僕と君のレゾンデートル
ヤミー
読書ちゃんとの始動編
プロローグ 春の日和と読書ちゃん
少女達は各々に思いを馳せる。
───ある少女は幼少の頃から親しんできたたくさんの本に。
───ある少女はまだ見ぬ初恋の相手に。
───ある少女は一人の重圧に潰されそうになりつつ、観客に笑顔を向け。
───ある少女は瞼を閉じて、とある家族の身を案じ。
───ある少女は自分が何もできないことに歯痒さを覚えながら。
───ある少女は家柄という呪縛と、それに囚われずに済む平民を妬み。
───ある少女は常に頂点であれという周りからの期待を裏切りまいと自分を律し。
ある少女は、ある少女は───…。
*******
「どうでもいいから早く終わってくれ…」
「次に新入生代表挨拶。新入生代表、
「はい」
壇上に上がる姿は華奢の一言につきる。
高校生では小柄の部類に入るだろう。話す言葉は耳に入らず、俺は気がつけば彼女から目が離せなくなっていた。
体育館から出て教室へ向かって歩いていると曲がり角で誰かにぶつかり、思わず尻餅をついた。
「ったく誰だよ…」
「まったく誰ですか…」
八月一日は尻餅をついた勢いで閉じた目を開くと目の前には同じように尻餅をついた少女が居た。確か彼女は新入生代表の挨拶をしていた小鳥遊悠理だ。
彼はふと彼女の開いた脚を見つめる。男の性、こればっかりはしょうがない。思わず見てしまった後、我に返ると彼女は顔を真っ赤にしていた。
「あ…白い…」
「な、なな、何を見ているんですかー!」
「あいたー!」
パンツを見た八月一日が小鳥遊から平手打ちを受けた事が二人の初めての出会いだった。
*******
平手打ちを受けた頬を擦りながら八月一日は教室へ向かって歩いていた。
「一年生は一階で、クラスは確かA組だったよな」
教室に入ると知り合いと話す奴、新しく友達を作ろうとしている奴など様々だ。人数は六人の六列で三十六人。窓から二列目の一番後ろが俺の席。座ると早速、前の奴が話しかけてきた。
「俺、
「ああ、よろしく。八月一日昴だ」
左の席の奴にも挨拶したところで右の席に誰かが座った。声をかけようと振り向くと壇上で挨拶をしていた彼女が読書をしていた。
「うえっ!?」
いきなり素っ頓狂な声をあげたため、途端にクラスの視線が俺に集まる。勅使河原が上手い具合に言い訳をしてくれたお陰で難を逃れた。
「どうしたんだよ、八月一日ん」
「八月一日んってなんだよ」
「俺、あだ名をつけるのが趣味っていうか。それで隣の子がどうしたの?」
「さっきの入学式の時に挨拶してたなーと思ってさ」
「もしかして、一目惚れしちゃった?」
「ちげえよ。なんていうか、目が離せない感じだ」
「話しかけてみたら? ねえ彼女!」
「おい、馬鹿!」
勅使河原の呼びかけに反応せず、正確には、私に構わないで、という黒いオーラを出しつつ黙々と本を読んでいる。後にこれが読書ちゃんと呼ばれる由縁になるのだが。
「無視しないでよ小鳥遊さーん」
「…何か用ですか」
「八月一日んが君と話したいんだってさ」
「…くそっ」
「八月一日んさん、私に何か用ですか」
「俺には"八月一日ん"じゃなくて八月一日昴っていうちゃんとした名前があるんだ」
「そうですか」
「その本、なんていうタイトル?」
ブックカバーで隠れて見えない本の題名について八月一日が質問したが、小鳥遊は読書の時間を邪魔されて少し気がたっているように見える。
「教える理由がありません」
「そんな事言わずに。あ、その鞄についてる小さいのって本?」
「何故見えるのでしょうか…」
「えっ?」
「何でもありません」
彼女の机の横に引っ掛けられているリュックサックには、ストラップなのか縦が五センチメートル横が三センチメートル程の小さな本がつけられている。
その本に触れようと伸ばした八月一日の右手は小鳥遊の左手に叩かれた。一瞬、真冬の水道水に氷をいれてその中に手を入れたような、酷く冷たい感覚に襲われて思わず手を引っ込めた。
「触れていいと私がいつ言いましたか? …勝手に触れるなんて無礼だと思います」
八月一日の右手には叩かれた衝撃、そして彼女は彼に一瞥した後に本の世界へと視線を戻した。
これが八月一日昴と読書ちゃんこと小鳥遊悠理と二回目の出会いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます