一二、姉妹の違い、くだらない虚栄心

 レッドちゃんに似た『誰か』。

 その傍らに、二人の男性が立っている。


 ――別チームのネットランナーとそのチームの人達。


 レッドちゃんの遺伝子上の『姉妹』である『誰か』の顔立ちは確かにレッドちゃんに酷似しているけど、表情が全然違う。

 無表情ながらも柔らかな雰囲気のレッドちゃんに対して、怒りと気の強さと傲慢さが漂った感じのレッドちゃんの『姉妹』。


 レッドちゃんの素敵なお顔が、表情一つでこんなに嫌な顔になるのねぇ。


「ナンバー6! 自分の方が有能だとでも言いたいのか??」


「ナンバー6って……レッドちゃんの事?」

 あたしの小声の問いにこっくりと頷くレッドちゃん。


「レッドちゃんが『何か』して、バトロイドさんを止めたの?」

 再度頷くレッドちゃん。


「黙ってないで、何とか言ったらどうだ? 感情欠陥品、『ドール』と呼ばれているお前だって、少しは話せるだろう?」

「あ? あにいってんの??」

 あたしは反撃すべく立ち上がった。


「なにがどうなってなってんのか知らないけど、レッドちゃんにはばっちり感情があるんだから! 確かになに考えてんのかわかりにくいけど、仲間を心配してくれたり、あたしの話を笑顔で聞いてくれたりするんだからねっ! あなたの観察力が足りないんじゃないのぉ? ネットランナーって、冷静にデータを頭ん中で処理するんでしょぉお? それなのに、感情に任せて声を荒げるなんて、心のバランスが取れてないんじゃないのぉ?」


 ブルーの後ろにまわって、嫌味たっぷりに『姉妹』に言う。


「何だお前? 低レベル職は黙ってろ」

「職業に上下はありませーん。あたしは愛の天使、命の保護者、尊い生命を守る素晴らしいお仕事に従事するドクターさんでーす」

「はぁ? お前本気で言ってるのか?」


 『姉妹』は心底呆れた表情を浮かべる。

 やな奴ー。


「ネットランナーは最上級職だ。最重要機密に直接触れられる唯一の職だ。お前に私達の事は理解すら出来ない。余計な口を挟むな。お前と話す気は無い」

「はぁ? はぁ? はあぁ? 尊い人命を秤にかけてるのかしら。本気なのかどうかなんて、むしろこっちが聞きたいくらいだわ」


「来た」

 あたしの反論は途中だったけど、レッドちゃんが小さく呟いた。


「そこまでだ、レナ4」

 淡々とした響きが横から割り込んできた。


 聞き覚えのある事務的な口調。

 『姉妹』を止めたのは、さっき出て行ったはずのアイディスさんだった。


「今回のテストは終了した。他のチームへの攻撃は禁止事項では無いが、既に決着はついている。レナ4のチームより、レナ6のチームが優れ、個人結果も同様となっている。終了以後も問題を起こすのなら査問にかける」

「それは、私のメンバーの能力が低かっただけです」


 『レナ4』と呼ばれたレッドちゃんの『姉妹』はあたし達に背を向け、アイディスさんに訴える。

 その声はうなだれてトーンが下がっていた。


「レナ4はテスト終了後もレナ6チームに手を出しただけでなく、反撃のデータ干渉に耐えられず自チームのバトロイドを停止させられ、再起動出来なかった。己の能力の低さの露呈。くだらない虚栄心、感情の乱れ。どれもこれもネットランナーとしての資質に疑義を挟まざるをえない」


「そ、それは、相性の問題で……」

「言い訳は要らない。ネットランナーへの攻撃は、軍の財産への侵害行為だ。わかるな」

 レナ4はぶるぶる震えながら頭を下げている。


 物凄い屈辱なんだなぁと思いつつも、つまんないプライドがあって大変だわぁとも思う。

 模擬戦に負けたくらいで、怒りのあまりぷるっぷる震えるなんて可哀想だとも思う。


 あたしが会った初めてのネットランナーがレッドちゃんだったし、感情が高ぶると脳波が乱れるって聞いてたから、ネットランナーはみんなレッドちゃんみたいな感じだと思っていた。

 けど、『姉妹』はあたしをバカにしたりレッドちゃんに感情の欠陥があると言って優越感に浸ったり、能力不足の指摘や素行の悪さを叱責されて震える程のショックを受けている。


 ……ふむぅ。


 クローンといえどそれぞれに個性が出る。

 知識としては理解していたつもりだったけど、こうして見ると違いの大きさを実感する。


 百聞は一見に如かずという言葉があるけど、本当よね。

 まあ、これを一見するために戦闘の実地経験をさせられちゃったなんてのは正直要らなかったけど。


 要するに、レッドちゃんがネットランナーの中でも特に感情表現が下手って事なのよね。

 ……良かった。

 ネットランナーみんながレッドちゃん並みだったら、何か怖いもの。


「レナ6、先に戻れ」

 視線は『姉妹』から離さず、アイディスさんがあたし達に部屋を出るように促した。


 レッドちゃんをバカにした『姉妹』にまだ言い足りないあたし。

 でもグリーンがあたしの手を引っ張って、アイディスさんの横を通り過ぎる。


「ありがとう……」

 薄い、本当に薄い微笑みを浮かべたレッドちゃんが、あたしに呟いた。


「いやん、もう、大好きぃ!」

 ぎゅむっと抱きついたあたしを「撤収だ」と無情に引き離すブルー。

「あにすんのよぉ! ブルー!」


 帰り道は、ミサイルも、爆風も、閃光も、レーザーも、隠し通路も無く、建物を出て振り返れば、何事も無かったようなビルが建っていた。

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