三、レムルスで一番立派なホテルの問題はベッド
うーん……ボロい?
あたし達はデュフォンさん曰くの『レムルスで一番立派なホテル』に到着した。
一階のほとんどは雑貨屋になっていて、ほんの小さな間口でホテルのフロントをやっている。
ホテルが雑貨屋をやっているのではなくて、町の中で一番大きな建物の雑貨屋がついでにホテルをやっている感じ。
この町で唯一の三階建てだもんね。
あとの建物は全部二階建てか平屋。
くるりっと周囲を見回すと、小さなお店がちまちまっと集まっている。
確かに、他にホテルっぽい建物が無い。
いや、ちっちゃい旅館をついでにやっているパン屋さんはある。
あとは、やっぱりついでにやってるお菓子屋さん。
この三軒の中だと、ここが一番立派なホテルと言えるわね……確かに。
「こんにちはー」
あたしはにこにこしながらチェックイン。
お金はグリーン様に出していただく。
三階の一番良い続き部屋は、調度は古いものの、掃除は行き届いていた。
「やったー、綺麗なシーツのベッドぉ」
ごろごろ〜。
「ベッド、ですね」
「俺は平気だけど、ベッドだな」
グリーンとブルーが互いに顔を見合わせている。
「何が不満なの?」
「スリープポッドがありません」
あ、そこね。このお坊ちゃんめ。
『スリープポッド』、『睡眠カプセル』、呼び方はこの二つがメジャーな寝具。
寝具といっても円筒形の金属カプセルで、中に入ると使用者の脳波や心拍、体幹の状態、リンパの流れなどを測定し、マッサージ機能なんかもついていて、適切な睡眠を促してくれる。
睡眠時間は使用者によって変わり、カプセルのタイマー終了まで寝れば気分爽快、体力回復、睡眠時間管理が出来る便利な道具なんだけど、それなりのお値段がするので辺境で見かける事は滅多にない。
あたしも、故郷のクリニックに置きたくて金額を問い合わせたんだけど、値段とメンテナンスを確認して挫折した。
当然のあたし達のお船にも搭載されている。
故障やメンテナンスの都合があるとか何とか、グリーンは適当な理由をつけて六台も設置している。
予備でも何でもない、単に贅沢なだけ。
ベットや布団で寝る場合、やはり六時間以上の睡眠時間がいるけれど、カプセルならあたしで四時間、グリーンは三時間、ブルーは一時間半、レッドちゃんに至っては二〇分で終了する。
しかもみんな並んでおやすみなさいなんて馬鹿馬鹿しい事はしない。
最低でもトラブルに対応出来る様に、同時にカプセルを使うのは二人までにしている。
六台も設置しているのは、単にグリーンがどんなときでも確実にカプセルを使いたいだけ……それが本音に違いない。
ふとベッドを見ると、レッドちゃんが転がっていた。ごろごろ〜。
目と目が合う。
「おもしろい」
……いや、それ寝具ですし。
「元々、人間は明るくなったら起きて、暗くなったら寝る生き物なのよ。夜に起きているのは、夜にお仕事をしている人や、その方が都合の良い人達なの。大体グリーンは睡眠カプセルのお値段を知っているの? そしてメンテナンスにもお金がかかり、電力も使うという事を。辺境の電力事情は中央と違うの。ベッドは壊れにくいし、何だったら布団だけで床で寝たって……」
「わかりたくありませんが、わかりました」
何やらしょぼんとした表情のグリーン。
「いくら嘆いても現状は変わりませんし、任務ですし。でも、僕の心配聞いてくれますか? 是非、ドクターのピンクさんに相談したいんですよ」
「つ、い、に、あたしの優秀な能力に平伏したのね。大丈夫、おっけー、聞きましょう」
「平伏してはいませんが……まあ、いいです。僕が知りたいのは、ベッドを使った場合に僕が必要とする睡眠時間と、使用方法です」
「は?」
「ですから、どうやって寝るのかと、何時間何分寝たらいいのか教えてもらえると助かります。睡眠導入システムがどうなっているのか? 体調管理システムはどこにあるのか? 起床誘導システムはどのパターンなのか、最低でもその辺りは知りたいのですが」
そこか。そこからか。
「すっごく、激しく、悲しいほどに、ローテクよ。グリーンからすると」
真剣な顔でうんうんと頷くグリーン。
「僕、そんなんじゃ眠れません、うわああん、とか泣いちゃう位かもよ?」
「何で僕が人前で泣くんですか? そんな恥ずかしい事はしませんよ」
この前、あたし達の
グリーンにとってお船は特別だから、ベッドごときと比べるのはあれだけど。
とりあえずあたしは説明のためにレッドちゃんの隣に寝転がった。
うはー。らぶらぶぅ〜。
「まずはごろんと寝転がります」
「はい」
神妙な面持ちであたしを凝視するグリーン。
「それから目を閉じます。後は眠くなるのに任せます」
「そこで睡眠導入脳波システムが働くんですね」
「そんなものはありません」
「え?」
「何の刺激も無ければ、あなたの脳が外部干渉は無いんだと諦めて『僕疲れちゃったから眠るよ』という命令を出しますから、そのうち自然に眠れます。黙って、呼吸を整えて、静かに、自分の眠りにつくための力を信じて、そうすれば自ずと道は開けます。ぐっどらっく!」
あ。グリーンやっぱり固まった。
「ついでに言うと、体調管理も起床も何もフォローしてくれません。ただ平で、体が痛くないだけです。眠るというのは、基本的にシンプルなものです。効率を考えなければ。そして辺境では効率という事は優先されないのです。お金とか、技術とかの問題で」
ぴくりとも動かないグリーン。再起動するのかしら、これ。
「そういえばグリーン。俺の荷物に簡易睡眠システムセットが入ってるが、使ってみるか?」
びくうっっっ。
ブルーの言葉に反応して、グリーン、ゆらぁりと揺れながら再起動。
「見せて……下さい」
「前線用のベルトタイプだ」
ブルーは剣呑アイテム満載のバックパックから、小さな機器がついたハチマキタイプの睡眠バンドを出した。
あ、あれカタログで見た事ある。
とにかく余分な機能を削ぎ落として、睡眠導入と起床サポートと必要睡眠時間出してくれるやつ。
確か必要睡眠時間が取れなくても、時間優先で起こしてくれるシステムもついてる実戦ばりばり用。
「良かった、これで眠れます」
お坊ちゃんめー。
「僕、これ使ってベッドで寝ます」
「ブルーはどうするの?」
「寝る時間をずらす。どうせ夜は警戒が必要だからな」
ありがとうブルー。
あなたの職務に忠実な心が、あたしの平穏をレッドちゃん達のついでとはいえ守ってくれるのねっ。
目つきと性格と口は悪いけれど、腕だけは良いんだから。
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