちろん、わたしはこの箱にまつわる言い伝えの重要性は認識しておりました。こ

こから災いが生まれることも可能性として伝承されていましたから・・・。そうあの日までは・・・。」


「詳しく聞かせてくれるかな?」


「はい。わたしはその日、いつものように箱の封印を確認して、ベッドに横になりました。その日はとても強い雨風の日。それにも関わらず、わたしはいつもよりぐっすり眠りについたのです。そして、夢の神モルペウスに誘われるようにわたしはとても、とても恐ろしい夢を見たのです・・・。」


彼女はその夢を口にすることをはばかるように、唇を振るわせた。まるでその夢を暗示するかのように・・・。


「落ち着いて。それでその夢とは?一体どのようなモノだったのですか?」


「その夢は、とても恐ろしいモノです。ああ、今思い出しただけでも、身の毛が弥立つ程に。その夢とは・・・。ー同人誌の夢でした。ー箱の中にはまだ見たことの無い、この世のモノではない、同人誌が入っているという夢を見たのです。表紙をちらっと見た限りですが、神々が描かれた、この世のモノとは思えない美しい肉体が描かれておりました。あの絵姿に心を奪われぬ者など、この世のどこにもおりますまい・・・。」


彼女は興奮気味に目を輝かせている。その姿はまるで先程の乙女とは程遠い姿である。


「その同人誌とは、それ程重要なモノなのか?僕にはその重要性がまったく理解出来ないのだが・・・。」


「も、もちろんです♪同人誌とは通称薄い本と呼ばれており、確かにその需要は限られた趣向の持ち主に限定されますが、その趣向を持った方々なら、この誘惑に抗えないのも通り。寧ろ受け入れることこそが本懐といえるでしょう!ハアハアハア・・・、失礼致しました。少々興奮してしまい・・・。わたしの家系は代々誘惑に弱い家系で、そのため、先祖達は己の趣味というモノを持たずにひっそり過ごして参りました。しかし、わたしは取り返しのつかない趣味を持ってしまいました。それもこれも、ギバラハの街で開かれた同人誌即売会に立ち寄ってしまったことが全ての始まりです。その同人誌即売会には美しい男性同士が組んず解れつ、仲睦ましい姿が描かれておりました。特に気に入ったのは地上一美しいと言われる・・・。」


「ぱ、パンドラさん!だ、大体分かったから!本当に、もうお腹いっぱいだから!」


「え、でもギバラハのくだりはまだ途中で、これからわたしがどのようにして暗黒面ダークサイドに落ちて行くかを説明しなければ、魔王出現の原因をお伝え出来ません!キリッ!」


「つ、つまりこういうことだよね。パンドラさんは、今まで見たことの無い同人誌が、その先祖代々守っているという箱の中に入っているとう夢を見たんだよね。そして、その誘惑に勝つことが出来ず、その箱を開けてしまった。それにより、箱から災いが出現し、そして魔王が現れた・・・。こんな感じかな?」


パンドラは少し腑に落ちない感じだったが頷いてみせた。


「ま、まあ、かい摘んで説明するとそのような話になります。どのような仮定で蓋を開けるに至ったかという説明が大分端折られているのが気になるところですが・・・。」


「ちなみに、箱の中身は何が入っていたんだい?その、同人誌という本が中に入っていたのかい?」


「入っていません。」


「え、何だって?」


「入っていませんでした!!箱の中には同人誌は入っていませんでしたって言ってるんです!もう、何ですか、わたしを苛めて楽しいですか!この恩知らず!!」


「いやいや、恩知らずって!何かさっきまでと態度違いません?ちょっと落ち着こうよ!パンドラさん。」


「お、落ち着いています!落ち着いていますよ、まったく、もう・・・。正確に言うと中には手紙とこの鏡が入っていました。」


そう言うと彼女は男の前に手鏡を差し出した。その鏡は太陽の陽を反射し、男の胸に吸い込まれた。正確には男の胸に付けられた首飾りのクリスタルに注ぎ込まれているのである。


「こ、これは?」


「はい。入っていた手紙によりますとこの手鏡は希望を探す手がかりと記述されていました。そして手鏡の光に導かれ、ここまで辿り着いたという訳です。」


「その手紙には他に何か書かれていましたか?」


「はい。手紙にはこう記述されていました。ー親愛なる我が末裔よ。其方はわたしと同じように誘惑に打ち勝つことが出来なかったようね。私の末裔とは言え、何と情けないことでしょう。そんな愚かなあなたにこれを授けます。この手鏡はあなたを絶望から救ってくれるはずです。これからはヤオイなどという趣味は程々にして、その手鏡が導く勇者にお会いなさい。わたしのように良い男性に巡り会うこと天国から祈っていますよ!そして、希望が災いに打ち勝った暁には、再びこの手鏡を箱に封印し、あなたの子孫に残して上げなさい。あなたに祝福と幸運を!ーと。」


「成る程。どうやら、このような事態が起こったのは今まで初めてではないようですね。しかし、希望、勇者というのは何でしょうか?」


「これは間違いなくあなた様のことを指しております。わたしは光に導かれこの地まで辿り着きました。そしてそこには倒れた男性。銀髪の美少年。誰が何と言おうとあなたが勇者様です。こんな男性と知り合う機会は二度と無いかもしれないのです。ですから、あなた様は魔王と倒す勇者で間違えないのです!」


「それに・・・。」


「それに?」


「先程、あなた様自身、魔王を倒しにきたと仰ったではありませんか?」


「そ、そうですね。」


そう呟いた男が不思議そうな顔をしていると、パンドラという目の前の女性は立ち上がり、手をこちらに向かって伸ばしてきた。男は誘われるまま、パンドラの手に引かれ立ち上がる。


「という訳で、宜しくお願い致します♥勇者様♪」


「という訳でって・・・。それに僕は自分自身のことは何も覚えていな・・・。」

彼女の話を聞いていて、自分のことを考えていなかったが、僕は何者なんだろう。先程は魔王という言葉に反応し、目的を思い出すことが出来た。しかし、それ以外のことは、何も思い出すことが出来ない。自分の顔を見れば少しは思い出すかもしれない・・・。」


「パンドラさん、良かったらその手鏡貸して貰えないかな?」


笑顔を作ろうとしてそう話しかけると、頬の肉が引きつった。いってててっ。今になって先程叩かれた頬が腫れだしたのだ。

その様子を見たパンドラはばつが悪いのか、少し顔を背けながら恥ずかしそうに手鏡を渡した。


「ははははっ。これはヒドい♪パンドラさん、起こす時はお手柔らかにお願いしますっ!ふふふふっ。いっててって・・・。笑うと痛いね!」


「はい、気をつけます!あとでお薬を塗って差し上げます。そのような腫れなら忽ち治してみせますのでご安心下さい♪」


「あの、今更ですが・・・、勇者様のことは何と呼べば宜しいでしょうか?」


「そうだね。思い出すまでは何か必要だよね・・・。」


「そうです!良いお名前が御座います。この地に古くから伝わる英雄の名、ーアキレウスーアキレウスはどうでしょうか?わたしピンと来ました。きっと勇者様に相応しいお名前です。アキレウス様、あはっ♥アキレウス、あはっ♥す、素敵です♪ぜひ、アキレウス様にして下さい♪ていうかしろっ!」


「う、うん。そうだね。そうするよ・・・。」


勇者と呼ばれるその男はパンドラとう少女の気性をはかりかねていたが、彼女の言った名前になぜか懐かしさを覚え、素直に従うことにした。名前がないのも不便だし、アキレウス、僕はそう名乗ることにしよう。その言葉に引かれるように背中に携えている剣が呼びかけに答えたように感じた。


「アキレウス様、これから如何致しましょうか?この不肖な身パンドラは、アキレウス様にどこまでもお供致します!」


「パンドラさん、そんなにかしこまらないで下さい!事情は分かりましたから。とにかく僕はこの地に詳しくありません。パンドラさん、宜しければ道中の案内をお願い致します!今はあなただけが頼りです。」


「はい♪お任せ下さい!まずは、そうですね・・・。仲間集めでしょうか?でしたら首都アテナイへ向かいましょう!きっとアキレウス様のお役に立つことと思います。」


エロースが異界転移トランスポジションした後、1急神夫婦ヘパイストスとアフロディーテ、その娘プシュケはそれぞれの居るべき場所へ戻った。夫婦は1層へ、プシュケはエロースとの部屋へ・・・。遠くから見守っていたバイトルも今まで以上に求人紹介をすることを胸に誓い、その場を離れた。


「エロース様無事に地上界へ着いたかしら?ドキドキ♥」


そう独り言を呟きながらプッシーことプシュケはおもむろに3級神アムソンから仕入れた茶色いamusonロゴ入りの段ボールをいくつかデスクの上に並べ、そして開封し始めた。アムソンはこの神界や地上界で最も普及している通販サイトである。amusonの便利なところは、この神界の物だけではなく、地上界、ひいては魔界のありとあらゆる物が、お金さえ払えば手に入るのである。そうどんな物でも・・・。


「あ、あった!これね?」


既に開封されている箱からインカム付きゴーグルを取り出した。そしてそのコードの先端を彼女が自作した電子演算機のスロットルに差し込む。


「パワーオンですわ♪」


その掛け声と共にその電子演算機プシュケコンピュータ、彼女がPCと呼称しているその白き箱はーブーンーという音を立てながら起動した。その箱は彼女から流れ込むゴッデスをエネルギーとして稼働しているようで、プシュケはそれを自在に操る。


「それにしても、amusonは便利ですわ。このゴーグルとアリアドネの首飾りがあれば、エロース様の位置が一目で分かるんですもの♪」


プシュケが身に付けているインカム付きゴーグルはamusonでアリアドネの首飾りとセットで販売されている売れ筋商品である。ゴーグルはディスプレイデバイスとなっており、使用者の視覚に作用する。またインカムから音声入力というかたちでゴッドイン・プレイス・システム、略してGPSを操作して位置情報を解析する。


「GPSシステム起動♪」


プシュケはディスプレイと音声入力の連動を確認すると、最後に地上界の俯瞰映像を捉えるため掛け声と共にインカムに合図を送る。

「アリアドネシステム起動♪」


「さて、早くエロース様は無事辿り着いたかしら!かしらかしらどうかしら♪てへ♥」


ディスプレイには最初神界のホログラム映像が表示されていたが、起動合図を送った直後、目の前に赤字でーA・R・I・A・D・N・Eーと表示され、その映像はまるで実際に転移したかのような体験を擬似化しながら、地上界の森を俯瞰で捉えた。


「うふふ。どうやら成功のようね♪エロース様はどこかしら♥早くお姿を拝見したいわ!」


映し出される映像はホログラム映像ではあるが、現実の物体を限りなく忠実に再現してくれる。それこそが正にこのデバイスとソフトの売りである。


ディスプレイには森を俯瞰した映像と横のマップには赤いマーカーが点滅していた。


「マーカーの位置が真実なら、どうやらこの森にいるのは間違えなさそうですけど。視点を変更出来ないのは頂けないですわ。今後の改善点としてアムソンにレビューしておかなくっちゃ!」


ディスプレイに再現された森は広大であり、マーカーの位置から考えても当分お目当てのエロースのことは確認出来そうに無かった。そう考えたプシュケは少し残念そうに一度ゴーグルを外した。万が一にもこのディバイスを装着したまま居眠りでもしようものなら、大量のゴッデスが消費されることは明らかである。それに使用上の注意として記述されている。万が一起動したまま意識を失っていた場合、その後のゴッデスの消費量に応じてコーション、ワーニング、アラートへと段階的に警告が格上げされる。そして最終的には一日の保有ゴッデス量をオーバーすることも考えられるのである。大抵はその間に意識覚醒することが殆どであるが、稀に死に至るケースも過去にはあった。そのため、常に起動しっぱなしという安易な行動は避けなくてはならない。


「しばらく動きも無いようですし、少し休憩致しましょ。」


そう呟くとプシュケはベッドに横になった。昨晩は彼との最後の夜を迎えたため、いつものように深い眠りにつけなかったのである。彼女は横になるとあっという間に眠りの深淵に辿り着いた・・・。

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