はっぴーえんど

慢心工房

一限目「アンパン」

「遅刻、遅刻ー」


 そう口ずさみながら走り去ってゆく少女の名前は”原絵里田”、花も恥じらう可憐な女子中学生であり、私のクラスメイトだ。ちなみに今は昼休みで、また彼女が昼休みから登校したわけでもない。なぜ遅刻などと言っているのかは不明だ。

 ではなぜ彼女が走っているのかといえば、それは食堂にて新発売な”一日三十個限定大人気焼きたてアンパン”を買うためだ。アンパンは早い者勝ち、名前に違わず大人気なため少しでも遅れれば購入は難しいだろう。そして先ほどの授業では先生が1分ほど延長してしまった。1分など誤差の範囲だと思うのだが、アンパンを求める者たちにとっては明暗を分ける1分なのだろう。


「なんだ、案外遅刻でもあってるのか。」



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「きり~つ、礼、 ありがとうございましたー。」


 4限終了のチャイムがなった、やっと先生が授業を締めにかかる。授業終了予定時刻から遅れること1分18秒、日直の号令とともに授業終了勝負開始。今日は食堂で随分と出遅れてしまったけどまだまだ取り返せるはず!

 上体を起こしつつ振り向き、右手で椅子を除け進路を確保、振り向き終わるころには右足が一歩目を刻む。このとき忘れず安全確認・・・よし、進路上に人影なし。ここで焦ってはいけない。誰かに、あるいは何かにぶつかってしまってはそれこそ取り返しのつかない大きな時間のロス。安全第一、誰よりも早く食堂へ行くそのために。

 隣の席であきれ顔でこちらを見ているのは重土井薫、私のクラスメイトだ。授業中は寝てるくせに意外と成績は良い。なんでよ!!

 いや、いまはそんなことより急がなきゃ。アンパンが食堂で私を待っている。ほんの少しでも遅刻したらあの子には出会えない。


「ちこく、ちこく~!!」


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「・・・よって、二辺とその間の角がそれぞれ等しいため⊿ABOと⊿DEOは合同であるっと、ここまでわからないやつはいるか?・・・」


 まるでやる気の感じられない質問、生徒からの反応もなし。誰も聞いちゃいないんだ。授業終了まであと5分しかないってのに、問題はまだ5問も残ってる。とくに今日が”一日三十食限定焼きたてアンパン”の発売日だって知ってるやつは。となりの女子なんてもう十分も前からそわそわしてる。いや十分どころか、さっきの休み時間に新発売のアンパンの話してからずっと目がキラキラしてる。しかも立ちやすいようにか椅子をちょっと斜めにしてやがる。どんだけアンパン食いたいんだ。食い意地張りすぎだろう。黙ってりゃ結構かわいいのに。

 まぁんなこたどうでもいい。俺は弁当だし、はやく授業が終わってくれればそれでいいんだ。うん。

 と、言ってる間に終業のチャイムだ。さすがに先生も焦りだした。というか全く時計見てなかったのか、計画性なさすぎだろこのおっさん。あと4問も残ってんじゃねえか。どうすんだよ。困ったら宿題にすればいいとか思ってんだろこいつ。


「きり~つ、礼・・・」



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「で、それが件のアンパンと。」


「そう! ”一日三十個限定焼きたてアンパン”!! あんなに急いでいったのに並んでる人たくさんでびっくり! 順番くるまで心臓バックバクだったよ。」


「そこまでするほどなのかな。アンパンでしょ? フツーのと何か違うの?」


「薫ちゃん、その発言は全校の食堂パン工房ファンを敵に回しかねない発言だよ。取り消したほうがいいよ。あとこれから帰り道に気を付けてね。」


「また物騒な。」


「それだけ人気なんだよ! 食堂のパンは! 新発売ともなればもう一大イベントだよ!」


「その割には他の人全然買いにってる様子ないけど、実はそんなに人気ないんじゃない?」


「薫ちゃん! 薫ちゃん薫ちゃん!!」


「なにさ」


「今日は帰り道に気を付けてね。」


「怖いよ。なんでアンパン一つでそんなに物騒になれるのさ。」


「あのね、このアンパンの発売日は公式には発表されていなかったんだよ。まだ試作段階だから発売はしばらく先って話だったんだよ。私も今日の3限が終わった後にやっと情報を入手したばかりだったんだよ。にも拘わらず! にも拘わらずあの行列。本当に危ないところだったんだからね!!」


「わ、わかったよ。だから落ち着いて。まずは椅子座って。」


「ごめん、つい。」


「でもじゃあ、里田はどこからその情報を聞いたの?ファンクラブとか?」


「それがね、今回はファンクラブにも情報が回ってなくてね。なんて言ったっけあの子。」


「ファンクラブはあるのか.........って、あの子?」


「そう、となりの席の男の子から教えてもらったの。だれだっけ」


「まだ学年上がって2週間とはいえ、となりの子の名前ぐらい憶えときなよ」


「うー、人の顔覚えるの苦手で...まだほとんど話したこともなかったし。」


「あとでお礼言っときなよ。」


「はい。」



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(堀地正太だよ。アンパンの話したときにも言ったじゃん.........いや別に気にしてないけどさ)



(.........はぁ)

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