第34話 神父の怒りなのじゃ!

「なんだと?」


「お伝えしたとおりです、バアルさんにルルさんはお任せできません、お引き取りを」


 普段通り柔らかい物腰で、しかしその言葉は固い響きを伴った。


「せんせぇ?」


「ルルさんはこちらへ」


「貴様、なんのつもりだ!」


 ギルはルルを自分の背後へと隠し、バアルと距離を取らせる。突然ルルを取り上げられたバアルは怒りを露わにギルに詰め寄るが、ギルは一切怯むことなく言葉を告げる。


「バアルさんの服装を見ればこの辺の方ではないのはわかります、私たちとは違う常識をもっているかもしれません」


「いきなり何を言っている?そんなことより……」


 自分からルルを取り上げた人間がニコニコとしながらも強い調子で話を始める。話の脈絡がわからず思わず聞き返すも、それよりも重要なことがあるとルルを取り返そうとするが、そこにさらに発言をかぶせられる。


「バアルさんの暮らしていたところでは冒険者と言うものが素晴らしいものであるかもしれません。そう言った選択肢を提示するのもありだとは思います」


 ギルは淡々と一定の理解はあるつもりだと説明をする。

 実際冒険譚と言うものに胸を躍らせ、冒険者を目指したくなる時期はある。場合によっては家族が支援することもあるのだろう。


「ですが、冒険者と言うものの危険性をバアルさんはルルさんに伝えましたか?罠に嵌れば死に、準備を怠れば死に、仲間と不和があれば死に、敵が上手ならば死ぬ。一歩間違えれば死ぬのが当たり前の世界ですよ?ルルさんはそれを知らず憧れだけが先行しているように見受けられます」


 だが憧れだけでは始める事も続けることも出来ない。何も知らずに棒きれ一本だけを持ち森に入れば間違いなく狼の晩飯となるように、危険を理解し万全の用意をしなければならない。


「わしわかっとる!わかっとるよー!でも強いから大丈夫なんじゃよ!」


「ええ、ええ、そうですね。ルルさんは偉いですからね」


 ギルは全く理解できていないルルの頭を撫でる。6歳児の強いなど全く当てになりはしないし、これは強いからどうという話でもないのだ。


 ルルはそう言った事を一切理解していない。バアルという冒険者を強く勧める者がいるのにだ。


「そしてなにより、幼子を森にひとり置き去りにする行為が許されるわけもありません」


「ルルであればなにも問題はない」


 後ろ暗いことは何もないとばかりに堂々と答えるバアルにギルは笑顔を崩さず、だが視線に怒りをのせて言葉を続ける。


「このご時世です、生きるために、生かすために非情の選択をする事もあります。生活が立ち行かず泣く泣く子供を教会に捨てる方もいました。一家を生かすために子供を奴隷商に売る方もいました」


 教会に勤めている時やそれ以前の冒険者時代のことを思いだしながら、自分が実際に見聞きし、または経験した話を語る。


「極まれにですが捨てたことを後悔し、謝りながら迎えに来た方もいました。」


 本当に極まれにですが、と親が迎えに来ることもあったというその顔には確かな笑顔が乗っている。だが、と話を続けるギルがバアルを見つめる目は責めるものだ。


「それにあたってバアルさんはどうか」


 一言告げるたびに怒気が増す。


「森に捨てておきながら謝りもせずに笑顔で再会を喜ぶ?」


 ギルの笑顔の仮面の下には憤怒が渦巻いていた。


「ルルさんがバアルさんを好いているのは見ればわかります」


 ええ、わかりますと強く頷き、だからこそ許せないことがあると続ける。


「その好意を利用し森に一人置き去りにし、運よく村に着けば今度は死ぬ可能性の高い冒険者に就くよう促す。それも冒険者の危険性を一切説明することなく、憧れだけを肥大化させて。」


 そして様子を見るために来たと言うその態度。罪悪感のかけらもなく謝罪の一つもなければ体調を気遣う言葉もない。生死の確認をしに来ただけとしか思えない。


「しかも生きているのを確認し、冒険者をしていないとわかれば前提が間違えているなどと連れだそうとする」


 生きて危険なことをしていないと分かれば連れだそうとする。生活苦であれば手放すだけでも良かったであろう。良くはないが娼館に売るという手もあろう。


 だのにこのバアルという男はそのどれでもなく、確実に死ぬような道を選ばせている。


「そんなにルルさんを殺したいのですか?」


 ギルにはそうとしか思えなかった。

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