あるバルの物語

@takechan

第1話 雑居ビルの謎

雑居ビルの謎


気づくとここいる。

仕事帰りにこの店に立ち寄ってしまうのには訳がある。この立ち飲みバルは新橋駅から程近いある飲食ビルの2階にあり、23時ごろになると客がいなくなる。静かで居心地の良いこの時間帯に訪ね、苦いビールを飲みながら窓際に立つ。そこから小さな路地を見下ろすと、僕のような酔っ払いサラリーマンだけでなく、いろんな人達で賑わいはじめる。新橋といえど、こんな時間から人が増え始める小さな路地には違和感がある。終電間際になってくると、人の流れが、一際、向いの雑居ビルへ集中しはじめる。僕は、あるバルの2階のこの窓から、向いの雑居ビルに出入りする人達を見るのが好きなのだ。そんな光景を見ながらその人の過去や未来を妄想して酒を飲む。

5階建ての雑居ビルのうち、1階は小さな小窓にカーテンがかかり事務所風。2階は黒い看板にピンクの文字で「櫂の会」(かいのかい)と書かれたスナック風の看板。3階はクリーニング商会と書かれた看板。4階は何も書かれていない看板、ただし、文字を消した後が薄く残っている(文字は読めない)。5階はあなたの話と書かれた看板。まさに雑居。なんの店だかさっぱりわからない。


ある深夜、いつものように2階から見ていると、雑居ビルから銃声がして、黒いニット帽をかぶった男が逃げていく、というような類の話ではない。この先、ハラハラするような展開はない。ただ、この雑居ビルを眺め続けていると、ある法則にたどり着いた。それは、僕がこのバルから眺めていると雑居ビルは開いているが、バルにいない時は雑居ビルは閉まっている。したがって、僕は雑居ビルに入ることができない。雑居ビルを眺め続けて3年、、、この法則が破られたことは1度もない。 謎だ。

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