太陽系学園の叛乱―赤毛の"カリスマ"貴族令嬢が婚約者!?

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太陽系アカデミー立つ!

第1話 大貴族令嬢リア・シャノン

――汎銀河帝国歴212年7月……昨年まで起こっていた奴隷解放を掲げた辺境植民地の叛乱が鎮圧され、今年は平穏な年になるはずであった……


「わたし達は、汎銀河帝国パン・ラクティウス・オルビス・インペリウムに叛乱を起こす!」

 檀上に仁王立ちの赤毛の少女がいきなりそう叫んだ。

 さらさらとした赤毛は長く腰まで波打ち、大きな瞳がきらきらと輝いている。

 艦隊要員教育のために設立された太陽系学園アカデミーの白っぽい制服にすらりとした体が収まり、規定より短いスカートからまぶしい白い足がのぞいている。

「わたしはリア・シャノン! あなた達はその要員だからね!」

 澄んだ声が学園の講堂に響き渡った。

 サトル・ユダは思わずのけぞった。

「以上!」

 そうして彼女はさっさと檀上を降りて行った。

 後を引き継いだ老紳士然とした白髪に白ヒゲの「学園長」が何事もなかったかのように淡々と行事を続けている。しかしサトルの耳にはさっぱり入ってこない。


(あの汎銀河帝国パン・ラクティウス・オルビス・インペリウムに叛乱だって!?)

 そんな事口にしたのが秘密警察セクレトゥム・ウィギレスにでもバレたらとんでもないことになる。よくて死刑。悪ければ拷問を受けた上での処刑だ。


「面白れぇじゃねぇか……」

 ぎょっとするような言葉が隣から聞こえる。

 見ると、健康そうな浅黒い肌をし、黒い髪の毛をピンと立たせた青年が目を輝かせている。若干年長に見えるが、何と単純な奴だ、とサトルは思った。彼を凝視していると、目があった。彼はニヤっと笑った。

「よう、オイラはダン・リコってんだ。土星の鉱山専門学校から転入してきた。よろしくな」

 屈託のない笑顔。土星の鉱山といえば劣悪な環境で有名だ。

「あぁ……俺はサトル・ユダ。木星の商業科からだ」

 ダンの差し出した手をしっかりと握る。


 そうこうしている内に、「校長」の話は終わったようだ。

「とりあえずクラス割でも見に行かねぇか?」

 貴族達の学校では当然、1人1つづつ学習用の端末が配れているので、そこでさまざまなことを確認できるらしい。しかし庶民や奴隷の通う学校ではそんなものはないことのほうが多い。例外的にサトルの通っていた商業科学校では、庶民といっても富裕な父兄も多く、寄付という形で配布されていた。しかしこの太陽系学園アカデミーでは、このご時世にずいぶんとアナログだが、何と紙で貼りだされているという。

 

 講堂からはぞろぞろと生徒たちが出ていく。

 サトルとダンはその流れについていった。

 講堂の外はフェイクだろうが石畳と、人口芝生が広がっている。

 外に出るとずいぶんとまぶしい。頭上遠くにある超々強化積層ガラスのドームを通して、宇宙空間、そして太陽、青々とした地球が見えた。

(地球に来たんだな……)

 サトルはそう思った。

 通常、庶民や奴隷は生まれた星から外に出ることはできない。唯一の可能性は宇宙軍に入隊することだ。帝国の正規軍はハードルが高いので、一般的には貴族の私兵などの準宇宙軍に入隊する。そこを卒業して兵役を10年こなせば「自由市民」となることができる。

 自由市民にさえなれれば、少なくとも居住の自由、職業選択の自由、結婚の自由などを手にすることができる。そうでなければ職業や結婚すら選択肢は限られてしまう。それが汎銀河帝国歴212年の現実なのだ。

 10年兵役につきさえすればその後の自由が手に入る。10年経っても三十路前だ。十分人生を楽しめるはずだ。


 だからサトルは木星の商業科から、帝国貴族の艦隊の要員教育のために新設された太陽系学園アカデミーに移ってきたのだ。設立されたばかりで、汎銀河帝国パン・ラクティウス・オルビス・インペリウムで名だたる提督や将軍、時には元帥を排出したシャノン家によるものらしい。これまで太陽系には存在しなかった宇宙軍の学校を作ったということで、太陽系中で生徒を募集していた。試験は実に奇妙な要素もあったが、先月合格通知と地球の衛星軌道上にある「太陽系学園アカデミー」へ向かう船のチケットが届いたのだった。


「おい! サトル! あれ見ろよ!」

 ダンが大声を出して頭上のドームを指さしている。

 周囲の生徒たちもざわついていた。

 何か黒々としたものがまぶしかった光をさえぎっている。

 

 いや、黒いわけではない。

 あまり光を反射しないよう、落ち着いた塗料を一面に塗られた巨大な高層ビルのような形状のものがドームの々強化積層ガラスの向こう側にいる。シンプルで民間船よりも小さいが、様々なセンサーがとりつけられ、重厚な雰囲気の船。まさしく軍艦だ。それが巨体をゆっくりと回転させながら通り過ぎてゆく。だいぶ速度が遅いので、この太陽系学園アカデミーに入港するつもりかもしれない。

「ヒャー! あれはペガサス級巡洋艦ですね! 総トン数55000トン、全長320メートル!」

 誰かが頓狂な声をあげている。

 さらさらの金髪の背の高い少年だ。

「おぉっ! ケンタウルス級強襲揚陸艦も!? 総トン数12万トン、全長……」


 後続する艦艇がさらにいくつか見えた。5隻はいるのではないだろうか。さらに奥から巨大な影が近づいてくるのが見える。あきらかに大きすぎるので、戦艦クラスか貴族の使うような豪華船舶だろうか? あれはこの学園にも入りきらないので単にドッキングするだけか、月にでも向かうのだろう。

 ダンがひゅぅっと口笛を吹いた。

「こいつぁすげえな……土星の鉱物輸送船よりもなんか強そうに見えるぜ」

 サトルは無言でそれらを見つめた。確かに民間船舶とは違う、何らかの偉容を感じる。

 人工芝の上の生徒たちはそれらが通り過ぎるまで茫然と見送っていた。

「……そろそろ行くか」

 まだ茫然としているサトルをダンがうながす。サトルはうなづいてダンについていった。

 

 講堂を出て石畳の道をゆくと、学園の上層階から下層階まで行き来するエレベーター塔に出る。

 講堂があるのはたっぷりと広さがとられた芝生地帯と簡単な森、人口湖で構成された最上階だ。

 古の言葉で、TDトーキョードーム10個分という話だが、サトルにはいまいちピンとはこない。サトルの通っていた

 ここから下層に降りれば学園施設層、居住層、兵器などの格納庫、学園専用の宇宙港がある。

 この太陽系学園アカデミーは地球の軌道上を巡るステーションの中でも最大規模だ。

 地球といえば、つい最近何かの軍功をたてたとかで、帝国に名だたるシャノン伯爵に褒美として与えられたというが……。

(……ん? シャノン……?)

 ふとサトルの脳裏に先ほどの檀上にいた赤毛の少女の顔が浮かんできた。

 あの赤毛の少女はリア・と名乗っていなかったか?

 まさか……。

「おい! サトル、なんかすげーぞ!」

 思考にふけっているとダンが大声を出した。

「何がだ?」

「ほらこれ!」

 ダンが指差した方向には、最近珍しい「掲示板」があり、本物の紙が貼られている。

 クラス割と、それとは別に「生徒会名簿」やらいろいろなものが貼られている。どうやら部活もあるらしく、フットボール部、水泳部、チェス部などが並んでいる。生徒名が書いてあったりなかったりするのは、何らか推薦の生徒がいるのかもしれない。「募集中」と書かれているものもある。

 その中にひとつ、通常の紙ではなく羊皮紙らしきものが異彩を放っている。

 羊皮紙の上部に汎銀河帝国パン・ラクティウス・オルビス・インペリウムの紋章である12個の星アルマゲストをかたどった印章が押されている。

 その下に帝国の東方辺境公爵の紋章であるグラディウス。その横にアクイラのマーク。

 これは東方辺境公爵領に所属する貴族ということを示している。

 ……シャノン家の紋章だ。

 太陽系がシャノン伯領地になるにあたって、さんざんテレビネットワークで放送されたので誰でも知っている紋章だ。


 ――以下の生徒は本校理事にして本校生徒会長、本校生徒であるリア・シャノン直轄の「参謀部」に所属すること。

 参謀部 部長 リア・シャノン

  

 部員 アーサー・ホフマン

 部員 エリカ・コーカ

 部員 ウージン・ヤン

 部員 ダン・リコ 

追加募集するかどうかについては続報を待つこと――


「どうやらオイラ達、あの御嬢さんと一緒に何かやるらしいな」

 ダンがパチリとウィンクをした。

「……どうやら、そうらしいな……」

 サトルはやっとのことでつぶやくのが限界だった。


「ちょうどいいところに居たね!」

 そして背後から急に大声がする。

 そっと振り向くと、燃えるように赤い瞳と、さらさらの赤毛が目に入る。

 リア・シャノンだ。

「じゃ、行こっか!」

(どこへ?)

 という間もなくサトルとダンは首根っこを掴まれてしまった。

「もちろんこっちだからね!」

 どこからともなく黒服の男たちが現れ、サトルとダンを抱きかかえる。

 そしてあっという間にどこかに連れ去られてしまったのだった。



 





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