底
乃すみ月花
第1話
まっくらやみの中で、ぽつんぽつんと街灯と住宅の明かりが滲んでいる。目で追っているとついに追いきれなくなって吐き気がしてきたので、私は目の焦点を車窓の表面に合わせた。するとほうれい線が浮き上がって疲れた顔をした自分が目に入り、慌てて口角を少し引き上げる。そしてガタンゴトンと心地のいい音に身を任せながらそっと目をつむった。
疲れた、だなんて言いたくも思いたくもなかった。そうやって自分の中で形にしてしまったら本当に疲れてしまう気がするのだ。大丈夫、私はまだ疲れていないしなにぶん強い。
閉じた瞼の中で眼球がぴくりと痙攣した気がした。意識して瞼を閉じる力を強める。
少し電車に酔ったようだった。ぎゅうぎゅうに詰め込まれた箱の中で歯を食いしばりながら一から数を足し続ける。
やっと最寄駅が近づいてきたというアナウンスが聞こえた頃には合計千をたっぷり超えていた。
いつもと同じ車両の同じ扉を出て大きく息を吸い込む。むっとした空気が詰め込まれた肺の中に冷たい空気が押し込まれる。それからひとつ大きな息を吐くとやっと肺の中が少しすっきりした気がした。
家にブロッコリーと玉ねぎがある。カレー粉としょうゆだけ切らしているので、そのふたつを買って帰ろう。そして簡単に炒め物を作ろう、と私は鞄を背負い直す。首筋を撫で過ぎた冷たい風に思わず顔を上げると横を通り過ぎていく人たちは皆一様に俯いて、口の端をだらりと下におろしていた。私はまた慌てて少しだけ口角を引き上げた。
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