第43話 いにしえのパンなのじゃ!

「これだ!」


 ブロートが出したものは、表面がきつね色に焼けている長細いパンであった。


「……パンじゃのう?」


 ルルは面白いものを見せてあげようと言われて出てきたパンに首を傾げる。パッと見ではどこも面白いようには見えなかったため反応に困っている様子だ。

 それを見てブロートが、見ただけではわからないかとパンの説明を始める。


「そう!でもただのパンじゃない!過去の文献を参考にした、魔法に頼らずに保存性を高めたパンなんだ!」


「魔法に頼らずとな?」


 ルルが魔法に頼らず保管すると聞いてどこかで聞いた覚えがあるようなと思いながら聞き返すと、ナンが引き継いで説明を続ける。


「今私たちは一度に大量にパンを焼いて、それに保存のための魔法をかけて教会に保管しているの。そこから必要な分を毎日配っていくのだけど、ルルちゃんも神父さんが配ってるところ見た覚えないかな?朝のお祈りの後なんだけど」


「朝のお祈り……?……うふぅー……えへへ?」


 ルルはナンに問われ、ちょっと考えた後に両手を体の前で組んで体をもじもじさせ、曖昧な笑顔を浮かべる。

 それというのも朝のお祈りの時間は日の出頃となっており非常に早いため、シスター見習いのうちはまだ寝てていいですよとギルに言われ、その頃は絶賛夢の国にいるためだ。


「あーそう言えばお祈りの時ルルちゃん見た覚えないな」


 誰が説明したわけではないが先ほどから常に元気良く返事をしていたルルが急に曖昧な態度を取ったことで察するブロート。ここは深く突っ込まずに軽く流してやるのが情けだと説明を引き継ぐ。


「それで現在教会に負担がかかっているから、その手間を減らすために魔法の要らないパンを作ってみたったわけだ!」


「なるほどのう!」


「ふむ、お心づかいは有り難いのですが、それはもしや」


 説明を聞いたルルが納得する後ろで、ギルがもしやと話しかけると、その意を受けてブロートが続ける。


「そうなんだよ神父さん。いやあ、伝え聞く通りの硬さだったよ!」


 ほらこの通りとパンを先ほどまで使っていた作業台に軽く叩きつけると、ガンガンと食べ物が出してはいけない音が鳴る。強めに叩きつけても音は変わらず、またパンも形を全く崩さないと言う有様であった。


「これはまた……すごいですね」


「だろう?釘が打てると言われてただけあるよ。まあ流石に刃物は通るけどね」


 そう言うとブロートは大きめのナイフを使い、それなりに苦労しながらもザクザクとパンをスライスしていく。


「せっかく作ったのに捨てるのもったいないんで神父さんちょっとどうだい」


「わしも食べるのじゃ!」


 せっかく作ったのだからとギルに勧めたところ、ルルが食いついてきて困り顔を浮かべるブロート。大の大人でも厳しい食べ物を子供にあげるわけにはいかないなと言葉を濁す。


「あーいや、ルルちゃんはどうかな……」


「食ーべーるーのーじゃー!」


 ブロートはこのぐらいの歳の子は断っても勝手に食べるかもしれないし、どう言えばよいだろうかと悩むが、そんなことをお構いなしに食べたがるルルにいよいよ参ってギルに判断をゆだねる。


「どうする神父さん?」


「いや流石にこれは」


「ルルが欲しがっているのだから食べさせてやればいいだろう」


「そうじゃそうじゃー!ぶぅぶぅ!」


 一方、ゆだねられても困るのがギルである。断るしかないかと判断するも、それを横からバアルがとどめ、さらに便乗してルルがぶぅぶぅと抗議を続ける。


「バアルさんまで……うーん、そうですね、いいですかルルさん、軽く噛んで、駄目そうならペッしちゃいましょう。いいですね、軽くですよ」


「わーい!せんせぇありがとうなのじゃ!」


 ギルは抑えつけても良い結果にはならないかと考え、軽く噛む程度ならと了承する。ルルは先ほどまでの不満顔から一転して、キラキラした笑顔をギルに向けて感謝をした。

 笑顔を向けられたギルはやれやれとため息を一つ吐いて微笑む。


「仕方ないですねえ、では私も一つ。バアルさんもどうですか?」


「うむ、頂こうか」


 ギルはバアルにもパンを一切れ渡し、自分のパンを口に含み、恐る恐る噛みしめる。


 それはパンというにはあまりにも硬すぎた。硬質で弾力がなく硬くそして大雑把過ぎた。それは正に石塊いしくれだった。


 これは無理だろうと横にいるバアルたちに顔を向けると、バギンッボギンッとおよそパンから鳴るとはとても思えない音を鳴らしながら、平然と食べている姿が目に入る。


「ふむ、なかなか良い歯ごたえだ。店主よ、他に売る気が無いのなら私が買おう」


「お、おう、それは有り難いが……」


「歯が丈夫なのですねえ……」


「それほどでもない」


 と言いつつも多少の優越をにじませた顔で答えるバアルを、ギルたちは半ばあきれながら誉める。

 ルルはどうだろうと目をやると、なにやら俯いて固まっていた。


「ルルさん?無理に食べなくていいんですよ、ペッしちゃいましょう、ペッ」


「ルルちゃんどうしたのー?ちょっと食べにくかったのかなー?」


「いやちょっとと言うレベルではないでしょう」


 このレベルのパンをちょっとで済まそうとするバアルに若干呆れながら、ギルはルルの話に耳を傾ける。


「んーんー、ちがうのじゃ、ちょっと歯が……」


「む、良く見せてください」


 すわ歯に何かあったのかと、ギルはルルにあーんと口を開けてもらい調べる。


「歯が欠けたというわけではないですが……歯が抜けたようですね、子供の歯なのでまた生えてきますよ。そのパンはちょっとやめておきましょうか」


「んむーわかったのじゃぁ……」


「ルルちゃんももう歯が抜ける歳かー!良かったねー!」


 無理に食べようとして歯がパンに食いこんで抜けてしまったのだろうかと考えるギルを横に、これ以上パンが食べれないことに落ち込むルルを明るく励ますバアルであった。

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