六、アクシデントの予感、満たせ愛のエネルギー

 ホバーカーはビルの地下エントランスに入って止まった。


 硬く閉ざされたゲートに、パスコードを入れるテンキーと、カードリーダーのロックがついている。

 いつの間にかモニターグラスを付けたレッドちゃんがゲートの前に立っていた。


 レッドちゃんは宇宙港についてから左耳にレシーバーみたいな機械を着けている。


 ネットランナー専用のデータ通信システムらしいんだけど、情報通信以外にも色々な事をするのに使うらしい。

 脳科学的に詳しい所を知りたかったんだけど、なぜかグリーンの精密機器と専門機器の歴史と仕組みみたいな講釈が始まりかけたので、詳細は諦めたという代物。


 愛するレッドちゃんの事と謎の多いネットランナーの脳の秘密が知りたかっただけなのに、専門外の豆知識までぶっこまれても、ねえ。

 人当たりは良いのに自分の専門分野になると目の色が変わるグリーンはもうちょっと乙女心を理解すべきだと思うわ。ぷんすこー。


 レッドちゃんは上着のポケットから真っ白いカードを取り出して、レシーバーにコードで繋ぎ、ゆっくりカードリーダーに通した。

 カードリーダーのランプが緑に、続いてテンキーが自動で点灯し始めた。


 本来ならぽちぽちボタンを押さないといけないはずなのに、無作為の数字が自動的に凄い速さで点滅して、さいごにパスコード確認の文字が出てゲートが開いた。


「ねえねえ、あれ、何やってたの? 魔法? 昔話のおーぷんせさみってやつ?」

「魔法ってなんの事だ?」

「知らないの? 魔法。愛と勇気と夢の冒険。剣と魔法と龍の物語。昔々の地球テラ、あたし達の母星の吟遊詩人や作家の作った珠玉の作品の数々……」


「グリーン、この訳のわからない妄想を垂れ流す女を任務から外していただけませんか?」

「僕にその権限はありませんよブルー。それに今後レッドさんが負傷した場合には、彼女の力が必要になりますしね」


「そうよそうよ、ドクターを粗雑に扱うと、後で痛い目みたりするんだからねー」

「ちっ」

 うわ、こいつ舌打ちしやがりましたわ。失礼なやつぅ。


「見てなんとなくおわかりになりませんでしたか?」

「データ解析ってやつ?」


「おそらくそうです。電子回路に侵入しゲートのパスワードを解析したんでしょうね」

「おそらくっていうのは?」


「僕もネットランナーの能力について詳しい訳ではありません。レッドさんはあの通りなので、何をしているかはっきりはわかりかねます」

「そうね」


 そのはっきりわかりかねるレッドちゃんは、既にあたしの隣に座り、セーフティベルトを装着している。


「先に進みますよ」

 ホバーカーは滑らかにゲートを抜けた。


     ◆


 ゲートの先は短い通路ののち、地下駐車場になっていた。

 端の方の目立たない所に停車する。


 ブルーが一番初めに降りて、周囲を窺う。


「よし、静かに、速やかに、無駄口をたたかず行動しろ」

 と、偉そうな事を言う青。


 背中にしょった物騒な『何か』が気になるけれど、それが青の仕事道具なんだろうから突っ込まない事にした。

 まあ、みんな大きさはそれぞれだけど、商売道具背負ってるし。


 レッドちゃんはモニターグラスを付けたまま、壁の一画を指差した。

 ブルーがゆっくり押すと、そのまま壁が押し込まれ、通路が現れる。


 通路の広さは……横二メートル位?


 薄ぼんやりとした灯りが点々と点いている。

 これなら光源無しでも大丈夫ね。


 ブルーが先頭、あたしとレッドちゃんが横に並んで、後ろにグリーン。

 やっぱり可憐な美女は守られないとね!


 ちょっと残念なのは、折角のレッドちゃんの整った目元がグラスに隠れて見えない事だけど……必要なデータを映し出すモニターグラスを外せという訳にもいかないし。


「ねえ、これ何の通路なの?」

「非常通路ってとこだな。詳しくはレッドが知っているんだが、今は接続中だから聞くのは無理だ。ルートはクリアになっているから、ついて行けば大丈夫だ」


「ついて行けば安全なのね」

「いや」

 殺気を帯びた視線をあちこちに投げかけ続ける青。


「だって大丈夫だって」

「ルートはクリアになっていると言ったが、安全だとは言ってない」


 ……何このいやんな言葉遊び。


 あたしはこめかみを抑えつつ、心の中で自分に言い聞かせる。

 大丈夫、大丈夫……って、大丈夫じゃないしっ!


「つまり、非常通路の道順はわかるけど、途中でアクシデントが起こるかも知れないって事ね」

「そうだ。静かに、黙ってついて来い」


 うわぁ、偉そう……。


 けどここで「ついてかないもーん」などと言ったら本当に置いてかれそうなので、可憐なあたしは冷血漢にしたがう事にする。

 くすんくすん。


 ぽむ……


「大丈夫」

 腕を軽く叩かれ、声の方を向くと、レッドちゃんがあたしを見ていた。


 きゃー! きゃー! きゃー!


「あ、ありがとっ!」

 愛のエネルギーが補充されたわっ!

 あたし頑張る!


 何をするのかさっぱりわっかんないけど、レッドちゃんの為に頑張る!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る