一五、信じるものはプライドと驕り、そして墜落して爆発する

 勝算はある。

 ていうか、勝ち目のないことに命を賭ける趣味はあたしにはない。


 理詰めで立てた作戦じゃないけど、あたしには自信があった。

 女の勘……そういうものとは少し違うけど、いままで任務の中で見てきたこと全部ひっくるめてざっくりと割りきってみたら、なんとかなりそうな予感がしたのだ。


 落ち着いた足取りで、あたしはブルーに近づいた。


「……何を……している……逃げろ、早く!」

 ブルーは相変わらず自分自身の身体の制御システムと戦っていた。


 ブルーの意思に反し、ヒートバスターがエネルギー臨界の状態になっている。

 少しでも気を緩めれば、その灼熱がレッドちゃんをホバーカーごと蒸発させてしまうだろう。


「痛いと思うけど、ちょっとだけ我慢してね」

 あたしはブルーのもげかけた左腕に手をのばすと、かろうじて肩とつながっている人工筋肉を電子メスで切り落とした。


「ガッ!」

 苦痛でブルーの喉が機械的な嗚咽に震える。


 あたしは素早くブルーの左肩の切り口から神経回路ケーブルを引き出した。

 それはきらきらした白色のほっそいファイバー線で、本物の人間の神経のように繊細だった。


 あたしはホバーカーから持ちだした応急用のケーブル線を、ブルーの神経の一つとつなぎあわせた。


「よし。次はあっちね」

「何を……する気だ」


「もう少しだけ頑張っててね」

 あたしはバトロイドさんの方に向き直った。

「あっちの神経とつないじゃうから」


 バトロイドさんはちょうどあたしとブルーの脇を通りすぎようとしているところだった。

 右の脚の膝から下が吹っ飛んでいて、左脚は焦げた煙を立ち上らせている。

 うまく歩けないからだと思うけど、破損した両腕で地面を這うようにして、ずるずるとホバーカー目指して進んでいる。


 思った通り、あたしやブルーには、見向きもしていないみたい。

 多分だけど、『レナ4』がバトロイドさんに組み込んだ行動命令プログラムはレッドちゃんだけを狙うように設定されているのだろう。


 あのとき『レナ4』は、あたしのことを低レベル職として見下していた。

 ネットランナーは全銀河の中でも最上級職。

 だから他の職種の人間のことなんて眼中にない。


 そのプライドと驕り、それをあたしは信じていた。

 バトロイドさんにあたしが近づいても、彼女のプログラムはあたしのことを気にしないだろう。

 そもそも辺境の医者ドクターごときがバトロイドを相手に何かができるはずがない……彼女ならそう思い込んでいるに違いない。


 あたしは悠々と背後からバトロイドさんに近づくと、彼の右脚の傷口からのぞいている神経回路を引き出した!

「今よ! レッドちゃん!」


 あたしがブルーとバトロイドさんの神経回路をつなぐと同時に、レッドちゃんはホバーカーのコンソールにつないでいたケーブルを引き抜いた。


 レッドちゃんはホバーカーの通信チャネルで宇宙船マクスウェルと接続していた。

 宇宙船の制御システムを巡る『レナ4』の電子戦、そこからレッドちゃんは離脱したのだ。


 今や完全に『レナ4』の支配下に落ちた宇宙船マクスウェルは、その船首を斜め下に向け直すと徐々にその高度を落とし始めた。

 ……と同時に、今まで臨界状態のままだったブルーのヒートバスターがひゅるひゅるという音を立ててクールダウンする。


「制御システムが……戻った」

「ブルーはレッドちゃんをお願い!」


 あたしの目の前で、全身ぼろぼろのバトロイドさんが顔面から地面に倒れこんでいた。

 レッドちゃんの全力のデータ干渉、それは一瞬にしてブルーと、それにつながっていたバトロイドさんのシステムを『レナ4』の支配から解放したのだ。

 いくら入力回路を閉じていても、神経回路から直接侵入されればレッドちゃんに抗う術はない。


 あたしは突っ伏しているバトロイドさんの頭部にそっと手を当てた。

 小さな電子音の混じった脈動が、手のひらから伝わってくる。


 ……良かった、生きてる。


「ブルー! この人も一緒に運んでちょうだい!」

「お前は何を言っている?」


 ホバーカーからレッドちゃんを連れ出したばかりのブルーが、ぽかんとしたような目であたしを見ている。


「このままここにほっといたら、死んじゃうでしょ?」

「死ぬんじゃ無い。機能停止だ。そいつはバトロイドだ。元々生きていない」

「うっさい! 生きてる生きてないって、誰が決めてると思ってんの?」


 あたしは目の前の、帝国定義で言う所の『ほとんど機械だけどぎりぎり人間』のコマンダーを睨みつけた。


「帝国法だろ?」

「法なんてどうでも良いのよ」


 あたしは女性的魅力には欠けるものの、可愛らしさを引き立てる、少々寂しい胸をぐっと張った。


「あたしが決めるの。命を守るドクターのあたしが。心臓が動いてたら、脳波が動いてたら、あたしが生きてると決めたら、その人は生きてるの。あたしの瞳がピンクのうちは、目の前で死者は出させないわ。これはあたしの医療者としての矜持よ」


 あたしは応急用のアンプルを『あたし基準で重症』の怪我人に投与した。

 ……うん、これでしばらく大丈夫。


「よぉし、それじゃあレッツゴー!」

「だがよ! こいつを連れてちゃ逃げきれねぇぞ!」


 右小脇にレッドちゃんを抱え、後ろにあたしを背負って、ブルーは走りだした。

 ……バトロイドさんを右手で引きずりながら。


 文句は言ってるけど、さすがに速い。

 どれだけ力が出るのよ、そのコマンダー用アームは。


 そんなあたし達の背後で、宇宙船マクスウェルがまっしぐらにホバーカーめがけて突っ込んでくる。

 墜落まで、恐らくあと一〇秒。


「くっそ! このままじゃ墜落の衝撃に巻き込まれて、ただじゃすまねぇぞ!」

「大丈夫だからブルー! あたしを信じて! 今はとにかく走って!」


 八、七、六、……。


 あたしはブルーの背中から、背後の海辺を振り返る。

 どうやらグリーンはちゃんと観光客を海辺から避難させたみたい。良かった。


 大質量の鋼鉄のかたまりが落下する風圧が、周辺の地面を震わせる。

 吹き飛ばされそうになりながら、それでもあたし達は前へ進む。


 三、二、一、……!


 次の瞬間、あたりを真っ白な光が覆ったかと思うと、遅れて盛大な衝突音があたし達を襲った!

 地面が上下に激しく揺れ、足を取られたブルーが弾かれるようにして芝生に倒れこむ。


 瞬間、ブルーの身体があたしとレッドちゃんを爆風からかばうようにして身構える。

 背中を、芝生の湿った感覚がかすめる。


 ……。

 だけど、いつまで経っても爆風は来なかった。


「どうなってやがる……?」

 あっけにとられたような口ぶりのブルーに、レッドちゃんがその冷静な視線を後ろに向けた。

「……間に合ったから」


 そこには、見慣れた宇宙船があった。

 きらきら輝くシルバーメタリックのボディに、特徴的な緑の輝くライン。


 あたし達の宇宙船おふねだ。


 そう。あたしがレッドちゃんに頼んで、宇宙船をここに呼んでもらったのだ。

 ブルーとバトロイドさんのコントロールを制圧した後すぐに。

 『レナ4』が宇宙船マクスウェルを落とすことに熱中している間に。


 宇宙船マクスウェルが墜落して爆発する瞬間に、あたし達との間に割りこむようにして着陸させる。

 宇宙船が盾になってくれたから、あたし達は無事だった……そういうわけだ。


「それにしても本当に一〇秒きっちりで飛んできてくれたのねー」


 ちょっとでも遅かったら、あたしの命が危なかった。

 ありがとうグリーン。ありがとう量子エンジン。


 ……宇宙船の向こう側のビーチは爆発炎上で火の海だけど。

 あと、あたし達の宇宙船も爆風に晒されてかなり壊れちゃっただろうけど。


「ぎゃあああああああああああああ! ぼ、僕の宇宙船ふねが! シュレディンガーがぁっ!」

 唐突に、あたし達の背後から誰かの叫び狂う声が響き渡った。


 いつの間にか、そこにグリーンがいた。

 どうやら観光客を避難させた後、あたし達のところに戻ってこようとしていたっぽい。


 ていうか、あたし達のお船ってそんな変な名前だったのね……。


「あああああああああああああああ!」

 滂沱の涙を流しつつ、口から『あ』の字を漏らし続けるグリーン。


 あたしはポーチから精神安定剤のアンプルと皮膚吸収式の注射器を出す。

 注射器に安定剤を入れて……。


「えいっ!」


 ぷすりっ。

 グリーンの頸動脈に。


「あああああああああああああああ!」

「……」


「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「……」


「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「……」


「ぁーぁーぁー…」

「落ち着いた?」


 取り敢えず静かになったグリーンに声をかける。

 目からはだらだらと涙が流れ続けているけれど、静かにはなったので良し!

 さっすがあたし、素晴らしい対応!


「僕のー、僕の船がー」


 フヌケた声でうつろにつぶやく緑。

 ま、まあ、しばらくすれば立ち直るわよね! きっと!

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