第2話 約束

約束


3年前、五島列島の鮮魚を出してくれると聞いて通い始めたバル。それから週3で通っているので今では店長のヨッシーとは仲良し。綾野剛を優しくした感じの店長ヨッシー。本名はヨシタカ。たまたま僕と同じ名前で同い年。違うのは酒を出す方か出される方かということと、あだ名。僕は店長をヨッシーと呼び、ヨッシーは僕をヨシタカサンと呼んでくれる。


あるクリスマスの夜だった。僕が雑居ビルから出てくる派手なキャバ嬢風の女を2階から見ていると、ヨッシーが頼んでもいないのにワインを持ってきてくれた。

「ヨシタカサン、クリスマスなんでプレゼントです。」

「おお、ありがとう!悪いねぇ。」

「あまっているボジョレーですから気にしないでください。」

「うまいね、旬をすぎたボジョレー(笑)」

雑居ビルの前ではさっきの派手なキャバ嬢がうずくまって嘔吐している。でかい声で泣きながら。

「ヨシタカさん、窓際のこの場所でワイン飲んでくれるなら、ワイン無料で差し上げます。これから毎日クリスマスということで。」

最初は冗談かとおもったが、次の日の23時、窓際でビールを飲んでいると、「メリークリスマス。」とワインを持ってきてくれた。「約束どおり無料ですからね」とヨッシーは笑顔。僕は甘えてワインを優雅に飲んだ。

こうして3年間、僕は月、火、金の週3日、欠かさずバルに来ている。そして、雑居ビルもまた月、火、金の週3日はオープンしている。

昔、水曜日の夜にこの路地を歩いたことがある。雑居ビルは真っ暗。恐る恐る1階の事務所を覗いたがだれもいない、とその時、小窓のカーテンの隙間から視線を感じて怖くなり、無意識に向いの飲食ビルの2階に逃げ込んだ。すると「ヨシタカサンいらっしゃい」と店長ヨッシーが迎えてくれる。「水曜日にいらっしゃるのめずらしいですね」と爽やかな笑顔。「ヨッシー、とりあえず水ください。水曜日だけに。」ヨッシーはレモン味のチェイサーを注いでくれた。コップを片手にふと雑居ビルに眼をやると、2階の派手な看板の明かりが点滅しながら、ポポンポンとついた。その時はめずらしく水曜日にオープンするのかと、その偶然を不思議に思わなかったが、何度かそういうことがあり、3年の時を経て、やっと、雑居ビルのオープンと僕のバル通いの連動性は、クリスマスに交わしたヨッシーとの約束から始まった法則であることに気づいた。この奇妙な約束について、ヨッシーに聞いたことはない。日常の何かが壊れそうで、壊したくないから聞けないでいる。

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