-第41訓- 女子はマザコン男を毛嫌いする
顔の火照り、変な汗のかき方、ぐったりした体。
……熱中症か。
パラソルの下に体育座りした楽寺さんは両腕に顔を埋め、半分深呼吸をするような息遣いを繰り返していた。
「大丈夫? とりあえず水分取りな」
「……うん。ごめんね」
楽寺さんの横にしゃがんだ鵠沼がペットボトルを渡すと、彼女はちゃんと反応した。意識はしっかりとあるようだ。まぁこの感じならⅠ度だろうけど……。
「救護室空いてなかったー!」
救護室の様子を見に行っていた駆け足気味に倉高さんが戻ってきた。
「マジ?」
「うん。何か今日暑いから具合悪くなっちゃった人すごい多いみたい。ライフセーバーの人たちも忙しいみたいでとりあえずこれはくれたけど……使える?」
倉高さんは手に持っていた袋から保冷剤を取り出し、楽寺さんにそのまま渡すが、
「違う違う。あと二つくれ。あとタオル借りるでの」
俺がそれを制止し、倉高さんに追加の保冷剤を受け取る。そしてそのへんに置いてあったタオルを適当に手に取り、各々の保冷剤をタオルで包む。
「水分取ってからでええけど、ここに寝れるか?」
「え? う、うん……」
俺は楽寺さんを寝かせ、彼女の首の裏と両脇に保冷剤を挟む。
これでよし、と思っていると長谷が中腰で覗くようにして「何かななっちゃん……手慣れてね?」と尋ねてきた。
「ああ、現場……いやバイトで教えられるんだわ」
バイトというのは俺の親父がやってる工事現場での手伝いのことだが、夏場は特に熱中症にならないようにと朝礼などで口酸っぱく言われる。
その延長で熱中症になったらどうするべきかという話もあるのだが、これがこんなところで役立つとは思わなんだ。
長谷が「へー、すげー」と感心していたが、横からでかいバスタオルと持った稲村が入ってきた。
「楽寺、タオルかけるぞ?」
「あ、ありがと……」
そう言って稲村は彼女の体を隠すようにタオルを上から被せる。
なるほど、女子的に水着姿でぐったり寝転がっている姿はあまり見られたいものではないか。こいつのこういう気遣いできるのすげぇわ。モテる男はやはり違う。
……でも自然とこういう優しいさ出しちゃうからあんなことになったのかもな。
今度は俺が彼の行動に感心していると、腰越さんが俺の隣にしゃがんできた。
「ごめん七里。こういう時ってこの後どうしたらいい?」
「んー、熱中症にもⅠ度(現場での応急処置で対応できる軽症)、Ⅱ度(病院への搬送を必要とする中等症)、Ⅲ度(入院して集中治療の必要性のある重症)ってあって、楽寺さんはちゃんと喋れてるしⅠ度以下だろうから大丈夫だろうけど、ずっとここにいるってのものぉ……」
軽度の段階の熱中症であれば、涼しい場所で身体を冷やすなどの適切な応急処置を施せば、ほとんどの場合は回復するが、ここは涼しくないし重症化するリスクがないとは言い切れない。
「でも救護室空いてないんでしょ?」
「じゃあ……もう帰る? でも駅まで歩かないとだし、厳しいよね……」
「えー、どうしよどうしよ」
この緊急事態に女子たちがざわつき始める。そうなんだよな、移動するにもみんな電車で来てるし、そもそも駅まで15分くらい歩かなくちゃいけない。
「みんなごめん。めっちゃ迷惑かけてるよね……」
楽寺さんは申し訳なさそうに謝る。
「いいの。楽寺だってアタシたちが困った時は助けてくれてるんだから。あとみんなも落ち着いて。とにかく大人呼ぼう。アタシらだけで何とかしようとしちゃダメ」
その中で鵠沼が皆をなだめる。ちょっとだけ鵠沼が女子たちから支持を得ている理由がわかった気がする。ちょっとだけな。
すると江島と長谷が、
「大人……やっぱ救護室の人とか?」
「おけ! もっかい俺らでライフセーバー呼んで来ようぜ!」
そう言って二人は小走りで監視員室を目指す。
ここでちゃんと大人を呼ぶというのは本当に大正解だ。俺がした以上の応急処理をしてくれるかもしれないし、対応策も教えてもらえるかもしれない。
「ごめんげぬー、私がさっき何とかして救護室の人連れてくるべきだったね……」
萎れる倉高さんを「気にしないの」と慰める鵠沼は続けて言う。
「それに大人来たところでどちらにせよここを動いて涼しい場所に行かなくてはいけないから」
「そっか。さっき言ってた通り電車は厳しいし、ライフセーバーの人が車出してくれるとは考えにくいし……最悪タクシー?」
「うん。そうね……」
歯切れの悪い鵠沼に対して、腰越さんが思いついたように発言する。
「なら優花の家族に連絡して迎えに来てもらお! 優花んちからここって遠いからちょっと時間かかるかもだけど」
親か。確かにそうするしか……ん? 親……車……あ。
女子たちは色々と模索していたが、そんな会話の中でヒントを見つけた俺はとある打開策を見出した。
正直あまり選びたくはない選択肢だったが、そんなこと言っていられる状況でもない。
俺はパラソルの下に置いてある自分のバッグをまさぐり、スマホを取り出す。
「どうした七里? 何か思いついた?」
さすが察しのいい稲村は問いかけてくる。
「まぁよ。リーサルウェポン召喚するわ」
「は? なんだそれ」
そして俺はとある人物にLINE電話をかける。するとしばらくして、
『もしもし? どうしたのよ電話なんて珍しい』
「おう、今家? 悪いんだけど海まで車出してくれん?」
『家だけど、何で? 高校の友達と遊んでるんでしょ?』
「ちょっと熱中症になり気味のやつがいての。うちで休ませてやりたいんじゃ」
『え、今すぐ? ちょっと今経費精算とかしてるんだけど』
「ああ、今すぐ。あ、結構人数いるから会社のハイエースで頼むわ」
『仕方ないわねーまったく。どうせ男たちで浮かれてバカやったんでしょ』
「いや、あー……女子なんだけど。熱中症になったのは」
『……え!? 女の子なの!? バカ! それを早く言いなさい! すぐ行くわよ! どこいるかマップ送って! すぐ!』
おい、男か女で対応違いすぎるだろ。
その後いくつか確認事項を話して電話は切れた。すると稲村が半笑いで訊いてきた。
「今のあれだろ。えーっと、こーこちゃん!」
「お前がその名で呼ぶな」
「いいじゃねーか。お前もそう呼んでるし。えー、来てくれんだ。会うの楽しみだわ」
何で楽しみなんだ。ただのおばさんだぞ。
そんな会話を稲村としていると、
「ねね。こーこちゃんって……誰?」
俺らの様子を見ていた腰越さんが不思議そうに尋ねてくる。
「ん? 七里の彼女」
意味のわからない嘘つく稲村に対して腰越さん、倉高さん、岸さんの順に反応する。
「えー!? 七里好きぴいないって言ってたじゃん!」
「七里クン彼女いるのー? ショックー」
「車で迎えに来るって言ってたよね。じゃあ年上だ。すごーい」
ったく。何でこうも女は恋愛が絡むと反応が良くなるんだ。割と物静かな岸さんまでリアクションするとは。
「彼女じゃねぇわ。母親じゃ母親。俺んちここから割と近いから迎えに来てもらって楽寺さんうちで休ませようって話よ」
俺が弁解すると女子たちはなぜかつまんなそうな顔になる。何でだよ。
「何だお母さんかよー。イナっちふざけんなしー」
「私ご挨拶しないとじゃん。やだー、緊張するー」
「あ、そうなんだ。お母さん……」
いや、お前ら俺の名案に対してはコメントなしか。本当は女子とこーこちゃん会わせるの嫌なんだからな。何か面倒くさくなりそうだし。
「いや、七里はマザコンだからほとんど彼女みたいなもんよ? よくデートしてるし。な?」
またしても稲村は余計なことを言う。な? じゃねぇわ。してねーわ。
「……それマジ?」
「え。ごめん七里クン、それはちょっと引く」
「マザコン、なんだ……」
急に俺から距離をとる女子たち。信じるなバカか。
しかしほんと女ってマザコンの男嫌いだな。仮に俺がマザコンだとしてもお前らに何の害もねぇだろ。まぁ別にお前らなんぞに嫌われても全然構わんが。
×××
その後、車が着たらすぐに動けるようにみんなで帰り支度をしていると、こーこちゃんから電話がかかってきた。
「おお、着いたかの?」
『着いたけど、駐車場満車だから停められないのよ。入口近くに路駐してるから来れるかしら?』
「おっけ、今行くわ」
すると稲村が「お、こーこ来た?」と訊いてきた。
「来た。つかその呼び方やめろ。何で呼び捨てになってんだ」
しかし彼はそれを無視して「みんなー、こーこちゃん来たってよー」とみんなを先導する。おのれ。
「すみません。色々とありがとうございました」
「いえいえ。パラソルは私が返却しておきますので、お大事に」
気づくと江島と長谷が呼んできた女性のライフセーバーに鵠沼がお礼を言っていた。
楽寺さんは少しふらつくが何とか歩けはする状態で、江島に支えられながら駐車場入り口を目指す。
近くまで行くとそこには見慣れた白塗りのハイエースバンが停まっていた。
「どうもー、七里母です。さ、乗って乗って。砂とか気にしなくていいからね。もともと汚れていい車だから」
本当に急いで来たのだろう、部屋着のまま髪を束ねた状態でうちの母親が運転席から顔を覗かせた。いや、ちゃっかり軽く化粧してやがる。要らねぇからそれ。
そんな彼女が挨拶に皆は続けて「こんにちはー」「お願いしまーす」と挨拶し返す。
「全員乗った? 熱中症の子どの子? 大丈夫?」
「この子です。一応歩けるくらいにはなりました」
楽寺さんに寄り添い、車の一番後ろの席に座る鵠沼が言う。
うちの社用車は十人乗りで、前から運転席、助手席、その後ろに二席、さらにその後ろに二席、一番後ろは四席という構造になっている。
席順は運転席と助手席は言わずもがなとして、前から倉高さんと岸さん、次が腰越さんと稲村、最後尾が鵠沼、楽寺さん、江島、長谷となっている。
「あら可哀そうに……。ちゃんと水分取ってね。はいこれポカリ渡してあげて? 大きいの買ってきたからたくさん飲んでね? 飲みやすいようにストローもあるから。あとクーラーボックスに氷も入ってるから冷やしてね。あ、逆に車内寒すぎ? だったら言ってね」
「いいから車出せよ。あんまここ長く停められないじゃろ」
俺は助手席に乗り込み、ドアを閉め、シートベルトをしながら指摘する。
「あんたねぇ……! そんなことよりこの子の体調でしょ! よそ様のお嬢さんに何かあったらどうすんの! 私来る前にちゃんと応急処置したの? 私に連絡するのだってもっと早くできたんじゃないの?」
うるせぇなぁ。そんな色々言われなくても俺らで勝手にやるっつーの。いつまでもガキ扱いすんな、と思いはするも口には出さずにいると、楽寺さんが「いや七里は……」と声を振り絞る。
「七里……くんはすごい色々してくれました。応急処置とかちゃんとしてて……だから」
とフォローしてくれる。そういうのいいから大人しく座ってろよ。
「そうなの? あらごめんなさい。こんなロクデナシを庇うなんていい子ねぇ。じゃあ車出すわ」
誰がロクデナシだ。久々に聞いたわそんな単語。
その合図とともにウインカーを出し、バンは国道134号線へと出る。
「説教なは高校のクラスメイト?」
車が海岸線を走り出してからしばらくすると、こーこちゃんはバックミラー越しに皆に尋ねた。
「あーしたちはB組で、前のこの二人はF組です」
腰越さんがメンバー各々を指でさして答える。
「へー。学校楽しい?」
出た。親が子にする質問の大定番。その答えは決まって「別に普通」。
「はい! 楽しいよね?」
しかしこれが自分の親でなければ別だ。高校生でも大人に対して気くらい遣える。
そうとは気付いていないのか「あらそう! いいわねー。うちの子あんまり学校のこと話さないから」といつもよりご機嫌なこーこちゃん。
「でもびっくりした。あんたこんな可愛い女の子たちと仲良かったのね~」
あ、やばい。これ、俺が予期していた面倒くさい流れだ。
「うちの子学校でどう? 嫌なこと言ったりしてこない?」
これには苦笑いを浮かべる女子たち。おい、どうせならそこも気遣えよ。
「……やっぱり。あんたいいかげんにしなさいよ。ごめんなさいね~、もしあれだったら頬に張り手かましていいからね? もしくは私が殴っておくから言って?」
かますとか言うな。お里が知れる。
しかしこうなると鵠沼あたりには今後マジでかまされそう。一回胸ぐら掴まれたしな。ま、そんなもんそう易々と喰らわんが。
「この子ねー、幼稚園とか小学校の頃、よく女の子泣かして大変だったのよ。何度呼び出されたことか」
「話盛るなよ。そんなん数えるほどしかないわ」
「数えるほどある時点で問題でしょうが」
別に泣かせたくてやったわけじゃない。ちょっと正論言っただけですぐ泣くからなあいつら。言い返せないからって。
「やばー。幼稚園で親呼び出されるとかある? ウケんだけど」
「へー! 七里クンの小さい頃のお話もっと聞きたいですー」
腰越さんに加え、倉高さんも入ってくる。何でだよ。やめろよ。
「そうねぇ。父親に似ちゃって昔から頑固ねー。私にはあんまり似てないんじゃない?」
「性格の悪さはあんた譲りじゃ」
「はー? 私は性格いいわよ。一緒にしないでくれる?」
「自分で自分の性格がいいなんて言うやつにロクなやつおらんわ」
「そんなことないでしょ。そもそもあんた自分で性格悪いの気づいてるなら直しなさいよ。ねえ?」
こーこちゃんが皆に問うと今度は稲村が「やっぱ仲良いですねー!」と入ってきた。どこがよ。
「そーお? 大変よー? こいつの母親やるの。父親と取っ組み合いの喧嘩してる時なんか家壊れそうだし。実際何か所か壊れて直したし」
それに女子たちはええー!? と声を上げる。うるせ。
しかし稲村は変わらずニヤニヤして、
「大丈夫ですよ! 七里はお母さんのこと大好きですから!」
何が大丈夫なんだ。つか違ぇし。
こーこちゃんは「えー、そうなの?」と反応すると稲村は続ける。
「そうですよ! 前にこいつ遊びに誘ったら『その日はお母さんとデートするから無理』って断られたこと何回かありましたからね!」
それに対し俺が「うそつくなし」と訂正をするが稲村は「正直ちょっと引いたもんな―」と更に嘘を付け加える。するとこーこちゃんは、
「えー、知らない! あんたなかなかねぇ」
ちょっと待て、と思い俺は反論する。
「いやいや。デートだなんて言ってねぇし。買い物付き合ってメシ食っただけだし。そもそもそっちの方が先に予定入ってたんだから後から来た他の誘いは断るじゃろ普通」
と、答えたのだが誰も反応しない。……え? 何?
「マジでマザコンなんだ……」
「えー、やだそれー……」
やっと反応したと思ったら腰越さんと倉高さんに小声のマジトーンで言われた。な、何で……?
「私なんかより友達優先しなさいよー。たぶん暇そうにしてるから誘っただけよ私。ごめんねーせっかく誘ってくれたのに。えっと名前は……?」
「稲村っす! 稲村拓海です!」
「あ! 稲村くん!? このロクデナシが前にちらっと話してたわ! これからもよろしくお願いね? 友達の誘い断るような子だけど」
「あ、いや全然大丈夫です! 逆に面白かったんで。話のネタにもなったし。でもお母さんと二人で遊ぶっていいですね! いい息子だわー」
よくわからんが稲村の最後の方の言葉が皮肉なのはわかった。
「別に遊んでるわけじゃねぇわ。お前らだって母親と買い物くらい行くだろ? ほら、メシ奢ってもらえるし機嫌よければ服代出してくれるし。要は金目当てだよ金」
しかし、これも俺が描いていたのとは違う反応が返ってくる。
「いやないわ」
「金出されても親と出かけんの嫌じゃねー普通」
「小学生くらいの時はあったかもだけど……」
男子三人は全く俺に共感してくれなかった。マジか。
すると今度は女子たちが声を上げ始める。
「でも女子はお母さんと遊んだりするよね」
「うん。たまにねー」
「んー、でもわたしはないかなぁ」
打って変わって女子には多少共感された。
「だ、だよな? 普通だよな俺? 俺も別にしょっちゅうじゃないから。たまにだから」
しかしなぜか「う、うん……」と微妙な反応をされた。というかめっちゃ引かれてねこれ。何でだよ共感してくれてんじゃねぇのかよ。
つうかもしかして俺って女子っぽいの? だから引いてんの? うわ、確かにそれはマザコン以上に嫌だわ。
というか、普通の男子高校生は母親と出かけるの変なの? みんなはどう?
すると稲村が「……七里」と改まって口を開いた。
「これでわかったろ? お前はマザコンなんだ。もう逃れようがない。自首しよう」
よくわからんが引導を渡されてしまった。う、嘘だろ……?
「あとこれお母さんにめっちゃ聞きたかったんですけど」
反論しようとしたところで稲村はこーこちゃんに話を振り出したためそれは阻止された。
「何で七里はお母さんのこと『こーこちゃん』って呼んでるんですか?」
それもおかしいのか。まぁ多少珍しいとは思っていたが、そんなにか?
と思っているとこーこちゃんも一緒だったようで、
「あー、やっぱり珍しい? みんなは『お母さん』とか『ママ』って呼ぶのかしら。私ね、この子を大学生の時に産んだんだけど……」
全てを言い切る前に女子たちが「えー!?」と驚愕する。うるせ。さっきより数倍。
「確かにすごい若くて綺麗なお母さんだなぁとは思ってたけど……!」
倉高さんが言う。確かにギリ三十代ではあるが、綺麗なのか? 自分の母親だからわからん。
「すご! めっちゃ羨ましい! あたしも早く子供欲しー」
いや、別に腰越さんの願望は聞いてない。
「大学生ってことは二十歳くらいで出産したってことですか!?」
おいおい、岸さんまで入ってくるのかこの会話。
しかしこの分野への食いつきは圧倒的に女子率が高い。まぁ将来当事者になるわけだしな。
それを聞いてご機嫌なこーこちゃんは「やだー綺麗だって! 聞いた?」と左手で俺のことをバンバン叩く。痛い。いい歳こいてはしゃぐな。叩くな。ハンドル握れ。
「そうよー、丁度二十歳の時。成人式の時にはこの子生まれてた。そもそも旦那とは十八で結婚してたし」
すると再び「えー!?」の嵐。うるさ。今日何回目だこれ。
「やめろよそれ言うの。恥ずかしくないのかよ」
思わず制してしまった。息子としては何となく喧伝でしてほしい内容ではない。
「何でよ、いいじゃない。別にデキ婚でもないし、お父さんはその時もうちゃんと働いてたし、私は休学したけどちゃんと卒業したし、今こうやってちゃんと家族してるし、何も問題ないじゃない」
それにしたってだ。
俺さ、結構大きくなるまで知らなかったんだけど、学生結婚ってなかなかないことなのな。そんな家庭で育ったせいかガキの頃は十代で結婚するのは普通だと思っていたからな。
「うーわ超理想! いいなー」
「何でそんな早く結婚したんですか? すごい気になる!」
「確かに! 今のうちらからしたら来年結婚するってことでしょ!? すごーい!」
こーこちゃんの話が彼女たちの琴線に触れたのか、めちゃくちゃ盛り上がる。女子はこの歳でも結婚って意識しているもんなんだろうか。男子にはそんなもん皆無だが。
「何でだったかしらね……付き合うくらいなら結婚しちゃおうとかそんなことだったような。旦那は地元追い出されてうちの実家に下宿してた人だからもともと半分家族みたいな感じだったし」
息子の前でペラペラと……やめてほしい。
「え! 付き合わないで結婚したんですか!?」
「交際ゼロ日婚! 本当にそういうのあるんだ……!」
「すごい……!」
相変わらずオーバーなリアクションをする女子たち。ツッコミどころそこじゃない気がするがもうやめてくれ。てめぇら親の恋愛事情聞かされる息子の身にもなれ。
「おい、いいかげん稲村の質問に答えろよ。さっきからずっと無視してんぞ」
このままだと子供にとって最大の苦行である「父親と母親の馴れ初め」を聞くという流れになりそうなので、話を変えた。
「あらごめんなさい。何だっけ? あー、こーこちゃんって名前呼びしてる理由ね」
丁度赤信号のために停車し、俺の母親は説明し始めた。
「当時、周りと比べると若くして結婚したからかもしれないんだけど、『お母さん』って呼ばれるのは何となくしっくりこなくて、そしたら旦那が『好きな名前で呼ばせればええ』って提案してきてね。それ採用したんだけど、結局それが今でも残ってるって感じね」
「そう。だからこの名前呼びは俺のせいではない」
ここは強く言っていきたい。しかし車内の女子たちの関心は俺の主張には向かわず、
「あー、めっちゃいい! あたしも息子から名前呼びされたい!」
「確かにお母さんって呼ばれないのが若々しくいられる秘訣なのかも……!」
「逆に七里くんは今までお母さんって呼んだことないんですか?」
岸さんの質問にこーこちゃんは「……あったっけ?」と訊いてきたが、
「あるわけないじゃろ。今更そんな大層な呼称で呼べるか」
今思い出したけど、小学校の作文で親について書くやるあるだろ? あれに名前呼びのままで書いたら直されたことあった。その直したやつ朗読した時はめちゃくちゃ気持ち悪かったなー。
「でも名前呼びなの除いても本当に仲がいいの伝わってきますよ。親子っていうより姉弟って感じですし」
妙に温かい口調で稲村が言ってくる。やめろ気持ち悪い。
「そうそう! マザコンってマジで無理だと思ってたけど、冷静に考えたら高校生の息子がデートしてくれるってあたし含め全女子がなりたいお母さん像だし!」
「姉弟っていうか恋人同士みたいだよ! そっかーだからなびかないのねー。うんうん納得ぅー」
「うん、すごい良い親子だと思います」
たぶん褒められているんだろうけど、何かむずかゆい。
どうも女子と自分の親が絡んでいるというのは、調子が狂うもんである。
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