九、エスト、エスト、エスト

 レッドちゃんが指し示した四点。

 それを結んだラインにそって、ブルーが床に穴を開けた。


 四角くぽっかりと空いた床の穴をそっと降りると、周囲にはコードやパイプが張り巡らされている。

 大きい通気口から、ライフラインのエリアに入った感じ。


 実際のとこはどうなのか知らないけど。


 再度レッドちゃんがブルーに指示を出す。

 今度は指先サイズの小さな穴。


 続いてグリーンが、細いコードの先端を入れた。

 黙ったまま、コードに接続されたモニターを見るブルー。


 レッドちゃんは、モニターにコードを接続し、左耳のレシーバーみたいなのに繋ぐ。

 レッドちゃんがブルーに小さく頷いて、床を指し示す。


「安全確認ですよ」

 グリーンがぎりぎり聞き取れる声で教えてくれた。


 お礼の意味で、親指と人差し指を立てて見せる。

 グリーンにはその仕草の意味がわからなかったのか戸惑った表情になったけど、声の出せない今は説明出来無い。


 今度は人が通れる穴を開けて、足を掛けられる様にしたファイバー鋼線とウインチを設置。

 ブルーが先陣を切って降り、レッドちゃん、あたし、グリーンの順で降下。


「降りた位置から動くな」

 小さな声ながら偉そうに言うブルー。


「わあったわよ」

 小さな声で返事をしてあげた。


 やっと障害物の無い大きなホールに出られて、手足をぎゅーっと伸ばしつつ、辺りを見回した。

 広いホールの両側には、高さ二メートル程のモニターの着いた円筒が並んでいる。


 後ろ側には出入口。

 レッドちゃんはふらふら左右に振れる、微妙なラインを歩いてその出入口に到達し、何やら壁を操作した。

 ぱくん、と壁が開いて、出て来た機械にコードを接続する。


『ロック完了』

 合成音声が出入口から聞こえ、今度は真っ直ぐこっちに戻って来る。


「大丈夫」

「了解。もう歩いても大丈夫だ」


「ほんと? いきなり両側から撃たれたりしない?」

「出来るんならとっくにやられてるだろうよ」


「しっつれいねぇ。もうちょっと気を使ってもいいんじゃない? 銀河的淑女のあたしに」

「あ?」

 失礼な暴漢が失礼な表情で黙った。


「このエリアはレッドさんが制圧しましたから。プログラム的に、ですが」

「ぷろぐらむ……。なーんかこう目に見えない物はいまいち信用が出来ないのよねぇ。レッドちゃんのことは信用しまくってるけど」


「どっちだよ」

 ぼそっと呟くブルー。


「早く、行こう。無効にされたら、面倒」

「行くぞ、桃色頭」

「その呼び方やめてくんない?」


     ◆


 あたし達は出入口の反対の壁に向かった。

 つるりとした無機質な壁には、幾つかの筋が這っている。


 レッドちゃんが前に立ち、その横に殺人犯みたいな目付きのブルーが携帯型高出力火器……あたしにとっては不要な、でも雑木林の整理にはうってつけらしい便利アイテム『ヒートバスター』を構えている。


 って、そんな物騒な物隠してたんだ……。

 暴発でもして可愛いあたしに間違いがあったら、どうするつもりだったのよぉ。全く。


「後ろに下がってろ」

 二人の後ろに下がると、壁が上にスライドしていく。


 静かに、ややゆっくりと。


 スライドした瞬間、ブルーが姿勢を一気に下げ、壁の向こうを窺った。

 あたしはそっと開口部の外側に避けたから、斜め向こうしか伺えない。


 長い部屋になっているらしい。

 何もない壁が少し続いて、その向こうにモニターや雑多な機器類がぎっしり並んだ壁が続いている。


「大丈夫だ、入るぞ」


 無機質な壁と機器類の壁の奥には、帝国軍の制服を着た女性と男性数名が立っていた。

 二種類の壁の間に、胸の高さの円柱があって、上部に端子接続穴や、キーボード、モニターがついている。


 女性の方は何処かで見た事があるような……無い様な……。


『最終テストです。最後の壁を開けて下さい』

 上から声が降ってきた。見上げるとスピーカーらしき物がある。


「何処が開くの? みんなそこにいるじゃない」

「よく見て下さい。壁の境に、高強度ガラスがあるんですよ。透明度が限りなく高いから何も無い様に見えますが、触ったりしないで下さいね。どんな結果になるかわかりませんから」


 こわっ!


 レッドちゃんの後ろ姿を見つつ、あたしの出番が最後まで無い様に祈る。

 あたしの出番になるって事は、誰かが負傷するって事。


 負傷も疾病も、起きて欲しくない。

 それでも起きる時は起きる。


 あたしに出来るのは、より良い治療法を自分なりに探したりする事と、全力で治療する事。

 レッドちゃんが最後のテストとやらに失敗して、出番にならないように、祈る。


 一瞬、正面が光った。


 と、空中に英数字が浮かぶ。

 違う、空中じゃない。

 高強度ガラスとやらに映し出されている。


 物凄いスピードで、文字が流れて行き、新しい列が浮かぶ。

 大量の文字列、文字列、文字列。


 全ての文字列が消滅した時、レッドちゃんが小さく呟いた。

「……エスト、エスト、エスト」


 あたしがその呟きの意味を聞く前に、正面の女性が手を叩いた。


 ぱん、ぱん、ぱん。

 乾いた音がみっつ。

「最終テスト終了です。流石リーヴァン少佐、総司令閣下も喜ばれる事でしょう」


 レッドちゃんは無言で左耳のレシーバーを外し、中から小さな黒い物を出した。

 グリーンが受け取り、男性の一人に近寄って渡す。


 ――メモリーチップだ。あたし達のお届け物。


「では今回の任務は終了です。気を付けてお帰り下さい」

「アイディス中佐、失礼いたします」


 グリーンの言葉に合わせて、ブルーが頭を下げた。

 中佐達は振り返りもしないで、彼女達の後ろにあったドアから出て行った。


 アイディス……アイディス。ふむぅ?

 どっかで聞いた気がする。


 えっと……。


「わかった、アルカイックであった中佐ねっ! 今のって」

「は? 気がつかなかったのですか?」


「だって、興味なかったもん」

 あたしの言葉に苦笑を浮かべるグリーン。


「でも、あのときはもう会わないみたいな事言ってた様な……」

 苦笑を気まずい表情に変えるグリーン。


「怒らないでくださいね」

「何で? あたしは可愛くて心の広いぴんくちゃんよ?」


「僕の考えではありませんからね」

「だーかーらー、あたしは可愛くて心の広いぴんくちゃんだって、言ってるじゃない」


「では言います。中佐はピンクさんが途中脱落すると思っていたのではないかと……」

「途中脱落?」


 ふむぅ?


「戦闘経験も従軍経験も無いから、死ぬと思われてたんだろうよ」

 口を挟んでくる青。


「はぁ?? しっつれー! とにかく失礼! 激しく失礼!」

「だから、俺が完全に守ったじゃねぇか」


「守られて無いわよ! 怖い思いいっぱいしたわよっ!」

「生きてるじゃねぇか」


「はぁ?? 生き死にレベルで判断しないでくれるっ? あたしは怖かったし、死ぬと思われてたとか、もう許せないっ!」

 あたしはばんばんと床を踏みならした。


 ……ぽん、ぽん。


 レッドちゃんがあたしの頭を優しく叩いた。

「誰も、怪我してない。良かった」


 はああぁぁぁぁああ。

 あたしは愛の力で撃沈した。

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