僕が一番愛したルイス

@yugasuki

プロローグ

自分のどんな奴かと説明するなら、僕は自分のことを迷わずに捻くれものだと言うだろう。

それは生まれた時、親から貰った未来という名前が関係してる。初対面の人は僕の名前をみて必ず『みらい』と読む。それぐらいならみんなそう読むと笑って済ませるけど、問題はその後。

「名前は『みく』って読むんだ」

「女の子みたいな名前だね」

そう言った奴を、僕は殴ったり、叩いたりした。男女関係なく、そんなことを繰り返していたらいつの間にか僕の周りには誰も寄り付かなくなり、唯一の友人といえるのは贔屓にしてる床屋の幼馴染、石田基也だけになった。

群れるのは好きじゃないから、一緒に馬鹿ができる奴が一人いればいいと思っていた。

けど十七歳の時、僕はずっと一緒にいたいと思う人と出会った。


僕の名前を最初から未来みくと呼んでくれた榊原詩亜。彼女は僕を『アリス』に選んだ『ルイス』だ。



五月の夕焼け空は眩しいから好きじゃない。

放課後の屋上、貯水塔の上で寝転がりながら俺は榊原先輩が来るのを待っていた。


事の発端は始業まえの教室で、席に着いた俺に基也もとやが話しかけてきた所から始まる。

「三年の榊原詩亜先輩は美人だ。ガチで」

朝から人懐っこい笑顔で、前の他人の席にお構いなしに座り、基也は更に榊原先輩が告白してきた男子生徒をことごとく振りまくっている事を興奮して語る。

俺は「興味ないな」の一言で片付けて会話を終わらせようとした。

「まあ、待てよ。話の重要な部分はここからなんだ」

鞄から勉強道具を取り出し、机に移す手を止めずに仕方なく聞いてやる素振りを見た基也はニヤリと笑みを浮かべる。

「俺さ、その百戦錬磨の榊原先輩の下駄箱に、今日の放課後に屋上で会ってほしいって内容の手紙を置いてきたんだ」

「今時ラブレターかよ。純情だなお前」

「まてまてまだ呼び出しただけだから、ラブなレターではないからまだ告ってはいないな」

「そうか。でもまぁ、明日にでも告白の結果を教えてくれよ。どうせ玉砕だろうけどな」

話の内容からしてその榊原先輩は難攻不落の城みたいな、ガードの固い人みたいだ。

幼馴染の俺からみても基也はカッコいい部類に入る顔立ちだ。床屋の息子だけど他の美容室に通い、髪型は今時の流行に乗る親不孝者。服装も雑誌をチェックして身丈に合った物を着る。今は征服のブレザー姿だけど、それとなく着崩してまたそれとなく様になっている。

贔屓目に見ても十分カッコいい基也だけど、今まで何故か浮いた話の一つも聞いたことがない。

だから告白慣れしていない奴がとても相手の心を動かせる言葉が出てくるとは思えない。何より相手が悪すぎる。

どうせ高嶺の花だったんだよって明日失恋で打ちひしがれている基也への慰めの言葉を考えながら、軽くなった鞄を机のフックに掛けようとした時だった。

「俺は告らないぞ。告白するのは……未来、お前だ」

突然名前を呼ばれて手が止まる。

どうして手紙を出した基也ではなく、俺が告白しなくちゃいけないんだろうか。

その疑問にすぐ答えが返ってきた。

「差出人に未来の名前を書いたんだ」

僕を指差して口端を吊り上げる基也の笑顔が小憎らしい。

「何でそんな事をしたんだよ……」

「面白そうだったから」

「いい迷惑だ。俺は行かないぞ」

「別にいいけど、榊原先輩はお前のこと怖気づいて逃げ出したヘタレ野郎だと思われるだろうな」

そう言って、本来そこの席に座る奴に遠巻きに睨まれて「悪ぃ」と手を上げた基也は俺に一切の謝罪なく自分の席に戻って行く。

授業中、放課後に屋上に行くかどうか悩んだ挙句、屋上に行くことにした。

自分が呼び出したわけじゃないけど、その顔も知らない榊原先輩に怖気づいて逃げた根性なしと思われるのが癪だったからである。


そんな事があり、授業が終わってからすぐに屋上に来て榊原先輩が現れるのを待っているけど、放課後の何時に呼び出したのかがわからないまま、既に二時間は経っている。

ズボンのポケットからスマホを取り出して時間を確認した。あと十分もすれば完全下校の時間になる。

ズボンにスマホをしまいながら早く時間が経てばいいのにと思う。

完全下校になってしまえば、いくら榊原先輩が来なくても帰らなければいけない。そうなってしまえば告白をしなくていいし、しばらくは嘘だって言われるかもしれないけど基也に断られるって笑い話を提供しなくてもいい。

基也はしばらくしつこく聞いてきそうだけど、しなくてもいい気苦労をしなくても済むと思うと少しだけ気が楽になり、座っている貯水塔に寝転がった。

屋上に来たときは明るかった空も今では日が暮れ始め、西の方が暗くなっていた。

空を見上げ一番星を見つけた時、ギィと錆びた屋上の扉が開く音がした。

慌てて起き上がり扉の方を見た時ちょうど榊原先輩と目が合った。

「人を呼び出しておいて、寝ているなんて最低ね」

俺を見た瞬間綺麗な双眸を細めて睨まれ、第一印象が最低になってしまった事に言葉を失う。

「話って何?」

榊原先輩はブレザーのポケットから紙切れを取り出して、僕に見えるように突き出した。

それは基也が下駄箱に置いた手紙だった。

シャーペンで『今日の放課後、屋上に来てください。伝えたいことがあります』と走り書きで書いてる横に振り仮名のない俺の名前が書いてあった。

貯水塔から降りて、榊原先輩を改めてみるが、その威圧的な視線に耐えられなくてすぐに目を逸らしてしまった。

「話があるなら早く言ってくれる? 私忙しいんだけど」

苛立ちを隠そうともしない声と共に、榊原先輩が近づいてくる。

「忙しいなら帰ってもいいですよ」とは言えるわけもなく、だからと言って「実は友達が俺の名前を使って榊原先輩を呼んでからかったんですよ。だから話なんて最初からありません」とも声の雰囲気からしてもう言える状況じゃない。

俺が何も言えないまま、目の前まできた榊原先輩は腕組みをする。髪は今時珍しい黒く艶やかな長髪。顔立ちは少しキレ目の和風美人で体躯は細く、肌は雪のように白く夕日に照らされて更にきめ細かく見える。

――本当に、美人な人だ。

確かにこれなら基也が言っていたように告白されまくっている話も頷ける。

榊原先輩に見とれていると痺れを切らしたのか、彼女の方から口を開いた。

「君も私に告白するつもりだったのかしら?」

髪先から足先まで品定めされるように見られてから言われた。

告白され慣れているにしても自分からそういい切ってしまうのがすごい。

「えっと、じゃあそれで」

「じゃあって何よ?」

榊原先輩に眉を顰められてすぐに言葉を間違えたと思ったけど、もう後には引けない。

「好きです。付き合ってください!」

半ば自棄気味に告白すると、榊原先輩は睨み続ける。

答えはノーに決まっている。何なら用もないのに呼び出して怒らせた代償に平手打ちの一発を貰う覚悟はできている、

「……君は、私の何を知っているの?」

「えっと、告白してきた男子生徒を振りまくってる三年生」

「他には?」

「美人……ぐらい」

榊原先輩は無言になり、目つきが更に険しくなった。

これはもう平手ではなく、パンチを貰う覚悟をした方がいいみたいだ。俺は歯を食いしばって鉄拳の制裁を待つ。

けれど次の瞬間、榊原先輩は目元を緩め、控えめに笑い出した。

「本気で構えて、馬鹿みたい」

思っていたのと違う反応に、思わず拍子抜けしていると、榊原先輩は手紙の基也の字を見つめる。

「この手紙って、君が書いたわけじゃないんでしょう?」

呆気にとられたまま頷く。

「やっぱりね。もしも君が今までこういう呼び出し方をした男の子と一緒なら、お決まりの二言目があるはずだもの」

話しながら、榊原先輩は躊躇なく手紙を破った。でも、俺の名前の部分だけは破らずに残して、大切そうにブレザーのポケットに入れた。

「お決まりの二言目って?」

五月にしては肌寒い風に乗せて千切った手紙を飛ばす榊原先輩に訊いてみると、彼女は一瞬表情を曇らせたけど、すぐに涼しい表情に戻った。

「わからないならそれでいいわ」

風で煽られた黒髪を手で押さえて耳に掛けて、榊原先輩は改めて俺と目を合わせてくる。表情にはもう怒った様子はなく、何に対しても興味を持たなそうな表情が彼女の普段の顔なんだと思った。ただ、その端麗な顔が目の前にあって思わず気恥ずかしさがあった。

「ところでさ、君は本当の所は私をどう思ってるの?」

「いや、美人だな。それで好き……だと思います、多分」

言葉を言うたびに胸がチクチクして痛かった。

自分でもわかる。この数分で榊原先輩を好きになっていた。一目ぼれだった。

「多分とか言わないではっきりと言って」

「……好きです」

「それは私を好きって言ってくれてるの? それとも、私の後ろにあるものが好きなの?」

何か含みのある言い方だけど、よくわからなくて首を振った。

榊原先輩の後ろに何があるのかなんてしらない。というか、今日基也から榊原先輩の話を聞くまでこんな人がいるなんて知らなかったのに、前も後ろもわかるわけがない。

「俺は目の前にいる榊――詩亜が好きだ」

はっきりと今思う飾り気のない告白をすると、詩亜は微笑んだ。

「いいわ。付き合いましょう」

あっさりとした返事に拍子抜けして首をかしげる。

一体今まで告白してきた男子と俺は何が違うんだろう。

自分で自分を評価するのも変な話だけど、俺は顔が決していいわけじゃない。強いて挙げるなら父方の遺伝で髪が伸びるのが早いぐらいで、身長は平均、成績は中の下――と何処にでもいるような普通まみれの人間のどこに魅力を感じてくれたんだろうか。

「そんなに簡単に返事していいのか?」

考えても答えがでずに、思わず訊いてみた。

「何か悪い?」

「いやさ、何人も男を振って泣かしてきた人とは思えなくて」

「あら、君も泣かしていいの?」

「そんな趣味はない」

呆れて答えると詩亜は楽しそうに笑った。まるで次にする反応を手玉に取られているような気がする。

「あえて言うなら、相手のことをよく知らないのに告白しちゃう純粋な所は可愛くて好きよ」

そう言ってから詩亜は右手を俺に差し出した。

「君は、私を私として好きでいてくれる?」

また変な質問をされる。

よくわからないけど、つまり詩亜の事を全て好きになれって事だろうか。それ以上の答えが今の自分の中には見つからないまま、俺は詩亜の強く握ってしまえば壊れてしまいそうな、白く細い小さな手を握った。

「約束する」

「ありがとう。未来みく

「えっ、今」

詩亜は確かに『みく』と言った。『みらい』でも『女みたいな名前』でもなく、最初から俺の名前を呼んでくれた。

「いい名前ね。みくって響きが好き……あれ、読み方間違えてたかしら?」

呆気にとられて何も言えずにいると、詩亜が上目遣いで訊いてきた。

「い、いや合ってるよ詩亜」

「そう、ならまずはお互いを知ることから始めましょう」

詩亜の誘いに頷いた時、夜になりかけてる空に完全下校のチャイムが鳴り響いた。

俺達はどちらが先ともわからずに走りだした。

廊下を全力で走り、背後から誰かにそれを注意されるが止めずにいると自然と笑えてきた。

それが何故かは強く握った詩亜の手が、彼女の存在をすぐ近くで感じられるから嬉しくて笑っているんだって気づくまで、時間はそう長くかからなかった。

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