第3話  侵入

都内にあるそのビルは異様だった。

四階建ての普通のビルなのだが、何かが違った。少し薄汚く、それでいて怪しい雰囲気をかもしだしている。一階の入り口前には二人の男が立っていた。そして、監視カメラが二台付いている。

その時点でおかしいのである。

そう、ヤクザ組織の事務所ビルである。

入り口前に立っている男達は、風貌からして素人ではなかった。金の太いネックレスを首に付け、眉毛を剃り落とし、黒いサングラスをかけている。服装は派手で素人が着る服装ではない。五分に一回、路地に唾を吐く男達。

そんな時。

その男はやってきた。

白い帽子を深く被り、黒いトレーナーに黒いズボン。そして、両手をズボンのポケットの中に入れている。

「ここか・・・」

その男はそう言うと、そのビルを見上げた。

入り口前にいた男達は、その男を睨んだ。

「おい!コラ!」

男達の一人が怒号を飛ばす。

「何見てんだ!コラ!早く行け!」

もう一人の男が叫ぶ。

その男は、ビルを見上げていて両目を二人の男に向けると、ニヤリと笑った。

「ガタガタうるせぇーな、お前ら」

その男はそう言うと、ポケットから一枚の写真を出した。人相の悪い男が写っている。

「こいつ、ここにいるか?」

その男は話し続ける。

「あ!知るか!コラ!」

一人の男がその男の胸元を掴みかかる。

その男はすばやく体を左右に揺らすと、右足を前に放った。

ボッ!

空気を切り裂く音がする。

その男の前蹴りが相手の股間に突き刺さる。

「うぎぃ・・・・・!」

一人の男が口から白い泡を吹いて、地面にもんどり打って倒れた。体中を痙攣させて白目を剥いている。

もう一人の男はいきなりの出来事に唖然としていた。

その男は、ゆっくりともう一人の男に近付くと、喉仏を親指で押した。

「ぐへっ・・・・・・!」

もう一人の男は、変な声を上げて地面に崩れ落ちた。咳き込み、涙を流して地面を転げ回っている。

「ククク・・・」

その男は笑った。

そして。

この男こそ、西牙丈一郎なのである。

西牙は、そのまま事務所ビルの入り口に向かった。入り口のドアは鉄製の扉だったが、力一杯蹴り付けた。

ドゴオォーーーン!

鉄製の扉は薄いベニヤ板のように、事務所ビルの中に吹き飛んでいった。

一階の事務所には三人の男がいたのだが、扉がいきなり吹き飛んできたので、呆然としている。

「・・・・・」

誰一人として声を上げない。

それぞれが雑誌を読んだり、テレビを見たりしていたようだった。

西牙は、ゆっくりとビルの一階事務所に入っていくと、三人の男を見た。

じゃりっ。

じゃりっ。

「邪魔するぜ」

西牙は部屋全体を見渡した。

「な・・なんだ?お前は?」

金髪の男が立ち上がり西牙に近寄った。右手には木刀を掴んでいる。

「ククク・・・弱い奴程、武器に頼りたがるってか・・・」

西牙はクククと笑った。

金髪の男は顔色を変えた。

「殺すぞぉ!コラぁ!」

金髪の男は木刀を上空に掲げると、力一杯振り下ろした。

西牙は、ひゅっと言う叫び声をあげると、右足で木刀を蹴り上げた。木刀は金髪の男の手から離れると部屋の天井に叩き付けられた。

西牙は空気を裂く様に動いた。

右手を軽く伸ばす。

「・・・・?」

金髪の男の鼻を右手の親指と人指し指で掴むと軽くひねった。

ぐちゃ。

「ひぎいぃぃーーー!」

金髪の男は叫んだ。

そして、自分の鼻を両手で触った。

鼻から血がしたたり落ちている。

そして、曲がっている。

あきらかに、鼻がぐんにゃりと曲がっているのだ。

「な・・・何してんだ!お前!」

金髪の男は涙を両目に浮かべて叫んだ。

西牙は、右足で金髪の男の腹部を蹴った。

「ぐえぃえぇーーーー!」

金髪の男は、胃から汚物を吐いて部屋の床に倒れた。

「汚い奴め・・・」

西牙はそう言うと、部屋にいる二人の男を見た。

二人の男は怯えていた。

この得体の知れない怪物に怯えているのだった。

だが、彼らもヤクザである。幾多の修羅場を潜ってきた男達であった。

西牙に向かってジワリジワリと近付いていく。

「どうした?早く来いよ」

西牙はそう言うと、ずんずんと二人に向かって歩き出した。

二人の男はビクリと体を反応させると、西牙に向かって殴りかかる。

西牙は軽くよけると、一人の男の髪を掴んだ。

みしみし・・・。

「いだぁーーー!」

その男は叫んだ。

「ふん!」

西牙はそんなことなど気にしないで、その男の髪を掴んだまま部屋の壁に放り投げた。

ありえない光景である。

六・七十キロある男を簡単に放り投げたのである。

髪の毛を掴んだまま。

それも、片手で放り投げたのである。

「おいおい、こんなにお前の髪の毛が付いているじゃねーか」

西牙は自分の右手を見た。百本、いや二百本ぐらいの、その男の髪の毛がべっとりと付いている。

西牙は右手に付いた髪の毛をズボンで拭き取った。

投げ飛ばされた男は、頭を両手で押さえて震えていた。

西牙は、もう一人の男に振り向くと、ニヤリと笑った。

もう一人の男は、背中に手を回すと短刀を取り出した。木の鞘から短刀を抜くと、鞘を地面に放り投げた。

「殺してやるよ・・・」

その男は静かに言った。

「ククク・・・殺すだと?」

西牙は、ゆっくりとその男に近付く。

「死ねーーーーーー!」

その男は短刀の刃を西牙の胸元に向けて、突進してきた。

西牙は、左手で軽くその男の手首を掴んだ。

手首を掴まれた男は動けなかった。

ギリギリと手首を締め付けられ、短刀を簡単に地面に落とした。

「誰を殺すんだって?」

西牙はニヤリと笑うと、その男の手首を力一杯捻った。

ぼききいいぃっ!

「ぐひぃいぃひーーーー!」

その男はあまりの激痛に涎を垂らして叫んだ。

右手首が百八十度回転して、手首が赤く腫れている。

西牙は、ゆっくりと体を前かがみに倒すと、地面に落ちた短刀を拾った。

「こんなあぶないモノを持ち出したらダメだろ・・・」

西牙はそう言うと、その男の頬を短刀の刃の腹でピタピタと叩いた。

「うぐぅぐうぅ・・・うぐっ・・・」

その男は涙を流しながら、何度も頷いている。

「本当にわかっているのか?お前」

西牙は静かに言った。

「わ、わ、わかっています・・・うぐっ」

その男は異様な形になっている右手首を凝視していた。

「わかってねぇな」

西牙はそう言うと、短刀を持ち替えてその男の頬に突き刺した。

さくっ。

そう、本当にそんな感じである。

短刀の刃は、その男の頬を右から左へ簡単に突き抜けた、

「・・・・・・!」

その男は目を疑った。

自分が何をされたのかさえわからない表情を浮かべた。

だが。

だが、現実は現実なのだ。

その男の頬に短刀が突き刺さっていた。

「ひいいぃぃーーーーーーーー!!」

その男は叫んだ。

両目から涙を流して叫んだ。

左手でその短刀を抜こうとしたが、西牙はそれを許さなかった。

その男の左手を掴むと、肘から折り曲げた。

めきめきみちちちちつっっ!

腕の靭帯がぶち切れる音がした。

「うぴぎゅるっーーーーーー!」

その男はまた叫んだ。

その叫びはもう、人間の発する音質ではなかった。

その男は、頬に短刀を突き刺したまま、地面に転がっていた。

「ぐふっ!うぐっきっ・・・!」

あまりにも残酷!

あまりにも凄惨!

だが、西牙はニチャリと笑っていた。

そして、ゆっくりと向きを変えると、階段のある方向に向かって歩き出した。

二階に向かう階段は部屋の奥にあり、扉が開いたままだったので丸見えだった。

西牙は階段の一段目に進むと上を見上げた。

静かな空気が流れていた。

あれだけ一階で物音がしたのに、静かだった。

人がいないのか。

それとも、異変に気付いた仲間が待ち伏せしているのか。

西牙はゆっくりと階段に右足を乗せた。

かつん。

一段目。

かつん。

二段目。

西牙は目を閉じた。

空気の流れが異質に歪む。

一人か・・・。

かつん。

五段目。

かつん。

六段目。

人間の呼吸音がかすかに聞こえる。

いや、二人か・・・。

西牙は目を開けた。

そして、階段の底を軽く蹴り上げると、一気に二階のフロアに体ごと飛び込んだ。

ガシャンーーーーーー!

アルミ製の扉がガラスごと砕け散った。

二階のフロアに扉ごと西牙は入り込んだ。

フロアには、二人の男がいた。

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