やめてやめてやめないで

酒山七緒

交せ

装い

 私達姉妹は双子だった。

 一卵性ではなかったもようで、生まれたばかりの皺くちゃの時からとても似ていなく、容姿端麗の二人から生まれたとは思えないほど片方は崩れていた。

 父親からは、は母に似ていてはどちらにも似てはいなかったという。

 少し成長するにつれ、二人の差は埋まる事ないまま、私は愛を受けきれないほどに浴びて、妹は邪険に扱われた。

 性格もとても異なっていて、私は母方の母に似ているとよくお茶の間を潤したが、妹は父方の両親に懐くこともなく、他の人にも素直に内面をさらけ出さず、子供らしくないとまでおばさんなどにいわしめ、その険悪気味の雰囲気に耐え切れず泣くことがしばしばあり、余計に親たちを困らせる。

 妹は誰にも似ていなく、私は母方の人間にしか似ていない。それに加えて妹の不愛想な態度が親たちには面倒に感じるようになり、父方の人々は妹に愛情を感じなかった。私もどちらかというと母方の人間に懐いていたので、父方の人々の不服感が膨れ上がり、私達の名前を呼ぶことを拒否したらしい。妹が母方の人間に少しでも好意を示したのは、その人らに私が懐いていたため、双子であるために一緒にいた妹が私の愛のおこぼれをもらうことが出来たため、私自身が懐いているのを見習ったため。

 父方の人々は、徐々に、幼い血縁者に愛情を感じる事が出来ないその不安が膨れ上がり、私たちとの血のつながりは無いのではないかという話まで出る始末。それを機に両の両親から両親はしつこく責められ、自然な流れで父方の親から母の托卵ではないかと疑われ、母が何をしても邪険に扱い、ケチを文句をつけ、両親に離婚をするようにまでなっては、母方の人間と父方の人々が縁を切る寸前の事にまで発展した。

 父の父が、母の父の会社を大幅に支える株主であったため、母の両親は母を信じる事をせずに非難するようにもなった。

 母は潔白を貫き父も母の主張を否定はしなかったが、親たちからの圧迫に耐え切れず、父の提案でまずDNA検査。真に私達は両親の娘たちであった。すぐに解かれた真実に疑ってかかった人は静まり返り、気味の悪い空気が漂うようになり、よく開かれていた宴会は、すぐに規模が小さくなり、最終的には誰も宴会などの事をしようとする者はいなくなった。

 事の混乱が収まらず気まずいままの時、父が白状した。整形だと云う。

 父の両親自体、父に関心が比べて薄く、二十歳になってすぐの整形に気が付くことは無かったらしい。

 長髪で隠していた輪郭を長い時間をかけて整え、鼻を高くし二重にした。輪郭は青春時から髪で少しずつ隠れていったらしく、醜い骨格に悩みくれても誰にも知られることは無かったという。父の両親方は、二重は成長と老化によるものだと思っていたなどの主張。

 父方の人は母方の人の信用を失ったが、絶縁の話もうやむやになり、大した交流もなく一方的な提供が続いている状態らしい。


 妹が鏡を見ていた。

 いつもの事なのではないのだけれど、少し気がまずい。妹はその見た目がコンプレックスらしいのだ。

 あっちじゃなくてよかったと思いつつ、チェックで巻いた格好で玄関の扉を開く。

 あの子はうっとうしいやつだ。双子だというのにあんな見格好じゃあ、私が整形した顔だと思われる可能性があった。双子と聞かれればそっくりだということを連想する人が大半なのだ。

 小さいころからの写真の数々、一緒に並んで撮っているのも多いが、何か華やかしい出来事のものであれば、私を中心にして光が飛んでいた。

 彼女は、私が小さいころに買ってもらった数々の素敵な洋服、大切に保管されているそれを見て顔を緩ませる。そんなもの見ててもつらいだけなのにと、彼女が自分で身滅ぼすその姿が少し滑稽だ。

 そんな、おかしく見えるその姿を背にしたなら私は優雅に。

 今日も、私が移る街並みの窓を見るために方足を前に。

 振り向く人の数、声をかけちゃおうかなと、歩み寄る人。なんと気持ちがいいものなんだろうか…。私が父に似なくて本当に良かったと思う。

 いつも歩けば花であることに一切のぶれを感じさせず、それが当たり前であったため、この快感を最初にめいいっぱい味わえば、感情も冷め、邪険に思うようにもなるが、私は寛大。

 暗く映し出されたガラスからも分かるこの透き通る肌がきらめいて、汗を際立たせる。この少し小柄かもしれない身長が、私をひとまず食事にと誘ったこの男性との身長差を際立たせるが、そんなのお構いなしに通り過ぎ行く人々の目だけは私を離さない。

 大学生ぐらいの、軽そうにつるんで群れてるような男性らに声をかけられ、その中のひとりとデートをすることになった。私は私の寛大さに身も捩れるぐらい痺れそうになる。その中でも際立ってパッとしないような男性を指名したときのそのほかの人の顔といったらやはり滑稽可笑しい事極まりて、不服そうな人たちをまたも背にして感情がうまく顔に現れないその男性と腕を組む。

 ここの場所も場所なので、並ぶ店舗などはブランド店や、あの雑誌に載ったあの店、それに加えて知名度で跳ね上がった値段モノの数々を目が追える暇がない。

 少し談話を楽しんでいると、妹にお勧めだとしつこいほどに聞かされていた飲食店を見つけたので、躊躇もなく足が進む。店の前で立ち止まったが、ドアは手開きなようで、私は男性にエスコートをしてもらうことを暗示て、店の名前を確かめる。{~心地よい暖かさを~ココア}ここは名の通りココアがおいしいのだ。

 なれてない様子で開かれたそのドアをくくる。

 店舗内は思ったより充実していて、男性が昼食をまだとっていないとのことで私も気負うことなく椅子に座る。

 店員から直接手渡されたメニューは淡白な見た目でありながらも、不足感を全く感じさせず、それを手に取った時点でここが私の家であるかのような安心感と心地よさを約束させられているようだった。

 黒をベースにしたメニューをめくると、個人店とは思えないクオリティであるが、それを温かく包む手書きの白い文字が少しかすれていて、初めて来たにもかかわらず感じるこの手触りが、すでに誰かのぬくもりで温められていたようだ。

 ふと目についたはずの、初めて見たはずのミートグラタン。それに射抜かれたように衝撃などは感じられなかったが、私はそれに指を伸ばし、誰もが甘く聞きほれるほどか弱く柔らかく感じる、そんな声質のものが、自分でも思わず出て、「このきのこミートグラタンで、」と。この店での注文はたった一言、これだけでよかったのだ。

 男性がまだ選んでいなかったので、私は他のメニューにも目を通す。どの品も名前はとてもシンプルで、すべてにイメージ写真がプリントされている。

 ふと店員に顔を向けると、四十代だろうか、優しい笑顔を私に向けて、思わず目を細めた。女性は、どこか見たことのある様な面影で、思わず見とれていると、「おれ、カルボナーラ」と、その声で私は目線を沈め、いつの間にか組んでいた手を眺めようとし手を組みなおす。

 主張しない存在感を持っていたメニューは、女性によって後から追加で頼むことがあればを主張せんと、テーブルの隣の枠に立てかけられた。

 女性が立去ってすぐ彼が口を開く。

 名前の教えあい、趣味、何故この男性を選んだか、意外だったということ、うれしいという気持ち、綺麗だと言わんばかりに言いまわしてすらすらと出てくる言葉たち。

 見た目にはそぐわないであろう話術はごく自然と、私程でも蛇足を付け加える余裕を持たせないながらも丁寧に、そんな談話を素直に楽しんだ。下心を持たないでいるのが彼の素振りからも伝わる、本当に指定されるまま来てしまったことに自分でもビックリしたという言動から、かなり奥手の人のようだ。あのグループとは、その中にいる一人と格別に仲が良かっただけだという。

 前菜と云わんばかりのガーリックトーストとコンソメのにおいが漂うオニオンスープが運ばれてくる。あっちは普通の丸いパンにバターとコーンスープのようだ。特段特別ではないそんな雰囲気が、いま素敵だと口角が上がる。

 それから、においを味わい温まる体を身で感じながら、会話をすることもなく、先ほど頼んだものが一緒に運ばれてきた。

 顔を見合わせ、微笑みあったような気がするうちに、それぞれ黙々と口を開く。

 一口目で感想を語るほどの余裕は持ち合わせる事が出来ずに、次々と手が伸びる。二口かじっておいたパンに手が伸び、次に手に取った時無くなってしまうだろう。スープがまだ暖かい。

 伸びるチーズ、むしろ熱いマカロニ、柔らかく舌を撫でる玉ねぎ、キノコの感触食感と、仄かな香りが喉を通った後もはっきり残って、もう一度スープを口に運ぶ。パンは食べてしまった。

 美味しいと云わんばかりのしぐさを隠しきれず、にやけた顔に手を口に運んで、目だけを相手に向ける。目線に気づいた男性も、この美味しさを共感したいほどに溢れんばかりのモノを、包み隠さず「美味しいね」一言、シンプルだがこれ以上に必要と付け加えてしまえば、今味わうこの気持ちは漏れ出たまま戻ってこない気がした。

 うん、うんと頷き、心内でもう一度頷き、パンがあるところに手を伸ばし、何もない空間を振り切る指に気づいて恥ずかしさと共に、男性とくすぐり合うような笑みをクスクスと、共有する。無意図にパンとマカロニを並行して食べていたことに後から違和感を思い思い出し笑い合うのが楽しみだ。あと名物を飲み損ねたのもたぶんいい思い出。

 一息ついて、コップに手を伸ばし、美白効果があるビタミン剤二粒を水で口に流し込む。

 その時に特に交わした会話はなかったが、珍しくゆったりとした気持ちで、充実を満足。

 男性も、同じ気持ちだろう、私が財布を取り出そうとすると、男性が手に手をかけ、「払うよ」なんて、そんな顔で意外なことを言われ、少し頼もしく思えて、両手で否定を表すように手のひらを前に出して「いいよいいよ、私が入ろうっていった店だし!」小さく語尾を強調させた口調でそれをのべると、男性は黙って、会計を済ませた。男性の頬がうっすらと赤くなる。なれない行動なのだろう。

 「ありがとう」...語尾の空白を感じさせない感謝を表して、店を出た。

 歩き、店に入ったり出たりしているうちに、会話は熱をこもって、とても陽気な会話をするようになった。とても自然な流れで、私が意図しなくとも、男性はすべて私の為に、私は財布を出すことをしなくなった。

 そんな調子で、最後の方は迷惑を浴びたような表情で断っても男性の顔が火照っている。きもちがわるい。

 私は望まなかった手荷物の多さ、あまりに貢いでもらってしまったので、タクシーを呼んでもらえることになった。必死で断りはしたが、万札を握らされ、これで帰るように足された。

 「ごめんなさい...」気まずそうにそう述べると、連絡先を教えてもらうようにと。

 だがそれは、最後まで粘り断ってしまった。この時の男性の表情が忘れられそうにもないほど爽快に感じてしまう。そんなこと思ってはいけないのに。


 目が覚める。

 普段化粧はしないが、化粧を落としてから寝たのかを確認し、パジャマを着てベットにいる事から、ちゃんと風呂に入ったことは推測される。

 顔を洗おうと洗面台に向かうがおかしい、私の部屋ではないところで眠ってしまっていたようだ。寝ぼけがなかなか覚めないので、いつもとは違う道のりをあたふたしながら階段にたどり着くと、ふらふらした足取りで手すりをつかみ降りる。

 壁を伝いながら、私の部屋があるのを確認した。どうやったら一階から二階へと寝る部屋を間違えるのだろうか。

 やっとうっすらと意識が持てるようになった時、ここは洗面台であるはずで、鏡が見えているはずなのだが姉が私を不機嫌そうな顔で見つめている。

 鏡はどこへやったのだろうかという思いで、「ごめん、顔洗うから水しぶき気を付けてね…」と、一応声をかけ、蛇口から水を出し、ひとまず目を覚ますことにした。

 顔を洗い、水を止め、新しく温かい香りのするタオルで顔を拭く。

 姉が私と同じ行動をしているように見える。

 「えっ...」私が発したはずの声が、姉の声となって放たれ、私は薄々目が覚めていたこの感触を...鏡に手を伸ばす。

 姉が私の気持ちを体現した顔で手を重ねてくる。

 外見が姉になっている。昨日からうすうす気づいていたかもしれないこのおかしな感覚感触が、いま一気に私の中を駆け巡るのが分かった。

 あんなに尊敬してあこがれて恐れて溺愛した姉の姿だ。見間違えるはずもなかった。

 「おこがましい」

 見開かれたままの目が私を見つめて放った言葉、私がこの状況で最初に選び出した言葉がそれだった。

 どういうことなんだろうか、発覚して一度分かったこの現状に私は夢を連想して、今までやってみて目が覚めないことは無かった頬捻りを試みようとしたが、姉の外見になっている今、それをしてしまっては姉の外見を損なうことになってしまう。

 そんなことを考えた次は、見とれていた。自分のこの姿に。

 睡眠から目が覚めた姿なので髪はぼさぼさで、雲がえがかれたパジャマを身に着けだらしないこの格好。そんなものなど、姉を秘めたるこの魅力をあざとらしく、可愛いように引き立てる事しかしなかった。

 自分で自分を触ることは心もとなく実感がわきそうになかったので、鏡に再び手を伸ばし眼を親指でなぞると、人差し指で輪郭や唇をやさしくなぞった。

 完璧なまでに配置されて可愛さ綺麗さ魅力を放たんとする迫力安らぎが触れた指から流れ込むように血管が震える。

 指を直接自分の眼で眺めてみても、白く細くか弱く儚く無駄のない指の曲線などが、私の目に光となって突き刺し、私は涙が出るのをこらえる。

なんども、鏡にくぎ付けになるように目を見合わせたが、私は姉の泣き顔を見たことがなかったので、新鮮すぎたその表情に感動を呼び、私は雫を流した。

 真っ白でつややかな面にチークのように乗っかる赤い色。そんな色合いがとても美しく見え、私は腰をおろす抜かす

 両手で地面を押さえる形で地面にお尻を付けると、姉はどうしているのかが気になった。

 私が姉の中にいる以上、姉の中身はどこにいるのだろうか。

 私自身の姿が姉そっくりになった可能性もあったが、そんなことを考慮することができないでいるので、私は姉自身の身が心配になり立ち上がった。

 そうすると、鏡にさっきと変わらずの姉の姿の遠くに私が映っているのが確認できて、後ろを振り返れば私がそこに立っていた。

 私も散々向き合ってきたあの顔、私自身もあんな表情をするのだなあと、憤怒で汚れが増すその顔から放たれた叫び声。

 「あんただれ!あんだだれ!」

 ろれつが回ってないまま繰り返し同じことを叫びながら私の首をつかみ体当たりをするようにのしかかり、押さえつけようとする私がとてつもなく醜く見える。

 何度も後頭部を床にたたきつけられ、姉の姿が汚れていくと思うと許せなくて、思わず私の手首に手を回すと、私は動きを止め、私の手をつかんだ。

 私は自身と私の手を見比べ、自身の手のひらを虚無で光を宿さない細い眼で眺めると、立ち上がり、鏡に恐る恐る目を向ける。

 細かった目が少し見開かれ、驚き以前に理解できていない様だった。

 「えっ、ぁっ......ぁゥぁッ...」

 うねりだしたその叫びが世の終わりをも連想させる穂で絶望に醜く満ちていて、私はこれの中にいるのが私ではないことを確信することが出来た。

 爪で顔をかきむしり、体をしばらくうねらせて断末魔の用の細く汚い叫びを繰り返すと、ひざから崩れ落ちる。それに向かって私は見合わせるように座りなおした。

 「おねぇ...ちゃん?」

 押し出すように蚊の涙ほどの小さい声で、眉を精一杯寄せて、確信のない導き出されたものを、問いだ。

 細かった目が限界まで開かれ、目線を動かさないまま首を動かし、私を凝視する。顔に、縦に伸びる赤い滲んだ予備ほどの太さの線の一部、膨らむ血の点々を見て私は、これの爪に目を向ける。爪自身がひっかいた痕でガタガタになっている。

 「......は?...は?は?」

 私が動く反応示したことに一度、私の口から何かが発せられたことに一度、それが言葉だということを理解して一度、言葉の意味を理解して、自分の姿を確認して、私を凝視して、この状況に対して、今起こっていることに対して、今起こっていることを恐怖に感じて、私が自分の姿をまとっていることに対して、自分が妹の姿をまとっていることに対して、理不尽に対して、不服さに対して。疑問し問うその小さくうねってかすれた一文字を何度も何度もあらゆることに対して繰り返し、発するたびに顔がどんどん酷くゆがむそれを吐き続けていると、腕をだらんと地面に垂らす。

 私につかみかかった時の衝撃で床に落ちた鋏をこれが見つけると、ゆっくりと手を伸ばし自分に引き寄せもち上げ、片手ではあるがしっかり握りしめる。

 私はこれに恐れを感じる事が出来ずに、淡々と眺めているだけで、私に振りかざされる鋏をビジョンする。

 もう片手の手のひらを地面につけまっすぐ立ち上がるそれは、鏡に顔を向けるとコマ一瞬の迷いを見せずに腕を振りかざす。

 パリンと破裂したような音と、硬くまっすぐに並んだ繊維が裂けるようなバリッという音と、物に固いものが当たったようにドン、という音が一つになりはじけると、ヒビを蜘蛛の巣状に広げ、残骸が欠片となり、ほのかな光を反射した星屑となり、目のすぐ前に降りかかる。

 鏡に鋏を突き刺したまま、散らばったガラス片を気にすることなく洗面台に手をつき、腕を伸ばす形でひざを地面につけ、地面にも散らばった破片で膝などの皮膚を裂き、押し殺せない叫び泣声を発する。

 声をかけようと手を伸ばした瞬間それの口が開かれ、聞いたことの無い様なかすれた声で嘔吐した。

 「おぉェェえっッ、グェえっエッゲエエェェェッおえっガっはっ、げほっ、げほっ、...クっえっ、ェッ、グエェェッエエッ、うっ、え、あ...おえっ、オエッ」

 昨日食べたホワイトシチューとお母さんが焼いたチキンに、そぐわない白ご飯の粒がたくさんと、食べた覚えのない形のないオレンジ色のものに、ブロッコリーの小さい蕾一粒一粒散らばっていて、何も消化されてないまま唾液と胃液を交えて形を崩してあふれ出す。

 「うっっ、うっ、うえっ、ウエッ、えっ、ゴボッ、ごほっ、ひっ、ひっ、ひぃああぁ、あっ...」

 鼻水が気孔をふさいで苦しく、爪で小棚の扉をひっかきもがきながら、止まらない自身の胃液を眺めながら、いつの間にあふれんばかりの涙の粒が滴り、たまって広がりいく胃液を波打たせる、見るに堪えない姿に私は釘づけになる。

 長く続いたその不快な音に、私は再び眉をきつく寄せて、私自身もどうにかなりそうな異臭に、鼻をふさぎたい衝動もままならず身動きが取れなかった。

 一通り、吐き出したものにけじめがついたのか、私の方にゆっくりと体を向けると、涙が再び緩やかに頬を伝い、開いているのかもわからない腫れた瞼で、瞳がこちらを向いているのかすらわからない。くちをひらけば、唇にとどまっていた鼻水が糸を成し、口の中へと消えてゆく。

 「わ、わ、わ...わた、あたしが、あっ、私が、わたしが、あっ、わたしが、わたっ、あっ」

 冷静を意外と持っていたようで、自身のもとを成していたものが目の前にいる事を、再確認、理解納得できず、ひたすら困惑する姉の姿が、とても愚かに見えて、こんな無様な格好でいる姉が許せなくなってくる。

 「お姉ちゃん...だよね?」

 再確認の一言を発すると、姉は目を伏せ、この状況を理解しようと徐々に落ち着きを取り戻そうと試みているのが分かる。

 目の前にいるのがドッべルゲンガーのようなもう一人の自分ではないことという分からない恐怖の一つの可能性を打ち消し、過呼吸が収まっていく。

 しばらく時間が過ぎ、何度も口を開きかけては声を発さないまま、それを繰り返し、目が泳ぎ、過呼吸と落ち着きを繰り返しては、私をちらちらとみているのを悟られないように私の姿を確認している。

 私は、姉のこんな情けない姿が私の嫌悪した姿で戸惑っているのを見て幻滅とがっかりを覚えると、立ち上がろうとするが、姉が、私が動き出そうとするさまを見て、のどに水がつっかえた声でやっと発する。

 「あっ、いや、あ、あんた...なっなんで......私...どうなって」

 聞き取ることも困難な絞り出す呻き声より、不格好にひざまずく私の姿にげんなりし、まともに姉と目を合わせる事が気まずい。

 私自身この状況がよく分からないでいるので返答をしないでいると、姉は目を虚ろにしたまま動かなくなった。

 落ち着いても分からないこの現状不可解な出来事をまた理解できずに、姉の体からスーッと精気が消え虚無になるようだ。

 虚無になる姉を一度洗面所から連れ出し、廊下の先の客間のソファーに姉を座らす。

 自分で考える事を拒否し動くことを拒否する姉が、酷い怪我をしていないことを確認すると、タオルと、袋に入れた氷や、再び吐き気を催した時の為に袋やバケツと、吐き出してつらいだろうが、胃に何も残っていないはずなので、飲み物や食べ物をも適度に持ち寄って、姉の周りに無造作に置く。

 姉が落ち着ける環境を最低限作ると、私も姉の正面に座りなおし、姉が処理できずにいる熱とかが覚め、落ち着きを取り戻す時間を待つ。

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