三、高級観光惑星ヘカテ、ささくれる心

 青い空。

 白い雲。

 打ち寄せる波。


 ヘカテは高級観光惑星だった。


 だった、というのは着くまで知らなかったから。

 そう、行く先すら聞き忘れて、それを聞くタイミングを失っていたあたしだ。


 かなりマズイ。


 状況に流されてずるずるここまで来ちゃったけど、簡単なお届けものと聞いただけで、その後はなーんにも情報が増えていない。

 物事を深く知ると面倒になるから、当たり障りなくさらっと、っていうのがあたしのスタンスなんだけど、さすがにまずい気がしてならない。


 しかも、リッチでデラックスなレジャー惑星にいるっていうのに、ほぼ無一文のあたしは到着から数十分、下船許可が下りないという理由から着陸したままお船の中に閉じ込められ、何をするでも無しにお外を眺めているしか無いのだ。


 宇宙港の下船通路に横付けとはいえ、現在のコックピットの大型スクリーンは透し窓仕様になっていて、ちょっと足をのばしただけでたどり着ける、ゴージャスエレガントなビーチがあたしを誘惑して来る。


 生殺しって感じ。

 これは非常にまずい。

 精神衛生上たいへんよろしくない。


     ◆


「グリーン、グリーン、お金ちょうだい」

 あたしの要求に、グリーンはびっくりした顔をした。


「何に使うの? どれだけ必要なの?」

「いくらでも。ここで待っててもつまんないから遊びに行きたいの。あたしお金全然持ってない」

「クレジットカードは?」

「あるけど数百クレジットしか入ってない。ご飯もまともに食べらんない」


「ふっ、ふははははっ!」

 真後ろから豪快な笑い声。

 銃器の手入れをしていたブルーが話を聞いていて笑っていた。

 うわ、なんか腹立つぅ。


「ドクターって薬品とか色々高いもん買うから金持ってると思ってたぜ。なのに、ふっ、金持ってないとか、ふふっ、ねえよ、あはははは」

「無くても大丈夫だったんだもんっ! ど田舎のミニミニ小惑星に住んでたら、物々交換でなんとかなっちゃうんだからっ! まともなドクターがあたし位しかいないから、配給の医療物資のほとんどがあたしのとこに来てたし、生活に必要なものは診察してれば貰えちゃうんだし。辺境惑星なんてどっこもそんな感じで済むんだもん」


 あたしの訴えにグリーンは驚愕、ブルーは苦笑、レッドちゃんは無表情で「僕の、カード、持って行って」とクレジットカードを渡してくれた。


 でも。


「折角だから皆でお出かけしましょうよ」

「あのなぁ、ドクター」

「ぴんくちゃんです」


「一々めんどくせぇな。いいか、ピンクのお嬢さん。自分等は任務でここに来てんだ。お遊びじゃない。お嬢さんがお出かけするのは構わねぇけど、何かあっても助けらんねぇ。護衛の第一優先は何が何でもレッドだ。わざわざ外に出て、危険を増やしてどうすんだ?」

「んー、それなんだけど……」


 ついにあたしの疑問が氷解する時が来た。

 が、この獰猛なケダモノに質問して鉄拳が飛んで来たら困るので、そっとグリーンの後ろにまわってから……。


「あたし達の任務って何なの?」

「ふぉぁっ!?」

 ブルーの口から何やらおかしな音が出た。


「簡単なお届けものですって聞いてから、だーれも説明してくれなかったし、聞く状況になんなかったし、あたしだけ外部から来たからお話もしづらかったんだもん」


「なるほどねぇ」

 うんうんとうなずくグリーン。

 くるっとあたしの方を向いてにこにこと笑顔を向けてくる。


「私もまだまだわかっていなかったようですね。ドクターは辺境惑星から……」

「ぴんくちゃんです」


「……ピンクさんは辺境惑星から中央のプロジェクトに抜擢されて、当然喜んでいるものだと思っていましたが、実際は今までの生活に満足されていたし、中央のやり方を全く理解されていなかった。呼ばれたから参加したのであって、参加しないという選択肢が無かった。説明を聞きたかったけれど、うまくいかなかった、と」


「そうよ」

「それはそれは今まで失礼しました」


 なんだか物分りが良すぎて、ちょっと気持ち悪い。

 ついさっきまで、話しかけてもお船の話か、何だかよくわかんないシステムとかのことを一方的にたらたらと話していただけだったのに……もしかして、これは何かの罠なのかしらっ!?


「届けるものは小さなメモリーチップです。中の情報はレッドさんしか知りません。まあ、レッドさんが把握しているかどうかも私たちには知りえないことですが」

 と、言葉を切ると、人差し指をぴっと立てて「……なにしろ軍事機密、ですから」


 そのポーズと間は必要なのかしら?

 ん、でも、そゆ事なら。


「んじゃあ、さくっとお届けしちゃえばいんじゃないんの?」

 お届けものはさっくり届けてあげるのが、相手のためだし、届け方に文句をつけられた時に問題を少なくする方法よね。


「そうですね。ではなんで私達は下船せずに待っているのでしょうか?」

「なぜクイズにっ!?」


 むう、なんで質問に質問返しをくらったのかはわからないけれど、縁あってチームになったんだから、ここは答えるのが人付き合いってやつよね。


「入港手続きに手間取ってる、とか?」

「ざーんねん、そーんな当然の様な理由ではありません。とーぜんハズレです」


 むかぷ、今何か、すっごいいぢわるな言い方をしやがったわねぇ。


「お届け先の連絡待ち、とか?」

「またまたざーんねんでした。それでしたら下船した方が便利ですね。またまたはずれです」


 ぺちこーんっ!

 軽快な音とともに、あたしのすーぱーごーじゃすうるとらすぺしゃるあたっくが、グリーンの脳天にヒットした。


「痛いっ! なにするんですかっ?」

「それはこっちのセリフよっ!」


 可憐でか弱いあたしの一撃が痛いはず無いのに、恨みがましい視線を送ってくる緑。


「あたしはクイズをしたいんじゃないわ! 理由を聞きたいだけなのよっ。ただでさえ、何をするのかわかんないまま連れてこられて、やっと何をするか教えてもらえると思ったら、さらに考えるなんてっ。そーんな面倒なことやりたくないじゃないの。言うでしょ、何とかの質問も三回目は亜空間に辺境流し! って」


「……。初めて聞きましたけど?」

「そう? まあ、あたしが今考えたままに言ったからかもだけど」

「……」

「とにかく、今のあたしは理由を知りたいのよ。質問はいらないわ」


「場を和ませようとしたんですけどねぇ」

「ささくれだったわよっ! あたしの心がささくれしまくったわよ!」


 と、心がささくれたあたしの視界、グリーンの後ろに、お船の『オアシス』ことレッドちゃんが入ってきた。


「行こう」

「了解」

「行きましょう」


 野郎ども即答。

 ……って、あたしはっ!? あたしの疑問はっ!?


「ちょっと、だから、どこに行くのよぉ!」

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