ジョニー・ザ・サラリーマン(改訂版)
マツダ草介
第1話 mmm……skyscraper I love you
今日もニューヨークのマンハッタンに朝がくる。
午前5時に目を覚ました私はおもむろに上半身を起こすと、眩しいくらいに輝いている朝日と対面した。
「今日も朝日が泣いてやがる……」
私はコーヒーメーカーから一杯分のエスプレッソを作ると紙コップに移して軽くすすった。
私の名はジョニー。ジョニー・ヤングマン。
生まれも育ちもニューヨークのハーレム街。ごく一般に進学して就職して今に至る。特に変わったことのない平凡なリーマンさ。
全身鏡の前に立ってみる。私の全身が映っている。金髪けつあごフェイスは今日も健在だ。
上半身には何もまとわず、下半身にブリーフのみ。
寝るときはいつもこの格好だ。これが一番安眠できて、寝起きもいい。
ブリーフはマンハッタン6番街のアーケードにあるブリーフショップ「We are The pantu」で購入したものだ。肌触りがよくて安くて長持ち。
13歳のころから私はブリーフ一筋だ。
今日も朝から仕事の時間。ラジオの電源をいれ、トーストを二枚焼き、ベーコンエッグを作った。
ラジオからはQueenの「地獄へ道連れ」が流れている。
朝からロックというのもなかなかオツなもんだ。
フレディマーキュリーの高音ボーカルが耳に心地いい。
トーストをかじり、ベーコンエッグを口の中に押し込んで朝の食事を終えると、私は仕事用のスーツに着替えた。
私は駐車場のミニクーパーのドアを開けると運転席に座った。エンジンをかけるとカーラジオが流れた。
Underworldの昔の曲が流れている。
私も昔アンダワ聴いてクラブで踊ったものさ。
そして偶然知り合ったセクシーなギャルとねんごろになったこともあった。
感傷に浸りながら運転を続け、ミニクーパーは職場のある6番街へと進んだ。
クルーガーブレント社。私がここに勤めて3年は経つ。
仕事内容に不満はないし、職場も個性豊かなユニークな連中ばかりだ。何らかの理由、たとえばアパートが火事で全焼して全財産を失った、なんてことがないかぎり私はここで勤務を続けるだろう。
職場のあるビルの3階までエレベータで向かった。エレベータで同僚のキャサリンに出会った。
「ハァイ、ジョニー。グッモーニン」
「ハイ、キャサリン」
キャサリン・イーストウッド。私と同じ職場に勤める素敵な女性だ。
ブロンドの髪をなびかせてたわわに実った胸を強調したデザインのスーツを着ている。
ヒップも大きく可愛らしい。
目は大きく、青い色。あきらかに付けまつげとわかる長いまつげは、少し顔を近づけただけで刺さりそうだ。
「ねえジョニー、あててみましょうか?」
「何をだい?」
「今日のあなたの下着。グンゼの白ブリーフでしょ?」
「おっとこいつはたまげたな。なんで一発でわかったんだい?」
「明け方望遠鏡であなたのアパートの部屋覗いてたのよ」
「おいおい、きみはストーカーかっつうの」
そんな小気味のいい会話を続けているうちに職場のある階へと到着した。
クルーガーブレント社は少数精鋭のベンチャー企業だ。
役に立たない100人を雇うよりも仕事のできる10人でかまわない、というのが社長であるジム・モーリンソンの格言だ。
社長のジムにあいさつをすると、ジムは口ひげを指で引っ張りながらにこやかな表情をした。
「おいおいジョニーとキャサリンったら一緒に会社到着かい?まるでカップルみたいだな、すでにデキてちゃったりしてたり?ヒューヒュー」
「もうジム社長、セクハラならあなたの奥さんにだけしてなさいよ」
キャサリンの非情な言葉に、ジムはしてやられたりといった様子でしょんぼりした。
「うちのカミさん、あんまり相手にしてくれなくなっちゃってな……日本テレビアニメのキャラにすっかりはまってるんだ」
「中年更年期の悲哀ってやつね。悲しい気持ちはわかるけど社員の私たちに一切迷惑はかけないでね」
キャサリンは思ったことをズバズバ言う。それが彼女の魅力であり欠点だ。
少なくとも私はキャサリンのあけっぴろな部分にある種のセクシーさを感じる。
「いやあ遅れちゃってすまんねぇ~!道混んでちゃってね」
最後にやってきたのはミッチだった。ミッチ・ラングレン。
小太りの憎めない男さ。半径3メートル以内に近づくとなぜか酸っぱい香りがする。
その体臭はなんとかしてほしいが何度いっても「これがワイの芸風やねん」と頑なに消臭を断る。
私は自分の席につくと、置かれていた書類に目を通した。書類の文面は、なぜかすべてタンザニア語であった。
私はそれぞれ自分の仕事をおこなっている同僚たちに訊いた。
「この中でタンザニア語できる人、挙手」
室内にしん、と静寂が下りた。当然だろう、タンザニア語が堪能なら今頃タンザニアの観光ガイドにでもなっているのだから。
一時だけ間を置いて、キャサリンが挙手した。
「ワオ、キャサリン、タンザニア語できるのかい?」
「日常の会話くらいなら平気よ」
「この書類、文面が全部タンザニア語なんだ。タンザニア人から仕事の依頼か?」
ふんふーん、と鼻歌をうたいながらキャサリンは一通り目を通した。
そして言った。
「ジム社長、タンザニアに愛人いるの?」
ミスター・ジムはどきっとした顔で椅子をひっくりかえした。
「なぜそれを……そのことは私と彼女しか知らないはず……」
「しかも愛人さん、出産したそうよ」
「WHAT!?」
結局、私の机にあった書類は、すべて謎のタンザニア人女性からジム社長へのラブレターだった。
午後の5時をまわり就業時間が過ぎた、私たちは職場の仲間たちに別れをつげて退社した。
帰りもミニクーパーでまっすぐな道をとばす。ふいに左に目をやると綺麗な橋が装飾されてキラキラしていた。
あそこに爆弾落としたらさぞかし大騒ぎだろうな、なんて妄想をしているうちに私のミニクーパーは自宅の駐車場へとたどり着いた。
少しネクタイをゆるめて、マンションの自室へ急いで帰った。途中で便意をもよおしたからだ。
「あー漏れちゃう漏れちゃう」
股間を両手でうずめ、内股状態でようやく自室に到着。私は快便をした。
『ブボボッ!ズリュッ!ズババー!』
すっきり健やかな気分に浸った。
玄関のドアをガンガンと叩く音がする。こんな時間にセールスマンか?それともストーカー?
私はズボンをあげるのも忘れて玄関のドアをあけた。
「もう~社長サーン、置いてかないでぇ」
よく見知った顔の女がいた。妹のキンバリーだ。私とは似ても似つかぬ浅黒い顔をしたピチピチギャルだ。
「社長サーン、早く結婚シタイよ、奥さんと別れてヨ。アッそんなとこさわって社長さんスケベー……ってあれ?お兄ちゃん☆!?」
「なにが『社長サーン』だっつうの!実の兄と社長サンを見間違うの、酔っ払っててもやめてくれよ」
キンバリーは今、ちょっとしたプライベートな事情で、フィリピン人をよそおってフィリピンパブで働いている。
自宅は私の部屋の2軒隣だがしょっちゅう飲んだくれては私を社長サンと間違える。
「お兄ちゃんゴメン~☆今日狙ってた社長サンにしつこく迫ってたら結婚の話がでてきて思わず祝杯あげちゃったの☆」
「で、結婚の予定は?」
「それがダメダメー。。。彼ったらシャイなのかな、やっぱええわっていわれて店でてっちゃった」
シャイだったら最初からキンバリーに結婚話なんか出さないと思ったがまぁいいか。
「ほら、君の部屋は2軒先のとこだ。表札に”キンバリー”書いてある
じゃん」
やれやれ、と私はスーツを脱いでブリーフ一丁になり、片手にワインの入ったグラスを傾けながら明日の仕事について考えた。
結局今日仕事でやったのはタンザニア人のジムへのラブレターをみつけたことだった。もっと会社の業務拡大に貢献したい。
というか誰がなんのためにあんなものを私の机に置いたんだろう……。
考えているうちにうつらうつらしてきてワインを飲み干した私はゆっくりと夜の夢の世界へ入っていった。
タンザニア人女性とキンバリーが金持ちそうな男を奪い合う夢をみた。
to be continued……
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