第14話  電話1 

数日後。

街の一角にある廃墟ビル。

西牙丈一郎は、事務所のある建物の二階にいた。

サンドバッグと格闘すること三時間、時計は朝方の九時三十分を指していた。

西牙の上半身からは、白い煙が出ていた。

いわゆる、汗が体内から出た瞬間に蒸発してしまい、白い蒸気へと変貌しているのである。

サンドバッグに左右のハイキックを放つ。

その時。

プルルル。

地面に置いてあったコードレス電話機の子機が鳴った。

「はい」

西牙は少し静かに息を吐いて言った。

「私ですが」

電話機の向こうからは聞き覚えのある声がした。

そう、ある男を壊して欲しいと依頼してきた四十代前半の男の声である。

「ククク、この前はやってくれたじゃねぇーか?」

西牙はニヤリと笑うと、窓際の椅子に掛けてあるタオルを取って上半身の汗をぬぐった。

「どうでした?楽しめましたか?」

電話機の向こうで男が少し笑いながら言った。

「なかなかに面白かったぜ。だが、あの程度じゃ、喰い足りねぇな」

西牙は首を左右に振った。

「そうでしょうね。では、本題に入りたいのですがいいですか?」

電話の向こうから聞こえる声はとても生き生きとしていた。

「ククク、本題もクソもねぇ。俺をコケにした奴は壊すだけだ」

西牙は、上半身をぬぐったタオルを椅子にかけた。

「コケになんてしていませんよ。私はあなたを試したかったのです。私と対等に戦える程の相手であるのかどうかを」

電話の向こうで男は静かに言った。

「ククク!最高じゃねぇーか、その自信」

西牙はニヤリと笑う。

「だが、いいのかよ?裏の世界にいるあんたが、表の世界にいる俺と戦うだと?ククク」

さらに言葉を発する西牙丈一郎。

「私はね、純粋に強い人間と戦いたいだけなのですよ。そして、あなたの強さは表の世界のものじゃない。そうですよね?」

電話越しに男は言う。

「表の世界ねー。ククク、お前の言っている表の世界とはどの様なものだ?そして、お前は本当に裏の世界を十分知り尽くしていると言えるのか?」

西牙の言葉には念を押す強さがあった。

「裏の世界ですか?これはこれはおかしなことを聞かれますね?私は、裏の世界に数十年いるのですよ?知らないことはほとんどありません」

電話越しの男の語尾が少し強くなった。

「ククク、知らないことはないだと?ハハハ!」

人間を馬鹿にした大笑い。

「何が言いたいのですか?」

男の声のトーンが変わる。

「もう何も言うまい。ところで、本題とは?」

西牙は問い返す。

「西牙さん、この前お渡しした現金百万円はそのままお受け取りください。そのかわり、私と一戦交えてもらえませんか?それが本題です」

「いいねぇ。お前のその自信、壊させてもらうぜ」

西牙は体中の血肉が踊り狂うのを感じた。

「では、交渉成立ですね。日時・場所はまた連絡します。それでは、また」

電話機の向こうで男はそう言うと、静かに電話を切った。

西牙はコードレス電話機の子機を床に置くと、またサンドバッグを蹴り始めた。

(その自信、存分に喰らい尽くしてやるまでよ・・・)

西牙はニヤリと笑った。

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