七、ぶち投げられて、引っ張り上げられて
薄暗い通路を歩き、止まり、待たされ、青が何やら嫌な目付きで何かの作業をし、それを繰り返し。
……何てやってるから、あたし達の歩みは遅く、怖くて我慢出来なくなりそうなんだけど、レッドちゃんがずっと手をつないでくれているから、あたしの心の均衡は何とか保っている。
時折、レッドちゃんが「ん」とか言って指を指すと、青と緑が何かやったりもする。
と……!
がこんっ!
一瞬、あたしの足がふわんっと軽くなった。
「危ねえっ!」
ごんっ!
次の瞬間、何がどうなったかわからないまま、あたしは壁に向かってぶん投げられていた。
「いったぁい! 何すんのよぉ!」
「まずいな、特定されたよな」
「多分ね」
可憐で傷を負った乙女をフルに無視して、青と緑が意思疎通を成功させている。
「いったぁいんですけど!?」
「急ぎましょう」
レッドちゃんにも説明無しの二人。
「青、緑、お二人のその首の上に載っている、貧弱な球体物質の両側についている、ほぼ左右対称の聴覚器官であろう、物体は機能しているのかしら?」
「は? 急いでんだよ、訳のわかんねぇ事言ってねぇでついて来い!」
「へぇ、聴こえてはいるんなら、その貧弱な球体物質上部に収められていると思しき、思考器官がおかしいのかしら?」
「お前、何言ってんだ?? いいから急げ!」
「あたしは痛いって言ったの! 説明も無しにぶち投げられて、急げって言われても出来る訳無いでしょ! 謝るなり説明するなりしてくれるっ??」
「そんな暇はねぇんだよ! いいから来いっ!」
青はあたしを肩にひょいっと抱え上げた。
「いやぁ! 辺境生物に攫われるぅ!」
「ふざけんな! いいか、てめぇが罠にかかった。しかも俺達が予想もしてなかった単純なやつだ。レッドを狙ってる連中がいる。そいつらに場所を特定された可能性が高い。だから急ぐ。わかったら静かにしてろ」
「……。わかったわよ」
◆
非常通路の壁を開き、今度は上に向かって伸びる排気管みたいなとこに入る。
緑が出した小型のウインチを持って、青が力技で上に上がり、ウインチを設置。
先ずはレッドちゃんが吊り下げられた。
「これ大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ」
緑の言葉に続いて無表情で頷くレッドちゃん。
ぶらりーんとぶら下がって、極小の巻き上げ音と共に上に上がっていく。
吊り下げられ、上昇する美形。
なんともいえない風景だわ。
「次はピンクさんですよ」
微笑みウインチを手にする緑。
見上げれば遥か高みから無表情で手を振る美形。
……あたしの人生、何でこうなった?
とはいえ、非常事態なのだし、ここは覚悟を決めなきゃなんないとこね。
仕方なく頼りないファイバー鋼線にぶら下げられ、吊り上げられる可憐な美女。つまりあたし。
下を見れば怖いし、上を見れば鋼線が目に入ってもっと怖い。
仕方ないから下に流れていく壁を眺めていると……。
がっこーんっ!!
がくんっと揺れる鋼線!
ああああああああ!
心の中で叫ぶあたし。
「動かないでくださいっ! すぐに上に着きますから!」
動くとかそういう問題じゃなく、あたしの周りは白煙でいっぱいになった。
声も出ない!
目を傷めないように、ぎゅっとつぶる。
上下から破壊音が響く!
『目を開けたら平和な世界が展開されますように』
……あたしはとっさにそんな事を願う。
がくんっ。
鋼線が軽く揺れて、ゆるゆると上昇していく感覚。
「………」
それでもあたしは目を開けられなかった。
上昇が止まって、引っ張り上げられ、床に投げ出されたようだけど、知らない誰かとご対面とかいう恐ろしい事態もありうる。
「目を開けて大丈夫」
聞き覚えのある平坦な声に、そっと目を開けると、レッドちゃんがあたしの顔を覗き込んでいた。
勿論、無表情で。
けど、ネットランナーの感情はほぼ無いと聞いた事がある。
能力制御の邪魔になるからだ。
なのに、わざわざあたしに声をかけてくれるなんて、やぁっぱり、運命の何かが働いちゃってるんじゃないの? ないの?
「助けてくれてありがとおっ」
ぎゅむっと手を握る。
「引き上げたのは俺だ」
「うっさい、青! だいたいレディの扱い方がなってないわよぉ! あたしを荷物みたいに投げ出したでしょ! 傷がついたらどうすんのよぉ?」
「あ、ピンクさん、お怪我はなかったようですね。良かったです」
最後の一人、グリーンが上がって来た。
直ぐに排気管に何かを放り込むブルー。
「目を閉じて耳を抑えろ」
本能のままに指示に従った瞬間、小さな爆発音と瞼を隔てた閃光、軽い衝撃波があたしを襲った。
「これで襲撃者を少し足止め出来る。進むぞ」
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