第10話 ナオミと直美

ナオミと直美


雑居ビルの2階、櫂の会では、新橋で働くすべての女性をナオミさんが面談している。面談のない時間にふらっとそこの主(ナオミさん)がバルを訪れる。5階の主(イムラさん)も同じで、バルのカウンターでよく会うようになり、2人は気心知れる仲となった。そんなイムラさんがユリエを連れて待ち構えていたのは、ユリエにチャンスを与えたかったからだ。つい先日、雑居ビルの5階(あなたの話)でユリエが泣きわめきながらイムラさんに語ったのは、ナオミさんに面談で落とされてスナックで働けなかったという話だった。聞けば、ユリエは面談でナオミさんに酒の勝負※を挑み、暴言を吐いた挙句にあれも吐いたらしい。(※ナオミさんは酒で負けたことがない、大酒豪。)

そんなユリエが働きたい場所は、東京の重鎮がお忍びで訪れる最高級のスナック、新橋煩悩(シンバシボンノウ)だ。普通のスナックではない、シゲさんがオーナーを務め、会員だけが入店可能なスナックであり、失礼があってはならない、ママに恥をかかせられない、とナオミさんは判断した。(ちなみにここのママ、ヒトミはイワヨシさんの愛人であるが、そのことをナオミさんもシゲさんも知らないが、イムラさんだけが知っていて、イワヨシさんはだれにもバレていないと思っている。)イムラさんは、ユリエのポテンシャルを見抜いていた。話の切り返しが異常にうまく、おじさんの扱い方だけなら超一流である。そんなユリエなら、将来、ヒトミのポストもやれるかもしれない、と買っていたのだった。ナオミさんもまたユリエの能力はわかっていたが、スナックの雰囲気、つまりママや客との相性にずれを感じていた。イムラさんのヒトを見る目を勘案すれば復活採用してもいいかもしれないが、、、と考えながら「また来なさい」と伝えた。イムラさんとユリエがくるっと目を輝かせて、「ありがとう!(ございます!)」と声を合わせてお礼を言った。ナオミさんが一度下した結果を考え直すのは初めてのことである。

そこへカタガワさんが直美ちゃんを連れてやってきた。「ナオミさん、こちらの直美ちゃんにね、今度うちの店の店長を任せようと思ってますから、よろしくお願いしますね。」

カタガワさんの店と言えば、新橋でも有名なイタリア料理の人気店で、1日に受け入れる人数を制限している。そこのオーナーの倉内さん(気のいい金持ちのおじさん)と店長の早坂さん(帽子のよく似合う渋い男性)とは知り合いである。ナオミさんは2人から店長交代の情報は聞かされていなかった。

「早坂さん変わっちゃうんですか?」

カタガワさんはその店の料理長であり、事前に倉内さんから相談を受けていた。

「早坂さんは別のところで独立するみたい。倉内さんからだれか新しい店長いないかなあって相談を受けてね、僕のワイン好きの知り合いから紹介してもらったのが直美ちゃん」。「原直美と申します。今は世界中からワインを仕入れる仕事をやっていまして、試飲スペースでハムとかチーズをサービスで出しながら売っていたんですが、ただ説明して売るよりも、ワインを飲んでもらう方が楽しくなってきたんです。ちょうどそんな時に、カタガワさんから店長やってみないかとお誘いを受けまして。ワインはすべて任せていただけるということでしたので、お受けすることにしました。」

ナオミさんは、目の前にいる自分と同じ名前のこの女性を見ながら、知的で、どこか芯があって、背格好も似ている、、、しかも美人、、、自分との違いは何だろうと考えていた。その時、堺さんが耐えきれずに直美ちゃんの後ろから顔を出し、「ナオミさん、気まずいから今言うけど、別れた妻です。この人。」まさかこんなところで会うとは思っていないので、直美ちゃんは振り返って「えええ?!」とびっくりしている。パシンと堺さんの肩を叩きながら、「何でここにいるの?あなたがいつも通ってたバルってここのこと?」と尋ねた。「あ、そうそう、ここにいるみんな、だいだい知り合い。ナオミさんとはよくゴルフにも行くしね、、」と平静を装う堺さん。カウンターの異様な雰囲気を嗅ぎ付け、小島さんとイワヨシさんがカウンターに集まってくる。すると、イムラさんの隣の美女(イクミンという名前らしい)が、「あれ?まさか赤坂のワイン屋の原さん?」と声をかけた。イクミンはたまに直美ちゃんのお店でワインを買っていたらしい。至るところでこの状況や関係性の説明が始まり、玉石混交としている。ヨッシーはこの話を聞き分けながら、「常連さんの同級生が、また別の常連さんの元奥さんって、すごいつながりですね。」とだれかに話すでもなくつぶやいた。こんな状況を楽しむように「この関係に恋愛感情を入れるともっと複雑になるよ〜」とイムラさんが意味深な一言。その時また、カラン♪と鳴り、シゲさんが登場した、その傍らには腕を絡ませながら黒いドレスの新橋煩悩のママ、ヒトミがいる。

ヨッシーはいらっしゃいませと、入り口付近のテーブル席を片付けながら案内すると、みんなが挨拶し合っている隙に、ドアにかかっている木の札をくるっとCLOSE にひっくり返した。今日はもう勝手に貸し切りにしてしまおう。

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